うっかりとスイーツテロ
毎日ではないが、週に何度か葵様は一緒に買い物についてきてくれる。
なんでも誰かに聞いて、買ったものが多いとき荷物持ちがいてくれると助かる。できれば男性のように力がある方が望ましい。ということらしい。
そこに巫女さんは女の子なんだからと付け足されたらしいので、その話の出どころを、私は近所にある商店街の豆腐屋のおばさんではないかと推測している。
「双葉双葉。次はどこのお店?」
「八百屋さんですね」
葵様が歩くたび、ゆったりふぁたんふぁたんと揺れる柔らかく大きなしっぽが足に当たる。葵様の隣を歩いていれば、よくあることだ。
「八百屋さんかぁ。何買うの?」
「そうですね……。漬け物にするきゅうりとか、にんじんとかでしょうか」
神社の食卓は、野菜が多い。葵様は狐だが――動物としての狐は肉も野菜も食べるらしい――神様だし、特に食べてはいけないものもないから純粋に野菜好きなだけだ。
私だって女子で、うちには食べ盛りの思春期男子どころか、私と葵様以外誰もいない。
よって、自然と献立も野菜中心になる。
「いらっしゃい、巫女さんに葵様」
「今日もうまい野菜入ってるぞ」
八百屋さんは、夫婦で経営している。そういう店はこの辺りでは多い。葵様が稲荷としてこの地域を守っているから、町の商店街は長い歴史を誇っている。
でも何より商店街の人たちが自慢に思っているのが、葵様がこの町を守っていてくれるということ。
私も、それが一番うれしい。そんな町に暮らしていること。葵様の隣にいられること。
「双葉、僕が持つよ」
「あら、葵様はお優しいねえ」
「なかなか男前だな、うちの町の神様は」
うれしそうに笑顔を浮かべる葵様のしっぽが、ふうわりふわりとゆったり揺れる。
行きましょうかとうながせば、うんとうなずく葵様の頭上で、明るい茶色の耳がふるんと動いた。
「またどうぞ」
見送ってくれる八百屋さんご夫婦の声に、私は一礼、葵様は手を振ってこたえた。
「あとはどこ?」
「うーん……。必要なものはそろいましたし……あ」
ふと、大事なことに気づいた。
うわあ、どうしよう。
「双葉?」
くてんと耳をかたむけ、葵様が聞いてくる。
「あの……洋菓子の分のお金、今日は思ったより物買っちゃって、たりないです」
最初に寄ったスーパーは特売日、商店街では、タイミングよくタイムセールが行われていた。
今日は葵様という人手があることも手伝って、いつも一人での買い物では持ちきれない量買ってしまったのだった。
「!」
見る間に葵様の耳がくたっとなる。大きくふわふわしたしっぽも、ふぉてんと力無く地面に落ちた。
「い、一回神社に帰ってから! お金持ってまた買いに来ましょう!?」
「……双葉のうっかりさん」
返す言葉もない。
「……まかろん、たると、もんぶらん」
「……!」
どこで覚えたか、葵様は最近飯テロという言葉を知ったらしい。
それの洋菓子バージョン、つまりスイーツテロだ。
「しょーとけーき、ほっとけーき、てぃらみす」
「すぐ帰りますから! あ、でも卵の入った袋は気をつけてくださいね!」
「わかった。でも、今日は洋菓子二種類」
「了解です!」
さて、今日の洋菓子は何にしようか。