ハロウィンとスイートポテト
山の木々の、いくつかが色づき始める頃。吹く風は寒くなり、僕のしっぽはふわふわもこもこになる。
よりボリューミーになったしっぽを狙ってくる、双葉や司書さんには要注意。言ってくれれば、ちょっとなら触らせてあげるのに。
ふぁったんふぁったんと、揺れる速度も少し遅くなる。肌寒い十月最後の日、今夜はハロウィンだ。
数年前から、ハロウィンは地域のイベントとして開催されるようになった。夕方頃から始まって、仮装した人たちがおもに商店街の辺りを歩く。
協力してくれる店や民家の前には、目じるしにジャック・オー・ランタンが置かれている。商店街で毎日力仕事をしてる人たちが、かぼちゃをくりぬいてくれた。だから一つひとつ顔が違う。
ちなみにかぼちゃのなかみはパン屋さんが買い取り、かぼちゃ蒸しパンに使うらしい。あとで買いに行こう。
「葵様は、今夜はどうするんですか?」
「んー、引率とか巡回かなぁ。もう暗くて心配だし、今日は保護者の方になるよ」
「わかりました。じゃあ、神社の方は任せてください。あと、八百屋さんで配られるお菓子は、スイートポテトだそうですよ」
ぴん! と僕の耳が素直に反応した。
「さすがにちょっとは『トリックオアトリート』するよっ!」
洋菓子は大好きだ。それがもらえる、ハロウィンってイベントも気に入っている。そして、秋の味覚のスイートポテトは逃せない。
イベントのスタート地点は、商店街近くの公園。もうだいぶ人が集まっている。子供やその保護者がやっぱり多い。
夜に開催されるから、何人かのグループで行動してもらう。すると、自然と仲のいい友達同士が集まる。
「あー! 綾斗くん!」
「真季」
「来てたんだね。いっしょに行こう?」
「うん」
このふたりは、一緒にかくれんぼをして遊んで以来、ずいぶん仲よくなった。たまに化け猫の兄弟やあやかしの友達と、こちらの町にやって来る。
かわいくて、ほほえましいふたりだ。ふぁさふぁさと、僕はひかえめにしっぽを揺らす。
「綾斗くん、ねこの仮装だね。わたしもだよ、おそろい!」
くるんと回った真季は、黒い猫耳としっぽのついたパーカーで仮装している。綾斗と兄弟たちの猫耳としっぽは本物だ。ときどき耳がくり、と動く。
ばらつきを見た結果、僕は真季と綾斗のいるグループにつくことにした。お母さんのあんこさんは、よにんいる子供のうちの、もうふたりの方。
万が一何かあった時のために、あやかしのことが少しはわかる僕がついていれば大丈夫だろう。巡回組の方に朔も参加してくれているし。
何より、今夜はハロウィンなのだ。
「みんな、どうしてハロウィンでは仮装するか知ってる?」
「んー、たのしいから?」
「お菓子もらえるからじゃないのー?」
口々に子供たちは答える。
長いマントで吸血鬼の仮装をした子に、キャラクターの衣装を着た子もいる。最近のハロウィンは、コスプレっていうのも多い。
イベントとしてはいいだろうが、本来の仮装の理由も知っていた方がいいと思う。
「それも合ってるよ。でもね、もともとは悪いモノを追い払うために仮装するんだよ」
「豆まきみたいに?」
「そうだよ」
ハロウィンは、ほんの少しだけ日本の行事に似ているところがある。だからこそ、今こうして多くの人々に受け入れられているのかもしれない。
「あ! 葵様、つぎは八百屋さんだよ!」
八百屋さんの前では、かわいらしくも不気味な表情のジャック・オー・ランタンが、ろうそくの明かりを揺らしている。
「トリックオアトリート!」
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうよ!」
「いたずらされちゃったら困るねぇ。はい、お菓子どうぞ」
八百屋のおばさんは、一つずつ丁寧にラッピングしたスイートポテトをくれた。
ごく自然な流れで、トリックオアトリートをしていない僕にも一つ。ちょこんと手に乗る小さなスイートポテトに、ついしっぽをぼっふぼっふと振る。
「ありがとうっ。僕、すいーとぽてとも大好きなんだ」
「そのうれしそうなしっぽ見れば、誰だってわかるよ。さあ、もう暗いから気をつけてね」
「はーい」
子供たちに混じって、僕もいい返事をする。そろそろイベントの終了時間で、あとは公園に戻って解散だ。
その時、僕の耳がふるんと何かに反応した。
「ごめん、あと任せていいかな。ちょっと用事できちゃった」
「はい、わかりましたよ。公園もすぐそこですしね」
付き添いのお母さんたちにあとのことを頼んで、僕は通りから外れた暗がりに立ち寄った。
どこからか、朔がついてきた。巡回も終わった頃だろう。
「葵」
「朔も気づいた? やっぱり、何かいるね」
視線を定めたのは、より闇の濃い場所。よくないモノの気配がする。ハロウィンで、追い払われるべきモノだ。
「立ち去れ、今すぐに」
「ここは僕たちが守る町だよ」
ゆっくりと、それの気配は消えていった。仮装してお菓子をもらう、楽しいハロウィンの裏側。悪いモノは、ひっそりいなくなる。
緊迫した空気と威嚇で、ぶわっとふくらんでいたしっぽが元に戻る。軽く頭を振ると、狐耳がふりゅるんと揺れた。
「葵、これやる」
「洋菓子だ! あれ、でも朔は巡回組だったよね?」
「仮装と勘違いされたんだ。今夜は都合が良かったが……」
そんな朔は、鵺の姿になりかけてしまっている。手首までが虎で、目は蛇のような縦長の瞳孔のものに。
「最近は、集中力が保てない。あやかしの時間である夜になると、ついこちらに傾く」
「五十鈴、来月には合格発表だもんね」
「ああ。俺には、大変だろうと想像することしか出来ないからな……」
それでつい心配して、集中できなくなってしまうのだろう。朔は家族想いだ。
「合格、するといいね」
「ああ」
ハロウィンの特別な夜は、静かに更けていく。




