スペシャルパフェに思い出スイーツ
冬と春の境界を、行ったり来たりの日々が繰り返される。けれど地面に目を向ければ、鮮やかな新緑色の芽が顔を覗かせ、雪は日陰にしか残っていない。
明日、私は修行先へと出立する。高校生活を終え、知人や友人と別れて、新しい場所に旅立つのだ。
そうしてたくさんのことを学び、再びこの町に戻ってくる。その頃にはもっと、地元に役立てる人間になっていたい。今までお世話になった分を返せるくらいに。それが私の目標だ。
「双葉、行こ!」
「はいっ」
今日は、葵様に誘われて洋菓子店に行く予定だ。『ふたりきりがいいなー』なんて言われて決まったことだった。
先日は近所の子供たちから、お別れ会をしてもらった。葵様がいろいろ協力したらしい。子供たちは私のことも慕ってくれていて、しばしの別れを惜しんでいた。
町の洋菓子店は、葵様と一緒によく行くのですっかり常連だ。それなりの混み具合のイートインスペースの、窓際の席に着く。
「例のもの、お願いね」
「はい、承りました」
顔見知りの店員さんと葵様が意味ありげに目配せをして、何かたくらんでいるらしい顔で笑い合う。
「実はね、サプライズのスイーツ頼んでたんだ。双葉きっと、びっくりすると思うよ」
楽しげに笑う葵様のしっぽが、ふぁったふぁったと揺れる。
事前に来る時間も伝えてあったのか、それからすぐに店員さんが注文の品を運んできた。
「お待たせしました。どうぞごゆっくり」
「……わあ」
なるほど、ごゆっくりと言われる訳だ。テーブルの上に鎮座するのは、一般的なものよりも大きなパフェだった。通常の三倍はあるだろうか。ずいぶん豪華だ。
カットされたホットケーキを土台に、果物のソースがかけられた生クリームの塔がそびえ立つ。そこには、小さなマカロンやクッキーがトッピングされていた。
「双葉、どう? サプライズ成功した?」
「……しましたね。すっごく」
「あのねー、このパフェ考えたのも僕なんだよ」
ほこらしげな葵様の頭上で、両耳がふるんと揺れた。
「そうなんですね。このパフェのスイーツ、葵様と一緒に食べたものばっかりですよね」
「うん。しばらく双葉と一緒にスイーツ食べれないから。今日は特別。パフェ、双葉と食べたかったから」
たまに葵様と外食をすることもあった。メニューの後ろの方、デザートの中でもパフェはどこか特別だった。スイーツ好きな葵様とも、パフェは本当に特別な日だけにしようと決めていて、結局これまで食べたことはなかった。
「特別なら、思い出に残るでしょ」
「そうですね」
お菓子は、いつもの日常を少し特別に彩ってくれる。一緒にいたひと、その時の風景を甘く心に残してくれる。
「あの、葵様。気持ちはとてもうれしいんですけど、このパフェはふたりでもちょっと……」
「だよねぇ。んー、はりきり過ぎちゃったかな」
取り分けるためにもらったグラスに移してなお、まだたっぷり残るパフェを前に、私と葵様は苦笑いを浮かべた。
と、誰かが外から窓を軽くこんこんと叩いた。視線を向けると、そこには五十鈴ちゃんと朔くんがいる。
葵様と目を合わせると、考えていることは同じだというのがわかった。そして私たちは、窓の向こうのふたりを手招きしたのだった。
「……なるほど。パフェが多すぎて困っている、と。お前たちらしいな」
「なら手伝うよ。ふたりきりだったのに、お邪魔して悪いなー?」
「いいよ。僕、このよにんでいるのも好きだから」
よにん分に分けたパフェは、ちょうどいい量になった。
冗談めかして謝る五十鈴ちゃんに、葵様も軽く応じている。朔くんは、グラスを配るのを手伝ってくれた。
結局いつも通りに落ち着いたが、こんな時間を過ごせるのも今だけ。少し特別でありきたりなこの日常を、私はとてもいとおしく思う。
*
日差しは暖かいが、まだ桜も咲かず冷たい風の吹く日。春が来るのがゆっくりなこの町から、私は今日旅立つ。神社の前には、五十鈴ちゃんと朔くんが見送りに来てくれた。
「案外荷物少ないんだな。手伝おうかと思ってたのに」
「寮生活みたいなものですし、向こうにもいろいろとそろっているので」
修行先に行くためにまとめた荷物は少ない。葵様と、卒業式の日から一週間滞在している父とで運んでもらった。そのまま、父が運転するこのレンタカーで空港へ向かう。
「帰ってくるのは二年後かー。ちょっと長いな」
「休みになったら、戻ってきますって」
「気分の問題だって。よし双葉、ハグしよう!」
返事をする間もなく、五十鈴ちゃんに抱きつかれる。拒否するつもりもなかったが。
私よりほんの少し背の高い五十鈴ちゃんの腕の中は、暖かくて好きだ。よくスキンシップをしてくる彼女だから、ここまで親しくなれたのだろう。
そんな五十鈴ちゃんの後ろから、控えめに視線が送られていた。
「朔くん、どうかしましたか?」
「その、女性に対して失礼な申し出とは思うが……。俺も、ハグをしても……良いだろうか」
「もちろん、いいですよ」
おずおずと近づいてきた朔くんのハグは、五十鈴ちゃんのそれより控えめだ。自分の低い体温がコンプレックスらしい彼は、不意に触れることにすら気を遣う。
「すまない。冷たい……か?」
「そうですね、少し。でも、気にはなりませんよ」
「……それならいいが」
遠慮がちに開いた距離を、私の方から抱きしめ返して埋める。朔くんは人間ではないけれど、大切な友人のひとりだ。
「身体には気をつけろよ。あと、何かあったら連絡をくれ。帰ってくるのを、待っている」
「はい、わかりました」
「こう見えて、朔も寂しいんだよなー。双葉のこと好きだから」
「違うぞ、五十鈴! ああ、いや。否定はできないが、俺も双葉のことを……大切な友人だと、思っている」
「朔くん、ありがとうございます。うれしいです」
五十鈴ちゃんにからかわれて、顔を真っ赤にして離れていった朔くんに、そう笑いかける。
「双葉、僕もー」
と、後ろから今度は葵様がくっついてきた。
「では、ちょうどいいので今のうちに。私が帰ってくるまでに、あんまり散らかしたらだめですよ。あと、洋菓子ばっかり食べるのも。あと……」
「えー、僕にはお説教?」
「あとは、任せました。私が帰るまでよろしくお願いしますね、葵様」
「うん!」
そろそろ出発の時間だとせかされて、私は車に乗り込む。
「では三狐神 双葉、いってきます」
このよにんでいて、湿っぽくなってしまうのはちょっと嫌だった。さんにんには、笑っていてほしい。だから、五十鈴ちゃんみたいに冗談めかして言ってみる。
「いってらっしゃい」
さんにんとも、手を振って見送ってくれた。葵様は、ついでにしっぽをもっふもっふと揺らしていた。
三狐神とは、稲荷神の別名だ。それを、私たち一族の先祖が頂いた。人間でありながらも、稲荷神の遣いである葵様たちと同じように認めて下さっている証なのだった。
自分の名前に誇りを、手持ちのバッグの中には小さなお菓子をいろいろ。他にも形にならない優しさや暖かさを。
みんなにもらったたくさんのものを持って、今、私は新しい場所へと旅立っていく。
活動報告にて、葵様が登場中です! そちらも目を通して頂ければ幸いです!




