まわりの変化とミルクセーキ
冬の冷たい風が吹き抜けるたびに、僕のしっぽがふわわっとふくらむ。澄みきった空は透明な青で、この季節には数少ない晴れだった。
日が暮れるには少し早い午後、僕は散歩に出ていた。冬にはみんな、外出の機会が自然と減る。町中を歩いている人も少なくて、風景が寂しくなる季節だ。
「あ、朔!」
「……葵か」
見知った顔をみつけて、僕は駆け出す。走るのと同じリズムでぱたぱた耳が揺れた。
「何してるの?」
「見回りだ。俺は門番だから、この町に不必要に入るあやかしを取り締まる役目がある」
「それは知ってるよ。でも、僕の加護だって行き渡ってると思うし、そんなにがんばらなくてもいいんじゃないの?」
「いや。これから五十鈴が忙しくなる分、もっと俺が……」
「朔? 大丈夫?」
朔はぼんやりしていた。なんだかふらふらしてもいるみたいだ。
彼は冬になると調子を崩す時がある。鵺の中に蛇の要素があるからなのか、特に寒い日にはとても眠くなってしまうらしい。
困って耳をくたんと下げながら辺りを見回すと、ちょうど馴染みの喫茶店がある場所だった。
僕は朔を支えつつ、暖かいお店へと入る。すぐに顔見知りの店員さんが迎えてくれた。
「葵様、いらっしゃいませ! 今日のお連れ様は、巫女さんじゃないんですね」
「うん、友達なんだ」
「あ、このひと知ってました。ハロウィンのイベントで、巡回担当してたひとですよね」
「そう。ちょっと人見知りだけど、いい子なんだよっ」
ぱふぱふ揺れるしっぽが、つい朔にあたる。双葉なら喜ぶところだけど、朔はどうだろう。今は眠そうで、それどころじゃなさそうだけど。
「そうなんですね。お席はこちらにどうぞ。ご注文は?」
「あったかいミルクセーキふたっつ!」
「はい、承りました」
案内してもらったテーブル席は四人掛けで、隣から少し身を寄せればしっぽが届く。僕は保温性ばつぐんと双葉に好評な大きいしっぽを、朔の膝の上に乗せた。
ぼうっとしたまま、朔の手が僕のしっぽをもふもふと握る。
「浮世の変化は、目まぐるしいな……。五十鈴も、もう大人になると気を引き締めている」
と、朔は半分寝言みたいに呟いた。
「そうだね。僕らと人の時間は違うから、変化の速度も違う」
「俺は、最近ようやくそれに気づいたんだ。五十鈴も双葉も、きっとずいぶん前から覚悟していたのだろうな」
「人」付き合いがほとんどない朔と親しい人間は少ない。そのうち二人である双葉と五十鈴は、今が人生の節目だ。その変化は大きい。
僕や朔は人ではないから、生活の変化は小さい。けれど、大切な人と深く付き合っている。
近くで起こる変化に、朔は置いていかれてしまうのではないかと感じているのだろう。
五十鈴が、彼は迷子の子供みたいだと言っていたことがある。その理由が、僕にもなんとなくわかった。
よく顔が見えるようにと、僕は朔の正面の席へ移動した。彼は人に化けるのがもうすっかり上手くなっていて、目の色以外は普通の人と変わりない。だけどこうして向き合うと、金の瞳は宝石みたいだ。
「そんなに難しいことじゃないよ。ただ、大好きな人と一緒にいたいだけ」
そうするには、大変なこともある。けれど同じくらい、幸せな気持ちになれる。
「僕は双葉や、みんなが好き。この町も好き。そういう存在の変化は、怖かったり寂しかったりするかもしれないけど、愛おしいんだよ」
「その感覚は、俺にはわからない……」
うつむいた朔の、金色の瞳が煌めく。あやかしだからこそとても綺麗なその目は、透き通っているからか涙をこぼしそうに見えた。
置き去りにされそうな、迷子の子供。彼の小さな世界は揺らいでいるから、不安げだ。
その手を引いて、連れ出してあげないと。世界はもっと広いと、教えてあげないと。
もしかしたらそれが出来るのは、僕だけかもしれない。
「朔。もっと人と、関わってみない?」
「……俺は鵺だ。人には恐れられる。それにあやかしである以上、葵のようには生活しにくい」
「それは、試してみないとわかんないでしょ。うん、それがいいよ!」
ぼっふぼっふとしっぽを振って、僕は力説した。
と、ちょうど注文していたミルクセーキを、先ほどの店員さんが持ってきてくれた。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「ありがと」
しっぽをぽふんと揺らしてお礼を言うと、店員さんも笑い返してくれる。
ミルクセーキは、ほこほこと湯気をたてている。かわいい黄色で、まろやかに甘い。シンプルな作り方らしいけど、冬に飲みたくなるお気に入りだ。
「おいしーい!」
とろけるような甘さに、ふぁったふぁったとしっぽを振る。そんな僕につられて、朔もグラスに口をつけた。控えめに一口飲んで、ほっと息をつく。
「うまいな。初めて飲んだ」
「ね? 変化も、怖くないでしょ?」
「そうなのかもしれないな」
クールな表情で格好いい雰囲気の朔が、かわいらしい色合いのミルクセーキを飲んでいる。なんだかちぐはぐで、幼くも見える。でも、僕らの時間は長い。変わっていくのが、ゆっくりでもいいんだ。
「あ。そろそろ学校が終わる時間だね。朔も迎えに行く?」
「ああ」
お会計を担当したのも、さっきまでと同じ店員さんだ。
「ありがとうございました! また来てくださいね、葵様」
「うん。ミルクセーキ、おいしかったよ!」
「……ありがとうございました」
こういう時はいつも礼だけにとどめる朔が、ぼそっとだけど言葉にした。
「なあ、葵。人と関わるとは、具体的にどうしたら良いと思う?」
一足先に店の外に出た朔が、振り返らずに聞いてくる。僕はうれしくなって、彼の隣に並んだ。しっぽをばふばふ当ててしまうけど、気にしていられなかった。
「もっと神社においでよ。あと、行事に参加するとか。僕も双葉が修行に行くと、空き時間が増えるしね」
「そうだな。俺もそこから始めてみるか」
空をあおぐ朔の金色の瞳は、陽光の希望をうけて輝いていたのだった。




