1) Holding hands -手を繋ぐ
仁壱さん( @njn0000 )と二人で「30 Day OTP Challenge -30日CPチャレンジ」( http://30dayotpchallenge.deviantart.com/journal/30-Day-OTP-Challenge-LIST-325248585 )に挑戦しております。
第一題は、青屋が担当させて頂きました。
1) Holding hands -手を繋ぐ
ご一読頂ければ幸いです。
瞼に刺さるような光を感じ、雅はゆっくりと目を開いた。やけに分厚いカーテンの隙間から、朝日が細く漏れている。それはちょうどスポットライトのように、雅の目元だけを照らしていた。
まだ判然としない意識の中、雅は半身を起こし、傍らの温もりに目をやった。白いシーツの上に、紫烏色の艶やかな長髪が広がっている。陽光の当たった所が、紫の光の輪を描いていた。
珍しいものを見て、雅の頬は僅かに緩んだ。瑶二と関係を持つようになって、一年程になる。寝顔こそ何度も見てはいるが、こうして朝日に照らされる様は、なかなか見られなかった。普段は、隙間なくカーテンを閉めて眠るからだ。暗闇の中で眠るのが、一番落ち着くのだという。そのための遮光カーテンである。
昨晩は、月が美しかった。任務後の高揚感をそのままに、瑶二の家を訪れた。当然、抱かれるためにだ。
出迎えた瑶二は、知らない女の匂いをさせていた。よくあることだった。任務後は大抵、他人の匂いをさせている。相手は男であったり、女であったり、様々だった。それで、彼も任務を終えたところなのだと分かる。
任務と分かっていながら、雅はいつも胸の内に鈍く澱んだ黒いものを抑えることができない。昨晩も、やはりそうだった。それで、カーテンを閉めるなと、自分が言ったのだ。
暗闇の中で、快楽の泥に沈むように抱かれたくはなかった。今、ここで抱かれているのは自分なのだと、瑶二に思い知らせたかった。そして、雅自身も瑶二が本気で抱くのは、自分だけだということを実感したかったのだ。
瑶二は、他人といることが多い。少々過剰とも思える程のスキンシップを取ることもある。それが彼なりの友情表現であり、処世術でもあるのだ。
それは雅も分かっている。むしろ後腐れがなく、軽そうでよいとさえ思っていた。しかし、実際に関係を持ってみると、意外なことに彼は誰とも体を重ねてなどいなかった。
瑶二と仲のいい友人に聞けば、言動に寄らず一途なのだと口を揃えて言う。そういう男は、自分のような女に溺れやすい。相性のいい男を捕まえることができたと思った。
確かに、瑶二は一途だった。今でも任務でなければ、雅以外に抱く相手はいないだろう。それでも、瑶二は自分に溺れているわけではないと、雅には分かった。
誰にでも触り、甘やかし、可愛がる。特に気に入った者に対する戯れは、以前にも増したように見える。そして、任務であれば、なんでもやる。時には抱かれ、時には抱く。雅の行いには、決して口を出さない。雅が他の男を誘惑しようと、抱かれようと、愚痴も、罵倒も、ない。それが、雅には気に入らない。
頭で理解していても、どうにもならないことがある。瑶二のそういう態度を見ると、肺が押し潰され、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われるのだ。息が詰まり、鼻の頭がつんと痛み、手足の先まで痺れ、動けなくなる。
苦しい。痛い。腹立たしい。悲しい。辛い。
全ての感情が相俟って、雅の脳内を犯していった。衝動に駆られ、その度に瑶二を求めた。心を切られる感覚の奥に、甘い疼きがある。それを和らげることができるのは、当の瑶二だけだった。
最終的に、溺れてしまったのは自分の方だ。どうして、そうなってしまったのだろう。
「どうしてかしら。ね、瑶二」
喉が渇いていた。発した声は、思ったより掠れて小さい。
雅はベッドから離れ、キッチンでコップ一杯の水を飲み干した。蛇口から直接汲んだ、生温い水が喉を通って胃に落ちていく。
散らかした服を拾い集め、全てを身につけた。そろそろ出かけなければならない。次の予定があるのだ。
「瑶二、おはよう」
ベッドの端に腰掛けて、雅は小さな声で呼びかけた。
僅かに瞼を震わせて、瑶二の目が開かれる。起き上がる気配はない。視線を揺らして、傍らにいる雅を見つけると、姿勢はそのままに挨拶だけが返ってきた。
「私、そろそろ行くわね。予定があるの」
瑶二の髪を弄びながら、雅は告げる。わざわざ断りを入れる必要などなかった。例え雅が無断で部屋を後にしても、瑶二はそれを咎めたりしないだろう。それどころか、いつも他の男の存在を仄めかして立ち去るというのに、引き止められたことすらない。
そうと分かっていながら、雅は同じ言葉を残して帰るのだ。自分の中の感情が、少しでも瑶二に飛び火すればよいと願っている。
返事はない。その代わり、薄く開いた瞼の奥から、紫紺の瞳がこちらを唯唯見つめている。
視線が交わったその瞬間、雅は瑶二の髪を撫でる手を止めた。いや、自然と止まってしまったのだ。
強く甘い刺激が背筋を駆け抜け、脳天まで達する。体の真中から、狂おしい程の熱が湧き、雅は体内が逆上せたように融けていくのを感じた。それは、雅が待ち侘びていたものだった。
常に飄々としていて、雅を束縛せず、自身も奔放に振舞う瑶二が、垣間見せる嫉妬の顔だ。怒鳴るのでも、泣きつくのでもない。瞳に静かな黒い炎を揺らめかせ、ただ見つめてくるのである。眼差しは、手負いの獣のようだった。そこには、苛烈なまでの情動が潜んでいる。
雅は詰まる呼吸を整えながら、ゆっくりと視線を逸らした。瑶二の瞳の深淵に、飲み込まれてしまいそうだ。ひどく動揺している。瑶二のこの態度は、自らが望んで引き出したものだというのに、どうしたらよいのか、分からなくなっている。
帰らなければ、そう思うのに、雅は立ち上がれずにいた。いつの間にか、自分の手に瑶二のそれが重なっている。掴まれているわけではない。ただ、添えられているのだ。それだけで、自分でも驚く程、高揚している。
「瑶二、手を放して。帰らなきゃならないの」
言っても、やはり返事はない。放すどころか、握る手に力が入ったような気さえする。
「ねぇ、瑶二。約束があるのよ。このままじゃ、すっぽかしちゃうわ」
聞いてはいるのだ。きっと、あの獣のような瞳のままだ。確かめたくとも、それはできない。
まだ、捕まるわけにはいかない。
「ここにいろ」
たった一言、漸く応えた瑶二の声は、ほんの小さな掠れたものだった。
その一言で、雅の肌の上を蕩けるような愉悦が撫でていく。すでに、捕らわれていた。
添えられた手に指を絡め、雅はまた獣の檻へと戻っていった。