鵺と夏季限定ミルクセーキ
真昼の日差しに夏を残しつつ、朝夕には秋の足音が聞こえてくる頃。冬よりもすっきりしているけど、やっぱりおっきいしっぽを僕はふぁたふぁた揺らす。
「葵、ここが目的地か?」
隣を歩く朔が問いかけてくる。相変わらずクールでかっこいいけど、最近少しまとう雰囲気がやわらかくなった気がする。
「うん。朔、覚えてる?」
「もちろんだ。あの時は、世話になったな」
僕らが足を止めたのは、以前ふたりで来た喫茶店だ。あれから半年が過ぎた。季節は巡って、僕らはほんの少しずつだけど変わっていく。
ドアを開けると、軽やかなベルの音。コーヒーと甘いスイーツの香りがただよう店内には、やわらかな午後の光が差し込んでいた。
「葵様、いらっしゃいませ!」
「うん、こんにちは」
窓際の二人用のテーブルに着く。注文は決まってた。
「ミルクセーキふたっつ!」
「冬じゃないのにミルクセーキなのか?」
「きたらわかるよ」
「はい、ミルクセーキですね。承りました」
いつかの冬と同じように注文する。その時に、楽しげに笑う店員さんと目くばせした。ぱたぱたと、僕もしっぽを振る。朔は眉根を寄せ、不思議そうに首をかしげる。
喫茶店の中はクーラーが効いているけど、日当たりのいい席ではまだちょっと暑い。だからきっと、ちょうどいいはずだ。
あまり待たずに、店員さんが注文の品を持ってきてくれた。銀色のお盆に乗っているのは、グラスに入ったミルクセーキ。ただし、かき氷みたいなシャーベット状だ。上にちょこんとさくらんぼが飾られている。
「ミルクセーキの、夏季限定のものです。暑い九州の方では、こんなアレンジがあるそうですよ」
「そうなのか。興味深い」
朔はじっとミルクセーキを見つめる。かわいらしい黄色はそのままに、夏にぴったりの涼しげなスイーツになっている。
「朔は、変わったよね」
「そう……だろうか」
「うん。前より人当たりも良くなったし、あいさつもよくするようになったよ。それに、子供たちとも仲よくできてるしね」
それは正直、予想外だった。ここで朔に『もっと人と関わろう』と提案したのは僕だけど、こんなに早く子供たちと馴染めるとまでは思っていなかったから。
きっかけはいつもの遊びの一つ、ヒーローごっこだった。リクエストされると、彼は次々に変身ポーズをしてみせた。それから朔は、子供たちに慕われるようになったのだ。
「朔がヒーローのなりきりできるなんて、僕知らなかったよ。やっぱり、五十鈴が特撮番組見てるからなの?」
「五十鈴のあれは……、俺の言い訳用だ。本当は、特撮を好んで視聴しているのは俺なんだ」
頬を赤く染めて、朔がうつむく。
「なんにも恥ずかしいことじゃないのに。僕も、ヒーローって好きだよ。かっこいいよね」
「ああ。……十年ほど前、だったか。テレビを見ていた五十鈴が言ったんだ。ヒーローが、俺みたいだと」
それは、虎の爪を武器に戦うヒーローだったらしい。言われてみれば、確かに朔に似ている。彼も、手足が虎に変化するのだ。
「憧れたんだ。たとえ一人でも、誰かや街を守るために戦うヒーローに。俺も、そうなりたいと思った」
誰だって憧れる、かっこよく戦うヒーロー。特に、朔はあやかしの門番として、人や町を守る役目がある。プレッシャーもあったのかもしれない。そんな朔にとって、自分と似た立場のヒーローは希望だっただろう。
小さい頃の朔も、目をきらきらさせてヒーローを見ていたのだろうか。想像するとほほえましくて、しっぽがぱっふぱっふ揺れた。
「朔はもう、この町のヒーローだと思うよ」
「いいや、俺はまだ彼らには及ばない。だが、葵がそう言ってくれるくらいには、近づけたのだろう」
ミルクセーキを一口食べて、朔は綺麗な金色の目を細めた。どうやら、このミルクセーキも気に入ってくれたみたいだ。
「うん。変わるのは、ゆっくりでもいいんだ。だって僕らには、まだまだ時間があるんだもん」
「そう考えることもできるな。俺たちにしか、できないこともあるのか」
季節のように、足早に変わっていかなくてもいい。でも、今は。
「ミルクセーキがとけちゃうから、ちょっと急ごっか」
「そうだな」
グラスを前に僕と朔は笑い合って、スプーンで夏だけのミルクセーキを少し急いで口に運んだのだった。




