雨とゼリー
雨が降っている。濃い灰色の空から、綺麗な銀の雫が落ちてくる。
縁側に座った葵様は、降りだした頃からずっとそこで雨を見ている。
整えられた日本庭園を背景に、淡い青の着物姿の葵様。明るい茶色の狐耳としっぽも相まって、何というか雅だ。
ざああ、ぴちゃん。ぴちゃん、ざあああ。
落ちた雫が少し違う音をたてるたび、葵様の耳は楽しげにふりゅんと動く。
私には葵様と同じ音が聞こえているかはわからない。だけど家事をこなしながらちらっと見る葵様が、楽しそうにしているのが私は好きだ。
「雨、止みませんね」
嫌いということはないけれど、洗濯物が乾きにくくなるのは困る。基本的に着物――葵様は普段から、私は手伝いの時に着ている――は外で干すので、こういう雨の日は大変なのだ。
「僕は雨好き」
くるりとこちらに振り返った葵様の笑顔とふぁたりと畳を叩いたしっぽのコンボ強い。湿気でさらにボリュームを増したしっぽという、雨限定もふもふ。
そんなものが、まるで誘うように目の前で可愛らしい動きで揺れている。
家事を手伝ってくれないことなど、もはや気にもならないくらい。
「葵様。これひとしきり終わったら、一緒に洋菓子食べましょう」
「……! うん!」
ぴるっと私の声に耳が反応してからの返事。増したボリュームのせいで、いつもよりほんの少しだけ速度が遅いのも可愛い。
「じゃあ僕はもうちょっと雨見てるね」
手伝ってくださいよなんて言葉は、口に出される前に消えた。ゆったりふぁたんふぁたんと揺れるしっぽを前にして、そんなこと言えるはずがない。
それの理由が、洋菓子が楽しみだからということがわかるから。
「葵様、終わりました。お待たせしました」
「お疲れさま、双葉。今日の洋菓子何?」
「今日はゼリーです。果物屋の奥さんから、おすそ分けをもらったので」
なんでも、趣味と実益を兼ねて果物を使ったスイーツを自分の店で出そうとしているらしい。今はあくまで試食や調理例として、近所の人や常連客に評判を聞いている段階だそう。
昨日の夕方買い物に行ったとき、世間話の延長で葵様が洋菓子好きだと話したのだ。
そうしたら、葵様のおかげでこの商店街は続いているわけだし、などと言われながらゼリーを受け取った。おそらく、最後に言われた葵様の感想も聞かせてね、というのが本音だろう。
「ぜりー。綺麗だね、これ」
ほこりをたてないようにするためだろう、葵様は自分のしっぽをぎゅっと捕まえつつ、けっこう近い距離で卓袱台の上のゼリーを見ている。
「雨みたいに、きらきらしてる」
「そういえば、食べる時にひっくり返してみてって言われました。やってみましょうか」
真っ白な型に入ったゼリーのうち、片方を小ぶりのガラス皿にひっくり返す。とんとんと上から何度か叩けば、ちゃんとお皿の上に乗った感覚。
プレゼントの箱を開けるように、ゆっくり型を上げれば、そこには――。
「すごい!」
「すごいですね!」
いろいろな果物をそのまま閉じ込めた、淡い黄色のゼリーがそこにあった。
「いっぱい果物入ってるね!」
「さすが果物屋さんですよね」
市販のものなら見かけるが、これを手作りするなんてすごい。
「いただきますっ」
待ちきれなくなったらしい葵様が、スプーンを手にする。
わずかな抵抗感の後、ぷにゅんと柔らかく動いたゼリーがスプーンの上に乗る。
「おいしい!」
ばったばった揺れようとするしっぽを押さえつけて、葵様はうれしそうに笑った。
次いで、私も一口食べる。
「おいしいですね!」
「今度買い物に行ったら、果物屋さんの奥さんにお礼言わないとね。あと、おいしかったって言う!」
「そうですね。葵様から直接そう言ってもらえたら、奥さんきっと喜んでくれますよ」
ふと見た外は雨が上がっていて、虹が出ていた。