進路とティラミス
春と断言するにはまだ寒い時期。しかし桜前線は着々と北上し、今月である四月も半ばを過ぎれば、この辺りの桜も開花するだろう。そんな少し先が、待ち遠しく思える頃。
今日は私室で、五十鈴ちゃんと勉強会だ。春休み明けのテスト対策。
私たちも、いよいよ高校三年生だ。もう遠くない『将来』を見据え、本格的に動かなければいけない。就職にしろ進学にしろ、残された時間は短い。
「双葉ー?」
「あ、すみません」
問題を解いていた手が止まって、五十鈴ちゃんに声をかけられる。
「どうかした?」
「考えごとをしていて。もう進路のことが、現実的になってきましたから」
「あー、そうだよな。やっぱりみんな、ピリピリするのかな。それはちょっとやだな」
「そうですね。でも私なんて、進路は決まってますからみんなより楽なんですね」
ちらりと机の上を見る。机はちょっと広く低く、便利な上この和室にも合う。
そこに二人分の勉強道具が広がっているが、五十鈴ちゃんのスペースには地方公務員試験のテキストもあった。
「そんなことないだろ。もしかしてあれ、気にしてんのか? 確かに、試験とかはしなくていいだろうけど、その後は大変じゃん」
「まあ、そうですけど……」
私は卒業後、京都へ行く。私と葵様の一族が共に運営している機関で『修行』をするためだ。そこでは葵様たちのこと、神社の運営などさまざまなことを学ぶ。
五十鈴ちゃんの言う通り、楽ではない。だが、そこに進めることは確定している。だから、今年一年私が考えるべきなのは、成績の維持だけなのだ。
この前、それをクラスメイトに指摘されたのだった。
たとえば、五十鈴ちゃん。一年生も終わりの頃には、地方公務員を志望していた。
これまでも、補習など忙しそうだった。これは人に言えないが、五十鈴ちゃんは妖と関わる『交渉人』でもある。きっと、私より大変だ。
「それは双葉だってだろ? 学校通いながら、神社の手伝いもしてるし、家事だってしてる。充分がんばってるよ」
それを言うと、五十鈴ちゃんには逆にほめられた。
いまいち実感がない。私にとっては、あたりまえのことだからだ。
「だって、今まで普通にしてきたことですよ?」
「だから、それがすごいんだって。客観的に自分を見るって大事だぞ。それも進路活動の一環かな」
「あ、それもそうですね。じゃあがんばってみます」
「あはは。やっぱ堅いって、双葉」
楽しげな五十鈴ちゃんも、家庭の事情はずいぶん複雑だ。両親とは一緒に暮らしておらず、祖父と妖が家族なのだ。
「……五十鈴ちゃんは、進学って考えましたか?」
フィクションの中に描かれる、高校以降の学校の生活。自由で、楽しそうに描かれている。
私は、高校卒業後は『修行』と決まっていたし、決めていた。迷いはない。まわりに言われなくても、私は『修行』をすると決めただろう。
けれど五十鈴ちゃんはどうだろう。そんな進路を、欲しいと思ったことはあるのだろうか。
「いいや? だって、その学費を払うのは私じゃないだろ。わざわざ学生生活を延長するためだけに、そんな大金払わせたくないよ」
「私もそうですね。やりたいことは、必ずしも学校で学ぶ必要もありませんし。それよりだったら、早く一人前になってここに帰って来たいですね」
もちろん、目標があって進学する人もいる。ただ、私たちはそれにあてはまらない。
自分の気持ちだけでなく、環境も進路を選ぶ大きな要因だろう。
「だろ? それに私、この町好きだし。お祖父ちゃんが心配だから、できれば離れたくないし。だから公務員がいいな」
でも、もし私と一緒なら延長の学生生活も魅力的だったかもしれない。と、五十鈴ちゃんは付け足した。あんまり本気じゃなかった。それにきっと、私たちはそれを選ばない。
「双葉が帰って来るの、待ってられるし」
「わっ。五十鈴ちゃん、急に抱きつかないでください。びっくりしますよ」
「いいだろー、愛情表現だからさ」
廊下から足音がした。今私たちの他に家にいるのは、葵様だけだ。子供たちは遊びに来ていない。
勉強すると言って部屋に向かった私たちを気づかって、居間にいたはずだった。何か用だろうか。
「葵様?」
「勉強がんばってるから、差し入れに来たんだけど。楽しそうにおしゃべりしてたね。ちょうど休憩だった?」
ふぁたんふぁたんと揺れるしっぽが、交ぜてと言っている。それでも振れ幅が控えめなのは、お盆を持っているからだ。
「おー、葵様。休憩中だから、遠慮なく交ざってよ」
「机の物、よせますね」
空いた机に置かれたのは、小ぶりのカップのティラミスだ。うちの親戚からのもらい物だったと思う。
そしてマグカップに温かいカフェオレ。それぞれ三つずつ。交ざる気満々だった。もちろん私と五十鈴ちゃんが、葵様を拒否するはずがないが。
「それで、何話してたの?」
「進路のことだよ。それでさ、双葉がな――」
さきほどの会話を、五十鈴ちゃんがかいつまんで説明する。特に、序盤を重点的に。流していたが、五十鈴ちゃんは気になっていたらしい。
くりくり動く耳が、葵様が真剣に話を聞いていることを示していた。
「うーん、そっか。あのね、双葉。僕は人じゃないから、説得力がないかもしれないけどね。……どっちの方が大変とか、もっと苦労してる人がいるとか、それって関係ないよ」
ふるんと、思案するように耳が動いた。
「双葉が思ったように、感じて良いんだよ。そういうのって、比べるものじゃないから」
「……はい」
意外といろいろ悩んでいたらしい。五十鈴ちゃんとのやりとりと葵様の言葉で、ずいぶんすっきりした。
一区切りついたので口にしたティラミスは、苦くも甘かった。




