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モテモテ美男子は苦労するの巻

作者: すず

 いつも通りの日常。私は教壇に登り、黒板に数式を殴り書きしていく。

 授業開始十五分。すでに数名の生徒が寝息を立てているのが分かった。2年A組居眠り常習犯は、ヘアカラーバリエーション豊富な、レインボーヤンキー共である。


 はっちゃけヤンキーの田渕。ぶっちゃけヤンキーの愛須。おちゃらけヤンキーの竹本。この3人が、とりわけ私に反抗的な生徒である。


「えー、つまりここに代入する数はだな⋯⋯おい。寝てるやつ、起きろ」


「うーん、むにゃむにゃ」


「起きろって言ってるだろ」


 私は苛立って、がん、と教卓を蹴った。思ったより大きい音がなり、伏せていた連中のうち5名が、むくりと上体を起こし始める。茶髪の男子生徒「竹本たけもと 光哉こうや」は、人目もはばからず大きなあくびをした。


「ふぁ〜、よく寝た。ったく、そんな怒んなって?白石先生。いつものことじゃん」


「だからキレてんだよ」


「ソーリー先生。許してー」


 竹本は大袈裟に手を合わせて、私に許しを請う。その表情や雰囲気からは、全く反省の色が見られない。私はわざと大きく溜息をついた。


「どうやら熱い指導が必要みたいだな。後で職員室に来なさい。山のような課題を、特別に無料で出してやる」


「は?行くわけねえし⋯⋯あっ、先生。あいつまだ起きてないよ。課題百億万倍じゃね?」


 竹本が指さした先にいたのは、先ほどからピクリとも動かず、ずっと机に伏せたままの生徒。私の愛する金髪ヤンキー「愛須あいす 瞳真しょうま」くんだ。

 そんな風に眠る姿も実にビューティフル⋯⋯ではあるのだが。私は瞳真くんの席まで歩いていき、その頭上で声をかけた。


「おい瞳真。起きろ」


「⋯⋯」


 呼びかけても全く反応が無い。本当に爆睡しているのか、はたまた寝たふりをしているのか。というのも、瞳真くんは時々、わざと私に嫌がらせをかましてくることがあるのだ。


 ははーん。そうか分かったぞ。おそらくこれは、十中八九寝たふりだと推測する。要するに、瞳真くんは私に構って欲しいわけだ。あえて寝たふりをして私に怒られるように仕向け、それを楽しんでいるのだろう。

 その思春期的な気持ちは理解出来るが、私の分かりやすくて面白い授業をきちんと聞かないのは、些か感心できない。


 だが、しかし。私はあえて瞳真くんの作戦に乗せられてやることにした。ご所望通り、君を構ってあげるから。だから私のことをもっと見ろ。いや、見てください。私は瞳真くんの机を強く蹴った。


「ふっ⋯⋯そろそろ起きたまえよ、愛須くん。ここは君のお家じゃないんだ。毎日毎日、いい加減にしなさい。本気でキレるぞ、この寛容な私であってもな」


「⋯⋯ふーん、やってみろよ⋯⋯」


「ああ。やってみる」


「え?」


 まあどうせ私が本気でキレたところで、下がる好感度など、元から1ミリも無いだろう。こうして私は瞳真くんに向けて、愛の叱責を加えるのだ。飴と鞭がモテポイントだというのを、この間テレビで見たからな。さて、これで瞳真くんは改心してくれるかな?乞うご期待!


 ***


「白石先生⋯⋯。一体どういうことですか!」


「はい?」


 午前の授業を終えて職員室に入ると、顔を真っ赤にした国語の「牛ババア」が突然怒鳴りつけてきた。なぜニックネームに牛を使ったのかについては、イノセントなあなたは知らなくても良いことだ。


「はい?じゃないでしょう!聞きましたよ、2時間目。あなたが2年のクラスで、何をしでかしたか」


「一体、何をしでかしたんですか?」


「なっ⋯⋯!白石先生、あなたって人は!」


 牛ババア先生はプルプルと肩を震わせて、般若のような恐ろしい形相で私を睨みつけてきた。おやおや。そんなに顔を歪めては、その美しいお顔が台無しだ。そんなあなたの牛乳を、一体誰が絞りたいと思うのかね⋯⋯おっと、失敬。


「大丈夫ですか?そんなに怒ったら血圧が」


「お黙らっしゃい!白石先生、2年の生徒にまあ大人げもなく、散々怒鳴り罵りだったそうではないですか。数名の女子生徒が泣きながら相談に来ましたよ。白石先生が怖いです、と」


 それはあまりにも大袈裟じゃないか?と感じる。


「ただ頭ごなしに叱りつけたつもりはありません。日頃から問題行動の目立つ生徒でしたから、多少厳しく教育すべきだと判断しました」


「多少?日本語を勉強し直してはどうですか?ニホンゴワカリマスカ?相談に来た生徒の話が全て真実だとすれば、処分を受けてもなんらおかしくないくらいです。全くこれだから、他所から飛ばされてきた人間は⋯⋯」


「はあ。聞こえなかったので、もう一度おっしゃってください」


「ごほん!⋯⋯な、なんでもありません。とにかく、二度とこういうことはないように。教育は厳かに行われるべきなのです」


 私に逆ギレでもされると思ったのだろうか。牛ババアは急に、びくびくと怯えたように身を縮こめた。そんなに怖がらなくても、私は1日平均4回くらいしかキレないから大丈夫ですよ。と言いたい。


 私は簡単に返事をし、彼女と別れた。眠気覚ましの熱いコーヒーを淹れてから、自分のデスクへと向かう。


 椅子に座り、プリント作成のための資料をめくっていると横から「ねえ」と声をかけられた。席が隣の、家庭科担当教諭「井上いのうえ 桜子さくらこ」である。


 桜子は椅子ごとこちらに近づいてきて、まるで誘惑するかのように茶髪のくるくるヘアーを無造作にかきあげた。

 彼女のその美貌や色っぽい仕草のためか、男子生徒のみならず、ここの男性教員からも圧倒的な人気を誇っている。さらに抜群のプロポーションであるうえに、大きく胸元の開いた服装を好んでよく着ているため、かなり目のやり場に困る。ボインボイ〜ン、と効果音が鳴りそうだ。失礼。


「あらあら、鈴之助せんせ。今回も随分派手にやらかしたみたいね」


「ああ。定家先生に怒られた」


「見てたわ。また定家先生を口説いてたのかと思ってたけど」


「冗談はよせよ」


 大きく肩を落として見せると桜子はくすりと笑った。「定家さだいえ うめ」。牛ババアの本名だ。少し口うるさいが、生徒からの信頼を勝ち取ってる優秀な教師である。私も是非見習いたいものだ。


「全くもう。鈴之助はただでさえ訳ありなんだから、気をつけなさいよね。それにあんまりここの職員からは、良く思われてないみたいだし」


「ああ⋯⋯まあ薄々そんな気はしていた。うーん、参ったなあ」


「何それ、適当ね」


 桜子は私の手からコーヒーカップを取り上げると、勝手に口をつけた。嚥下し、喉が小さく上がる。それを見ていると何か色々と感じるものがあり、一瞬目線を逸らす。


「まあ、あたしから見たら、昔よりは大分落ち着いたと思うけどね。だって、一時期は結構尖ってたじゃない?このコーヒー不味いわね」


「そうだったかな。お前な、さらっと間接キスやめろ。実は私のことが好きなのか?」


「そうだったわよ。⋯⋯あたしが鈴之助のこと?逆に、鈴之助があたしのこと好きなんじゃなぁい?」


 私は桜子からカップを奪い返して、コーヒーを一口飲んだ。桜子が驚いたように目を見開く。


「あっ。ほーら、やっぱあたしのこと好きなんじゃない!ほんと、素直じゃないんだから」


 桜子はイケメンと間接キス出来たのがよほど嬉しいのか、にやにやしながら、私の膝の上に手を置いた。桜子がよくやるどっきどきの色仕掛けである。どっきりというより、むしろぼっきりしそうではあるが⋯⋯おっと!

 私はコーヒーをデスクに置いた。


「おいおい⋯⋯元からこれは私のコーヒーだぞ。それにそっちと違って、君のことはもうそういう目で見ていないから、間接キスくらいじゃなんとも思わないのさ。悪いな」


 そう言うと、桜子は不満そうに唇を尖らせて、私を睨みつけてきた。


「告白してもないのに、あたしが振られたみたいにするのやめてくれる?⋯⋯でも、直接チューするなら、どうせあなただって興奮するんでしょ。本当にそういう気分にならないか、なんなら勝負しましょうか?」


「あ。もしかして、したいんだな!そうかそうか。その想いは嬉しいが、私は他に好きな人がいるから、桜子の気持ちには答えられない⋯⋯。辛いとは思うが、諦めてくれ」


 もちろん、その相手の名前は出さない。なぜならその人は現在高校2年生で、他でもない我が校の生徒だからだ。話をどう美化しようとも、完全にアウトな案件なのである。


 桜子が焦ったように、それ誰よ?と聞いてきたので、爽やかに笑って誤魔化してみた。露骨に嫌そうな顔をされる。


「ふーん、鈴之助もう好きな子出来たんだ⋯⋯。いいわよ、あたしだって好きな人いるから、別に悔しくないわ」


「かーっ、健気だね。ちなみに誰?ヒントを教えてくれよ。私たちの仲じゃないか。まさかイニシャルはS⋯⋯」


「うるさいわね。教えないわよ!」


 そう怒鳴ると、桜子はプイッとそっぽを向いてしまった。もうこの話は終わりだと言うように、彼女は自分の席に戻り、一心不乱にコンピューターを操作し始める。


「⋯⋯」


 私はそのまましばらく、彼女の姿を眺め続けた。桜子は私の視線に気づいたのか、そわそわと落ち着きがなくなっている。先ほどから打ち込みミスばかりで、全く作業が進んでいない。これはいかんな。

 私は、忙しそうな桜子を差し置いて楽しく弁当でも広げようかと思い、体の向きを戻した。


「⋯⋯で。イチャイチャタイムは終わりましたか、白石ガチギレセンセー?」


「うわっ!瞳真くん!?」


 突然話しかけられ驚いたせいで、派手に椅子から転げ落ちてしまった。背後のロッカーに思いきり頭を打ち付ける。一瞬、視界に満点の美しい星空が広がった。


 酷く痛む後頭部をさすりながら上半身を起こすと、職員室内の冷ややかな視線が、一気に私に集まってきた。瞳真くんは、呆れたような顔で私を見下ろしている。


「愛須。お、お前、いつからいた?」


「⋯⋯間接キスのくだりの所から」


「ああ、ち、違うぞ。これはその、なんというか。別に桜子とはそういうんじゃ⋯⋯」


 慌てて言い訳をした。それというのも私自身、かなりやましいところがあるからである。

 もちろん桜子に特別な感情を抱いているわけではないが、正直な所、私もかなり楽しんでいたのだ。ついでに白状すると、桜子の胸を何度もチラ見していたし、組んだ脚の隙間を覗こうともした。

 ああ、どうしよう。もしこれで瞳真くんに、この性欲猿!と振られたら非常に困る。


「おい桜子!気づいてたなら言えよ」


「えー?だって、瞳真ちゃんったらなんにも言わないんだもん。用事あるなんて知らないわよお」


 そう言って、桜子はにやにやと笑った。この女、絶対わざとだ。私はやっと立ち上がり、瞳真くんに声をかける。


「変なものを見せて悪いな愛須。何か私に用事か?⋯⋯い、言っておくがな、私と桜子は別に⋯⋯!」


「もういいって。そもそも、あんたが誰とイチャイチャしようが、オレには関係ないんで。⋯⋯白石センセー。今、時間ありますか?話があるんですけど」


「ん?ああ、構わないぞ!」


「じゃあ、中庭で、ちょっと」


 私は桜子に「しばらく席を外す」と伝え、瞳真くんと職員室から出た。


 ♦︎


 中庭に向かう廊下を二人並んで歩く。学校デートみたいで、少し楽しい。互いに無言が続いていたので、私は何かトークでもしようと思い、話し始めた。


「なあ、瞳真くん。先日の手紙、書いてくれてありがとう。凄く嬉しかった」


「⋯⋯あー、はい」


「嬉しすぎて、あれからずっと枕元に置いているよ。いやあ、何回読んでも良いものだな。昨晩なんか、三十回は読み返したぞ」


 瞳真くんは、心底不愉快そうに私を睨みつけてきた。


「は?マジキモすぎて返して欲しいんだけど⋯⋯なんか変な事に使ったら、殺す」


「ん?変な事ってなんだ?」


「⋯⋯な、なんでもねーよ」


 瞳真くんは僅かに頬を赤らめると、さわさわと前髪をいじり始めた。その仕草が彼にとっての、一種の防衛反応なのだろう。

 なんだ、見かけによらずウブなんだな。そんな瞳真くんを見ながら激しく興奮している私も、相当ウブだが。


「はぁ⋯⋯あの手紙読んどいて、まだオレに執着するのかよ。あんだけ書けば諦めると思ったのに」


「その事だけどな、瞳真くん⋯⋯あの手紙に」


「はいはーい、質問は一切受け付けませーん」


  そう言うと、瞳真くんはぺろりと舌を出した。これは明らかに、私をおちょくって楽しんでいる顔だ。くそう、馬鹿にしおって⋯⋯許す!


「おっと、キレるの?さっきみたいに?」


「先生は優しいから、怒らないぞ」


「はぁ、どこが?⋯⋯てかさ。もしかして白石センセー、元ヤンだった?」


「え?」


 彼はいつになく興奮したように、目を輝かせ始めた。


「なあ、さっきのキレ芸、けっこーイカしてんじゃん!白石に怒られるのはムカついたけど、良いもの見たぜ。もっかいやってよ」


 私は瞳真くんを無視して歩みを進めた。背後から舌打ちが聞こえてくる。喧嘩上等、仏恥義理な瞳真くんは、思いがけず、さっきの私のキレ芸がお気に召したらしかった。楽しそうで何よりだな。私はそんな君に精一杯の愛羅武勇を伝えたい。

 いつもなら瞳真くんの好みに合わせて、明日にでも暴走族に転職したいところなのだが、流石にやめておこう。それこそ、他所の学校に飛ばされでもしたら困るし⋯⋯。それにこのご時世、せっかくの教員職を失うのも御免である。


 しばらくして中庭に着く。今は他に誰も居ないようだ。タバコを一本取り出し、ライターで火をつける。瞳真くんも同じく、取り出したタバコを咥えて火をつけると、すぱすぱ吸い始めた。


「⋯⋯それで今日はどうした?瞳真くんから私に話をしに来るなんて、珍しいじゃないか。まさか『例の件』で何かあったのか?」


「あー⋯⋯いや。今日はその話じゃないです。ご心配どーも」


 そう言うと、瞳真くんはどかっとベンチに腰掛けた。私は黙って言葉の続きを待つ。


「実は、白石センセーに会いたいって言ってる人がいるんですよ」


「何?君のご両親か?」


「は?んなわけねーだろ、ウンコ野郎」


 瞳真くんは舌打ち混じりに、かなり低レベルな悪口を浴びせかけてきた。彼から言われる暴言には慣れてきたつもりだが、ウンコ野郎は流石に心外である。私が高校の頃に付けられていたあだ名の、次の次くらいに心外だ。

 それはさておき。


「ちなみに、私に会いたい人って誰だ?私を知っているのか?」


「面識は無いだろうけど、その人は白石センセーの存在を知ってる。誰だと思う?」


 考えてみたが、全く思いつかなかった。そもそもその人は、私のことをどこで知ったのだろうか。私はヒントをねだった。


「白石センセーも、ぜってー気になってる人だと思うぜ?ほらほら、考えてみろよ」


「私が気になっている?両親以外だとすると⋯⋯ま、まさか」


 瞳真くんは頷いた。私は複雑な気分で、2本目のタバコに火をつける。

 これは一体どういうことだろう。優位に立つ向こうが何の用で、私にわざわざ会いたがるというのか。私に格の違いを見せつけるためか?なるほど⋯⋯上等だな。


「分かった、ぜひ会おうじゃないか。日程はどうする」


「んー。今日の夜7時半頃、駅前の噴水の所で待ち合わせは?無理だったら別の日でも」


「大丈夫だ、行ける」


 私は、ちょうどたばこを携帯用灰皿に捨てたばかりの瞳真くんに、自分の吸いかけのたばこを差し出した。あわよくば、液状化した私の愛もろとも吸ってくれないものかと、少々の期待をしたからである。ただし実際は、無残に捨てられるというのがオチだろう。


 しかし瞳真くんは、当たり前のように私からたばこを受け取ると、それを平気な顔で咥えてしまった。予想外すぎる。う、うそーん!?

 心臓が跳ね上がった。自分でも分かる。私は今バレバレなくらい、明らかに動揺している。


「あれ?白石センセー、まさか照れてる?残念だけど、オレは白石のことそーゆー目で見てないから、間接キスくらいじゃ別になんとも思わないんで。だからオレのことは諦めてね〜」


 瞳真くんは私を小馬鹿にしたように、口元を歪めて笑った。⋯⋯やられた。


 ♦︎


 放課後。普段なら部活終わりに職員室に戻って少しだけ作業をしてから帰るのだが、今日は違った。急いで荷物をまとめ、足早に職員室を後にする。廊下ですれ違った桜子が、不思議そうな目で私を見た。


「ちょっとぉ、もう帰るの?あたし、今日は鈴之助と一緒に⋯⋯」


「悪い!これから少し用事があるから。じゃあな」


「そ、そうなの?ばいばい」


 何か言いたげな様子ではあったが、そのまま桜子に別れを告げ、職員玄関に向かった。外に出ると少し蒸し暑かった。車に乗り込み、エンジンをかける。時計の表示が7時少し前だから、待ち合わせの時間には問題なく間に合うだろう。なんだかんだで、楽しみであった。


 少し早く、指定されてあった駅前の噴水に到着する。付近の店で買った抹茶のアイスクリームを食べ終わった頃、瞳真くんは現れた。隣に会ったことのない、セーラー服を着た少女を連れている。ここからすぐ近くにある中学校の制服だ。彼女がおそらく、例の話にあった人物だろう。


 その少女は小柄で、身長は大体150cmちょっとくらいだろうか。華奢で、手足もかなり細い。肩より短く切り揃えられたグレーのボブヘアーと、ヘアピンですっきりと上げられた前髪。クールな印象の眼差しが、じっと私を見つめている。

 瞳真くんはその少女の肩に手を置くと、楽しそうに話し始めた。


「わざわざ来てもらって悪いな、白石センセー。紹介するよ。こいつが昼休み話した人⋯⋯あぁ、手紙にも書いたっけ。『あゆむ』だよ。歩く、の字であゆむね。超可愛いだろ?」


「あゆむ⋯⋯。歩か、よろしく。白石イケメン鈴之助先生だ」


 彼女——歩は、瞳真くんの「好きな人」らしい。一緒に、その⋯⋯色々したとか手紙に書いてましたな。一体どんな人なのかと気になっていたから、今日はむしろ来て良かったのかもしれない。歩はぺこりと一礼すると、突如テンション高くまくし立て始めた。


「おお、実に驚いた。思っていたよりもずっと男前じゃないか、白石先生!今日はわざわざ余のために来てくれて、感謝している。噂の、自称『ミステリアスイケメン教師』に会えて嬉しいよ。瞳真とは仲良くやっているかい?ってそんな訳ないか、あっはっは」


「余?」


「ははは、面白かろう。実は余も白石先生と同じで、ミステリアスイケメン路線を狙っているから、ちょっと格好つけているのさ。どうだい?イカしてるだろ」


「ああ、イカすぜ。ところで、なんか思っていたより、濃いな。びっくりしたぞ」


 瞳真くんは肩をすくめて苦笑いをした。依然として、何やらしゃべり続ける歩に相槌を打ちながらも、おや。と思う。


「歩」という名前は、女性につけるなら、どちらかというと「あゆみ」と読ませる方がメジャーだと思う。もちろん名前にケチをつけたい訳ではないが、割と珍しい名前の部類ではあるだろう。

 さらに気になったのはもう一つ。歩の言葉遣いが、かなり男性的であることだ。

 男性寄りの名前と話し方。さらに、なんと言えばいいか⋯⋯他にも何かが、瞳真くんと決定的に似ているような⋯⋯。


「なあ白石先生。余は一度、白石先生と話してみたかったんだ。余の瞳真にホの字なんだろう?白石先生の話は、瞳真からよく聞いていたよ。例えば」


「歩。あんま余計なこと言うなよ。てかさー、そんなん良いから何か奢ってよ、白石センセー」


 瞳真くんが、私に甘えたような声でねだってきた。ご丁寧に、肩へのボディタッチまで交えてくる。

 くそ。こういう時ばかり甘ったれやがって。最低だ。騙されるとでも思ってるのか。


 私は先ほどアイスクリームを買った店に2人を案内し、並んでメニューを眺めた。


「じゃあオレ、バニラで」


 と、瞳真くん。


「余はチョコレートとキャラメルとミント、あとそれから、マスクメロン!」


 遠慮など微塵も感じさせない歩は、大胆に4つも指定してきた。私は店員に、瞳真くんと歩の分5つと、自分の分2つ(あずきとオレンジ)の、計7種類を注文する。

 出来上がった商品を受け取ると、歩は子供のようにムシャムシャと貪りだした。


「よく食べるんだな歩は。食う子と寝る子は育つと言うから、素晴らしいと思うぞ」


「やった、白石先生に褒められた!」


 歩は嬉しそうな顔で、無邪気に笑った。それを見た瞳真くんは、学校での彼の様子からは想像もできないような優しい表情を見せて、歩の肩を抱いた。


「あーっ、マジで歩可愛いすぎるって。流石オレの天使!超好きなんだけど!」


「えっ、瞳真く⋯⋯なんかキャラ変わってないか⋯⋯。っていうか、そのだな。それ、私にもやってくれ」


「無理」


 瞳真くんはバニラアイスを一口舌ですくい取った。その様子に関連して、つい良からぬ想像をしてしまう。最近の欲求不満が祟っているせいだろう。ああ、興奮する。⋯⋯というのは、もちろん冗談だ⋯⋯。


 その時、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。取り出して画面を見る。桜子からの電話だ。通話ボタンを押して、携帯電話を耳に当てた。


『⋯⋯あ。もしもし、鈴之助?今何してる?』


「今、少し出かけているが。どうした?」


『ふーん⋯⋯誰と出かけてるの?』


「1人だけど」


 もちろん嘘だ。


『そう。じゃああたしもそっちに行っていいかしら。別に、あなたに会いたいわけじゃないけど、1人で残って作業してても退屈なのよね。一緒に仕事しようと思ってたのに、さっさと帰っちゃうんだもの。今どこ?』


「いや!女の子の店にいるから、今日は駄目だ」


『嘘ね。鈴之助、そういう所は行かないじゃない』


「たまには行きたくなるんだよ。恋人もいないし」


『⋯⋯それなら、あたしがなってあげなくもないけど』


「ははは、どうも」


 桜子の声色が少し暗い。この様子だとおそらく、彼氏に振られでもしたのだろう。だからその寂しい夜を、美男子である私に慰めて欲しいと。

 後ろでイチャイチャしている瞳真くんと歩を、ちらりと見る。2人の声が電話口に入らないように距離をとった。あるいはそれは、ただの言い訳に過ぎないのかもしれない。


「お前と2人きりで話したいことがある。明日、食事にでも行かないか。振られて寂しい思いをしているお前のために、私の奢りだ」


『別に、振られてなんていないわよ⋯⋯。何。それってあたしをデートに誘ってるつもり?まさか、あたしのこと好きなの?』


「自惚れるなよ。親友として誘っているんだぜ」


 少しだけ間があった。


『ふ、ふーん、そうね。その言い方は気にくわないけど、しょうがないわね。2人の話とやらが、き、気になるしね。鈴之助がそんなに行きたいなら、ついて行ってあげるわよ』


 その口ぶりとは裏腹に、桜子の声色はかなり弾んでいる。本当に、愛しいくらいの勘違い女だな。私が色恋に関してとことん性格が悪いのは、あいつも分かっているだろうに。最後に二言、三言交わし、ぶつりと電話が切れた。携帯電話をポケットに戻したのを見計らってか、瞳真くんがこちらに呼びかけてきた。


「白石センセー、どーしたの。まさかカノジョからの電話ー?」


「いや⋯⋯高校時代からの親友だ」


「へー意外。友達いるんだ!女?可愛い?」


「ああ。ま、まあ、可愛くないと言えば嘘になるけど⋯⋯。でも安心してくれ。私は君のことを一番に愛しているからね」


「キモ。マジウザいな、このおっさん」


 瞳真くんは後退して、私から距離をとった。歩は目を輝かせ、噂の口説き攻めだ!と騒ぎ始める。

 こちらを思いきり睨んでくる瞳真くんを見ながら、私は改めて自分の想いを再確認した。


 やはり私は、瞳真くんのことが好きだ。一年前のあの頃からずっと、彼のことを。

 桜子とは違う。彼女に対する気持ちとは、完全に別の物だ。それだけは、偽りのない真実なのである。


 ただ、一度きちんと気持ちの整理をつけなければならない。それが必ず必要な手順だというも、私自身、少なからず気づいていた。


 ***


 それから一時間ほど遊んだ後、駅にあるバス停へと2人を送った。両親への連絡はきちんとしていたようなので、少しほっとする。ただでさえイケナイことをしている自覚があるため、知り合いに見つからないようにと神経も過敏になっていた所だったし、多少は気が楽になった。親に「学校の先生とお出かけしてくるぜい」などと話していなければの話だが。


 私はもうこの際だから、自宅(付近)まで送ろうかと聞いたが、瞳真くんは何故か少し焦って「いらねえ」と断った。歩も「じゃあ余もいいや」と便乗する。

 誰かに目撃されてるのを心配しているのかもしれないが、ちょっと今更じゃないか?だが、その心遣いはありがたく頂いておこう。


 バスを待つ最中、歩が私に向かって深々と礼をしてきた。


「今日はありがとう白石先生。すごく楽しかった。アイスもたくさん奢らせてしまったね。良かったらまた今度、遊んでくれるかい?もちろん瞳真は渡さないけどね、なーんて」


「ああ、気にするな歩。私も楽しかったよ。それじゃあ、またな。次に会うときには、私も瞳真くんと仲良くなっているさ」


 歩は不敵な笑みを浮かべて「出来るものならね」と挑発してきた。ふふふ、歩もなかなか可愛い奴だな。別に、変な意味で言っているわけではないが。


 2人が乗るバスが向かって来たのを確認して、私たちは別れた。その去り際だった。瞳真くんは私に見せつけるように歩を引き寄せると、額にそっと口付けをした。


「うそーん!」


「ぷっ。じゃあね、白石セーンセ。歩と仲良く頑張りまーす」


 そう言って、2人はバスの中へと消えていった。


 おい、ちょっと待て。「頑張ります」って、一体何を「頑張る」つもりなんだ。2人で仲良く「学校のお勉強頑張ります」ってことか?なるほど。


 仕方がない。まだ瞳真くんが振り向いてくれないのなら、さらに熱烈なアピールをするだけの話だ。

 新しい作戦に必要なアイテムを購入するために、私はとある店へと向かった。


〜つづく〜

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