3)Gaming -ゲームをする
仁壱さん( @njn0000 )と二人で「30 Day OTP Challenge -30日CPチャレンジ」( http://30dayotpchallenge.deviantart.com/journal/30-Day-OTP-Challenge-LIST-325248585 )に挑戦しております。こちら、第三題目でございます。
ご一読頂けましたら、幸いです。
夏が終わり、秋が来た。校舎で囲まれた中庭に、満ち満ちた金木犀の香りを攫って、空から吹き込む風が通り抜けていく。
中庭に面した渡り廊下を、瑶二はアイと共に歩いていた。最近、特に二人でいることが多い。学年は違ったが、話すことはいくらでもあった。アイを総隊長として、連隊が編成される。主な話題は、それだった。
「やっぱり、まだ連隊としては人数不足なのよねぇ。今年発足だし、仕方ないって言っちゃえば、それまでなんだけど」
「スカウトしてんだろ?」
「そりゃ、してるわよぉ」
「片っ端から?」
「やぁね。誰でもいいってわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうだ」
譲れないものがある。そういう生徒だけを探していた。その気持ちを、連隊で上手く活かせる生徒がいい。もしくは、こちらがそのように仕向けることで、本人が意識せずとも力を発揮できる生徒だ。
片っ端からというのは、なんとなく言ってみただけだった。瑶二とて、同じ任務に当たるのが、誰でもいいというわけではない。金のために殺していたこれまでとは、違うのだ。
風が、瑶二とアイの長髪を揺らした。中庭に差した雲の影が、入れ替わり立ち替わり姿を現す。流れる雲影と共に、光も滑らかに移動しているように見えた。
瑶二は、無意識に光と雲を目で追っていた。追いかけて、光の差した一箇所に留めた。
群がる男子生徒の中に、たおやかな女生徒が笑っている。
「あぁ、雅ね」
瑶二の視線の先を見て、アイが呟いた。
再び風が強く吹いて、噎せ返る程の甘い香りが肺を満たす。
初めて聞く名だ。アイと同じ、新入生なのだろう。アイが足を止めたので、瑶二も遅れて立ち止まった。
アイは、心配そうな顔で彼女を見ている。
「薔薇みたいな子よね。真っ赤な髪がとっても綺麗。自分を大事にしたら、もっと綺麗になるでしょうに」
男子生徒に囲まれ、愛でられる雅は、確かに花のようだ。それならば、と瑶二は嗤う。
「周りの連中は、さながら花に群がる虫だな」
「んもう、またそんな言い方して。可哀想なのよ、あの子たちも。きっとあの中の誰もが、本当に雅から愛されているのは自分だけだって思ってる。知らないのね、綺麗な花には刺があるって」
「おめでたい思考回路だぜ。それこそ、脳みそに虫でも湧いてんじゃねぇか」
「随分突っかかるのねぇ。何かあったのかしら?」
「別に」
実際に、瑶二と彼らの間に、何か問題があるわけではなかった。
ただ彼らを見ていると、瑶二が彼らのようになれなかったことを、思い出してしまうのだ。相手を信じきることができず、ただ耐えながら愛し続け、心が疲弊していく。そうして、ついには諦め、手放してしまった。そういう恋が、あったのだ。
つまりは、ただの八つ当たりだった。アイはそれを分かった上で、聞いてきている。他の者に言われれば、相手の胸倉くらいは掴んでいたかもしれない。長い付き合いではないが、アイのこういう態度に腹が立つことはなかった。
それでも、やはりバツの悪さを覚えて、瑶二はアイから目を逸らした。何とはなしに、再度雅を見ると、一瞬彼女もこちらを見たような気がした。
「あら、聞こえちゃったかしら?」
アイが、口元を手で抑えて、肩を竦める。なぜか楽しそうな彼を他所に、瑶二の関心は目前を横切る野良猫へと移っていた。
翌日、瑶二が厩を散歩しているところに、雅は現れた。瑶二の腕の中で丸くなっている野良猫を一瞥して、雅は控えめに笑っている。
「本当に動物が好きなのね。暗殺部隊の先輩が、こんなところにいるなんて思わなかったわ」
瑶二を探していたという口振りだった。お互いを認識したのは、つい昨日のことだ。それも、目が合っただけで、会話も交わしていない。彼女が自分を探す理由が、瑶二には見当たらなかった。
瑶二は怪訝な顔をしたが、雅が気にした様子はなかった。瑶二もまた、気にしないことにした。考えても意味のないことは、考えない。
「好きなんだよ、昔から。特に馬はいいぜ。人の気持ちを理解する。体は大きいが、繊細で、扱いは慎重にしなきゃならねぇ」
「面倒臭そうね」
「そこがいいんだろ」
「そんなに好きなのに、どうして騎兵にならなかったの? 暗殺部隊の人って、普段は他の部隊に紛れてるんでしょう。瑶二先輩は情報収集部隊だって聞いたけど」
「才能があればな。俺には騎兵としての才能がなかった」
「乗れないの?」
「いや、馬の扱いには自信があるぜ」
癖のある馬も、一時間あれば十分に乗りこなせた。乗るだけなら、駆けるだけならいいのだ。
「じゃあ、どうして?」
「馬が好きすぎて、いざというときに自分より馬を守っちまう。それじゃ戦場には出らんねぇんだよ」
瑶二が猫を片腕に抱き直し、近くの馬に手をかざすと、馬の方から顔を寄せてきた。鼻面を撫でてやると、馬は気持ち良さそうに目を細める。
雅は隣へ来て、瑶二の手の動きを追っていた。
「なんだよ、お前も撫でてほしいのか?」
瑶二は馬から手を放し、雅の首元へ指を這わせた。少し、揶揄ってみたくなったのだ。
しかし瑶二の思惑に反して、雅は大人しく揶揄われたりしなかった。上目遣いで瑶二に微笑み、挑発的に甘えてくる。
「可愛がってくださるの?」
妖艶だった。肌が粟立つと同時に、瑶二は興が醒めてしまうのを感じた。つまらない態度だ。瑶二に誘惑される標的たちと、重なった。
「嫌がってくれた方が、まだそそられるぜ」
撫でた指で雅の顎を弾いて、瑶二は歩き出した。大人しく腕に収まる猫の首をかいてやる。動物の撫でられて心地のいい部分は、ほとんど把握していた。
雅は少々苛立った様子で、それでも後についてきている。
「何か用があったんだろ?」
「えぇ、そうよ。そうだったわ。ねぇ、瑶二先輩、私と付き合いましょうよ」
「断る」
考える気も起きなかった。雅が現れた時点で、そう言われる気がしていた。自分の普段の振る舞いが、彼女には軽薄そうに見えるのだろう。それは大きな間違いだった。雅のような女にとって、瑶二は決して楽な男などではない。瑶二自身からすれば、鬼門にすら思える。
雅はやはり納得がいかないようだ。考える素振りも見せず、即答だったので、それも当然ではある。
「もうちょっと考えてくれても、いいんじゃないかしら」
「考える必要がねぇ。そのくらい興味ねぇってことだな」
「酷い人ね」
「お前にもう少し可愛げがあればなぁ」
「可愛げがないなんて、初めて言われたわよ」
雅は膨れながらも、瑶二の腕に手を絡めた。諦めの良さそうな印象だったが、そうでもないようだ。力の込められた腕が、納得いかないと言っている。
「ないとは言ってねぇよ」
言ったことに、格別な思いはなかった。正直な感想を口にした、という感じだ。それでも雅は驚いた様子で、嬉しそうに笑った。
「罪な人ね、瑶二先輩って」
「思ったこと言っただけだろ」
「それが罪作りなのよ。まぁ、いいわ」
「何が?」
「今日は諦めてあげる」
唐突に瑶二の腕から離れ、振り返った。
「ゲームをしましょ」
「あ?」
「先輩が私に惚れたら負け。私のものになってもらうわ」
「俺はどうしたら勝ちになんだよ、それ」
「私が勝つまでやるのよ」
花が開いたようだと思った。雅は楽しそうに、笑っている。
それ以降、雅は何かと瑶二の前に現れた。二人しかいない場所では、執拗に絡みついてくるが、人前では軽いボディタッチがある程度だ。他の男たちを気にしているのだろう。
休み時間や業後は、大抵瑶二の近くにいて、いないと思うと他の男といる。そういう感じだった。アイと連隊の話をしているときさえ、傍にいるのが当然のようにしていた。おかげで大事な話は、ほとんどできずにいる。
最近は、何かと世話を焼きたがる。元々母性の強い女なのだろう。ずぼらな瑶二の様子に耐えかねたようだった。楽だからといって、それを甘んじて受け入れる瑶二も悪いと、アイからは小言をもらってしまった。
授業を抜け出した瑶二は、人気の少ない校舎裏にいた。暗く影の落ちている物陰に身を隠して、睡眠体勢に入る。野良猫が来て、瑶二の腹の上で丸くなった。動物特有の温もりと、呼吸で波打つ毛並みが心地よく眠りを誘う。
徐々に意識が薄れていく中で、瑶二は人の気配を感じた。腹の上で目を閉じる猫の耳が、音を拾わんとして小さく動いている。二人分の足音が近づいていた。
足音は瑶二の隠れている場所から、程近いところで止まった。微かに話し声が聞こえる距離だが、その内容までは聞き取れない。いるのは、男女の二人組のようだ。
自分の睡眠さえ邪魔されなければ、誰がいようと問題はない。落ち着かない様子の猫を撫で、瑶二は再び訪れる微睡みの中へ精神を沈めようとした。
「最低だな、お前!」
男の激しい罵声が、瑶二の鼓膜を打った。沈みかけていた意識が、無理やり引き戻される。
言われた女の方は、何か反応を返したようだ。それがまた、男の琴線に触れたらしい。
肌のぶつかる乾いた音が、瑶二のところまで届いた。どちらかが相手を打ったのだ。見ていたわけではないが、打たれたのは女の方だろう。荒々しい音を立てて、男が瑶二の隠れる場所を横切っていったのだ。
取り残された女は、どうしたのか。影から伺いみると、ここ最近で見慣れてしまった紅色が、そこにはあった。
雅は壁にもたれ掛かって、項垂れている。傷ついているように見えた。そんな顔もするのか。こんなことには慣れているだろうと、勝手に思っていた。そうではないのだ。
黙って様子を見ているのに罪悪感を覚えて、瑶二は仕方なく立ち上がった。起き上がる瑶二から飛び降りて、猫が雅の方へ駆けていく。足元に擦り寄る猫に、彼女は驚いたようだった。
「大丈夫か?」
頬が赤く腫れている。刺激がないようにと、瑶二は雅の背中へ手をおいた。軽く背を叩くと、雅の肩から力が抜けていく。小さく鼻を啜る音がした。泣いているのかもしれない。
しばらくの間、黙って背中を撫で続けた。
「もう、大丈夫よ。いつものことだもの」
そう言って笑う彼女に、瑶二は全身の熱が上がったような気がした。直接脳を揺さぶられたような感覚がして、生唾を飲む。
決して薔薇のようには見えなかった。彼女の奥底には、強い思いがある。そこに刺などない。葉すら見えない。美しく、毒々しく、儚く、弱く、それでいて深い愛情が、そこに咲いている。
けれど、彼女の思いが届くことはなかったのだ。彼女自身が、彼女の愛と矛盾する行動が、そうさせない。そうできないのかもしれなかった。
苦悩の中で笑う雅に、瑶二はこれまでになかったものを感じた。それがなんなのか、もう自覚している。雅とのゲームに、負けてしまったようだ。また俯いてしまった彼女は、気づいていないだろう。
「みーやびちゃん、もう泣くな」
「泣いて、ないわよ」
泣いてないと言う合間にも、小さく鼻を啜る音がする。目を擦ろうとする雅の手を、瑶二は柔く掴んだ。
「お前さ、他の男が相手だったら、泣いてなくても泣き真似くらいすんだろ。なんで俺には、強がっちまうわけ?」
「し、知らない!」
「えー、何それ、可愛い」
「……い、いまさら、何よ。そんなこと、今まで言わなかったじゃない」
「俺は思ったことしか言わねぇ」
「同情?」
「愛情」
瑶二の悪ふざけに乗ってきた雅が、今回ばかりは大人しい。瑶二が薄笑いを浮かべると、雅は拗ねた顔で瑶二を見返した。
「雅、ゲームの勝敗条件を変えようぜ」
「え?」
「お前が俺に本気になったら、俺の勝ちだ」
雅は理解できないという顔をしている。まだ雅の中で、前のゲームの決着はついていないのだ。当然瑶二の負けなのだが、瑶二はそれをわざわざ雅に教えてやるつもりなどなかった。
「もともと受身は主義じゃねぇ。だから今までつまらなかったんだろうな」
「それは、えっと、付き合うってこと?」
「付き合うってわけじゃねぇな。俺がお前を本気で口説きにかかるってだけで、恋人みてぇな拘束力はねぇよ。お前、嫌いだろ、そういうの」
「ま、まぁ、そうね……」
「俺も任務があるし、面倒なのは慣れてるけど、好きではねぇ。とにかく、俺がお前を口説く。その方が面白ぇからな。そういうわけで、ルール変更だ。よろしく頼むぜ、雅ちゃん」
唖然として返事もできない雅をそのままに、瑶二は校舎裏から立ち去った。
ゲームの趣旨を変えた。主導権も、こちらが握る形に切り替えた。これからだ、と瑶二は思う。
豊かに香る秋の風に、曼珠沙華が揺れた。
お借りしたキャラクター
小西・I・拳児 いぬさん( @inuxxx204 )宅