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夫婦での夜会





 レジナルドはあまり夜会などに出向くことはなかったが、それでも時々は夫婦で出席が必要な場合もあった。

 シャーロットは華やかさが求められる夜会は苦手だったが、妻の役割であれば嫌とは言えず、着慣れない華美なドレスと美しい装飾品を重たく感じながらも隣に並んだ。


 それでも、そういった場に出るうちに、何名か親しい友人もできた。

 シャーロットが親しくしている友人たちは、身分は様々だが質実で長く続いている家柄が多く、あまり流行の物や噂話に興じない落ち着いた人柄だった。


 そんな中でも特に親しくなった、同じ貴族の夫を持つイレインが凛とした声音でシャーロットに声をかけた。


「シャーロット様は、お茶会には参加されませんか?」

「あまり、作法も分かりませんので……」

「気負わなくてもよろしいのですよ。今度、家にいらっしゃいませんか?」

「よろしいのですか?」

「もちろんです」


 これまでレジナルドが必要だと言った夜会には共に出席してきたが、女性だけの茶会は知り合いがいないこともあって、招待を受けても断ってきた。

 友人の家へ遊びに行くなど、まだ両親がいた頃の幼少期以来だ。

 もちろん、子供の時のような気軽に遊びに行くものとは違うが、それでもこの国で暮らし初めて約一年半が過ぎ、生活にも慣れて友人とこういった会話ができることを、シャーロットは嬉しく感じた。

 しばらくお喋りを楽しんでから、イレインの夫が呼びに来たことで二人は次の約束を交わして別れた。


 広間ではお喋りを楽しんだり、ダンスをしたりと、楽器の音色に乗って優雅な時間が流れている。

 一緒に来ているレジナルドは着いてすぐに知人に挨拶をしに行ったので、きっともう少し時間がかかるだろう。

 広間は人の多さもあってか熱気がこもっており少し暑い。

 外の空気が吸いたくなって、シャーロットは広間の端へと足を向けた。

 まだ肌寒さの残る季節だが、開かれたバルコニーから入ってくる夜風は逆に心地良く感じられる。

 壁に寄りかかって冷たい夜風を堪能していると、突然声がかけられた。


「よろしければ、一曲踊っていただけませんか?」


 顔を上げて見れば、正装に身を包んだ実直そうな若者が手を差し出していた。

 誰だろうかと考えるが、記憶を辿っても覚えがなく、シャーロットは困惑した。


「いえ、私は……」


 元々ダンスはあまり得意ではなく、知らない相手と急に踊れる自信はない。

 どうにか断れないかと思っていた時、よく知っている声に名を呼ばれた。


「シャーロット。どうかしたのか?」


 振り返ると、レジナルドがこちらへ向かってくる姿が見えた。

 男性はレジナルドが来たことで、それほどシャーロットをダンスに誘うことに執着はなかったのか、あっさりと引き下がって立ち去った。

 シャーロットはそのことにほっと安堵して息をつく。


「何かされたのか?」

「あ、いえ……。ダンスはあまり得意ではないので、どうお断りしようか悩んでいたのです……」


 シャーロットがため息をついたことに、先ほどの男性と何かあったと誤解したのか、レジナルドが眉根を寄せた。

 けれど、誤解をするようなことなんてあるはずもなく、シャーロットは自分の不得手さを説明せねばならず、苦笑いを浮かべた。


「まだ苦手か」

「練習はしているのですが……」


 侍女として生活していたころには、舞踏会で踊るようなダンスの必要はなかった。

 貴族の妻として相応しいマナーを身に着けるべく練習はしているのだが、生来の才能が左右するのか、あまり上達はしなかった。


「今度、練習に付き合おう」


 一瞬、レジナルドの言葉の意味を理解できなかったが、ややあってダンスのことだと繋がって、シャーロットは驚いた。


「いえ……。そんなお手間は……」

「構わない」


 苦手と自覚していることに付き合わせてしまう申し訳なさから固辞するが、レジナルドに再度そう言われてしまっては断るすべがなくなってしまった。

 けれど、シャーロットが断る理由はそれだけではない。


「顔が赤いな。暑いか?」


 そんなことを言われて、シャーロットはますます自分の体温が上がるのを感じた。

 顔に熱が上がっているのは、きっと人の熱気だけではない。

 ダンスを踊るというそれだけで気恥ずかしくなるなんて、この方は思ってもいないだろうと、シャーロットはそんなことを心の中で思った。


「少しのぼせてしまったのかもしれません……。外で冷やしてきます」


 どれだけ顔が赤くなっているのだろうかと不安になりながら、この顔を見られないようにとすぐ側のバルコニーへ足を向けた。

 そのシャーロットの手をレジナルドがつかんで止める。


「こちらだ。一人では出るな」

「え……」


 レジナルドはシャーロットの手を取ったまま、いくつか独立している別のバルコニーの方へと連れた。

 外に出れば、ひんやりとした夜風が頬を冷やしてくれた。

 レジナルドが後ろ手で扉を閉めると、広間の騒がしさが遮断されて、鳥の鳴き声が夜の静寂に響く。


「寒くはないか?」

「いいえ……」


 さほど広くはないバルコニーで隣に並び、レジナルドの言葉に首を横に振った。

 ふと、囁くような声が聞こえて、先ほど出ようとした隣のバルコニーに人の気配があることに、シャーロットは気づいた。

 木の陰にかかり薄暗くて姿は見えず、話の内容までは聞こえないが、若い男女が語らっている様子だった。

 先ほどレジナルドが別のバルコニーへと促したのは、そのためだったのだろうかと遅まきながら気づき、シャーロットはやっと冷えたばかりの頬を再び赤らめて俯いた。

 隣にいる男女は恋人同士だろうか、二人の時間を楽しんでいる空気に気まずさを感じてしまう。

 頬が熱い、そう感じていた時、レジナルドの手が伸びてきて触れた。

 シャーロットは驚いてわずかに震え、されるがままに顔を上げた。

 薄闇ではっきりと見えないはずなのに、まっすぐに見つめているような視線を感じて反らすことができない。

 そのシャーロットの頬にいっそう濃い影がかかり、唇に温もりを感じた。

 暗がりと木に隠れて、二人の姿は誰からも見えなかった。


 熱が、いっそう上がるようだった。

 けれど、冷めなければ良いのにと思う。


 ずっと続いてほしいと、シャーロットは温もりの中でそう願った――。





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