ショートケーキと帰る場所
天気のいい昼下がり、僕は一人で散歩をしに神社を出た。暖かい日差しにしっぽがゆったり揺れる。
今日は珍しく、双葉とは一緒じゃない。時々こうして、僕は一人だけで町に行くのだ。双葉が、『たまには一人で町に行くのもいいですよ。葵様のことは、皆さん歓迎してくれますし』と言うからだ。
賑やかな場所は好きだ。だから最初に向かうのは、公園にしようか。ぴるっと耳を動かしたとき、楽しげな声が聞こえてきたから。
この町の稲荷である僕のことを、町の人たちは好意的に迎えてくれる。みんないい人たちばかりで、会うとあいさつをしてくれたりする。
僕がこの町を好きな理由の一つだ。
「あー! 葵さまだ!」
「ほんとだ! 葵さまあ、しっぽさわらせてください!」
「いいよ」
公園に入れば、わあっと子供たちが僕のまわりに集まってくる。すると必ずといっていいほど、しっぽを触りたがる。双葉もそうだから、みんなしっぽが好きなのかな。
しばらくの間、ぎゅっと抱きつかれたりもきゅもきゅ握られたり。僕はされるがままにしていた。
「葵さま、いっしょにあそぼう!」
そして、それが終われば遊ぼう遊ぼうと誘ってくる。
「うん。何しようか」
「鬼ごっこ!」
「かくれんぼ!」
「おままごと!」
たくさんの案が出てくる。やりたいことは、山ほどある年頃だ。ここは僕が仕切らないと。年上として。
「じゃあ、多数決にしよう」
「葵さま、たすうけつってなにー?」
「おしえてー」
こうして頼られるのも悪くない。双葉は僕より物知りだから、僕が何かを教えるということはそうそうないのだ。
子供たちと一緒にいるときは、なんだかお兄さんにでもなった気分になる。
「やりたい人が一番多い遊びにしようってことだよ」
「わかった! やろう、たすうけつ!」
その後多数決で多かった順に、いくつかの遊びをした。
そうしているうちに、空はすっかりオレンジ色になっていた。子供たちも、それぞれ家へと帰っていく。僕は最後の子を見送ってから、神社に向かう。
夕暮れ時は、商店街で買い物をするお母さんたちが多い。中には、さっきまで僕と遊んでいた子を連れている人もいる。
すれ違うたびにお母さんは会釈を、子供は手を振ってくれる。
友達と別れた後の帰り道は寂しいらしいけど、町の人たちのおかげで僕は寂しいと思ったことはなかった。
階段を上がれば、いよいよ神社に着く。その手前で、双葉が待っていた。
耳がぴんっとなる。
「葵様、おかえりなさい」
「ただいま、双葉」
このただいまという言葉が好きだ。自分の家に帰ってきたのだという安心感があるから。
「今日のデザートは洋菓子ですよ」
「わぁ……! 今日の何?」
「ショートケーキです。お裾分けしてもらったんです」
ふぁったふぁったとしっぽが揺れる。
「もう……。そんなに洋菓子が楽しみなんですか?」
「そうかも」
それだけじゃないけど。双葉が待っていてくれる。それだけで、僕は十分嬉しいのだ。