ヒーローごっことドーナツ
どたばたと、大きな足音が響いている。そんな音を聞きながら、私は冷えきった空気の廊下を歩いていた。
冬の神社は、葵様と遊びたい子供たちが集まって大騒ぎだ。もっともそれは室内遊びの日だけだが、雪国の冬は寒く、外か中かは交互のペースだ。
神社の中でも特に広い部屋に入ると、なぜか葵様と子供たちが対峙していた。
どうやら今日の遊びはヒーローごっこだ。
「『ヒーロー諸君、かかってくるがいい』!」
悪役は葵様らしい。かなりノリノリな様子で胸を張る。気合いでも入っているのか、冬毛であることも相まってしっぽがぶわりとふくらんでいた。
「『覚悟しろ』ーっ!」
六人ほど、かわるがわる葵様に突っ込んでいっては軽くいなされる。ヒーローとはいえ最初から有利なはずはない。
柔らかい畳に転がされては、再び飛びかかっていく子供たち。むしろ抱きついている時もあるのに気づいて、私は思わずくすりと笑ってしまった。
「『君たちの力はそんなものか? 口ほどにもないな。私が世界征服をしたら、人間共など全てもふもふにしてくれるわ!』」
「え」
どんな悪役だ。危うく「いいですね!」と全力で肯定してしまうところだった。
「『そんなことはさせない! みんな、いくぞ!』」
無理に止めなくてもいいんじゃないですかね、そんな平和な悪役。
よく観察していると、一人の子と五人一緒の子にわかれて戦っているのに気づいた。彼らは仲が悪い訳ではなかったはずだ。なぜだろう。
「『俺から先にやる』」
一人の方の子が前に出た。なんだか一匹狼のような立場のヒーロー役らしい。腰の正面で何かの仕草をした後、きりりと悪役である葵様を見据える。
「『キーック!』」
「『何っ』」
ぼすんとしっぽで受け止めるも、悪役はふらりとよろける仕草をする。
どうやら一人の彼は、バイクを愛用するヒーローだったようだ。最近の決め技は、キックだけに限らないらしいが。
確かにそれなら一人なのも頷ける。基本的に大人数では戦わないタイプのヒーローだ。
「『今だ! ぼくたちも決めるぞ!』」
五人が隊列を組み、やはり何かの仕草をしてから技名を叫んだ。こちらは主に五人で戦う、敵が大きくなり合体ロボで決着をつける方のヒーローなのだろう。
おそらく技が決まるまでの間だろう絶妙な時差をつけて、葵様が派手に見えるようにやられる。
「……おやつがありますよー」
ヒーローたちが決め台詞を言い終わるのを待って、声を掛けてみた。エンディングの邪魔にはならなかっただろうか。
ヒーローごっこはラストシーンまでが勝負らしく、以前さえぎってしまってしょんぼりされたことがある。
「わーい。双葉お姉ちゃんありがとう!」
「お菓子、お菓子!」
「見て見て! 葵様の好きな洋菓子だよ」
「ほんとだー。葵様、早く!」
ヒーローたちはあっという間に子供に戻り、大皿の上に並んだドーナツに目を輝かせる。
プレーンにチョコ、いちごのチョコやカスタード入りからココア生地と、いくつもあるドーナツはどれも違う。
「けんかしちゃダメだからね。おんなじの選んだら、ジャンケンで決めるんだよ」
こちらも、悪役からいつもの近所のいいお兄さんに戻った葵様が、年長らしく取りしきる。ただ、もふぁんとささやかに揺れるしっぽが期待を表していたが。
それほど揉めることなく、みんな無事にドーナツを選んだ。それでもやっぱり他の味も気になるらしく、一口分の取り替えっこをしている。
葵様など、みんなと交換して全部の味を楽しんでいた。その代わりどれも一口だけだが、満足げにしっぽがふぁったふぁったと振られていた。
「ね、双葉は、ヒーローってかっこいいと思う?」
「え、そうですね……」
友人の五十鈴ちゃんは、女子高生ながら特撮を好んで視聴しているらしいが、私はそうではない。
「誰かのために一生懸命努力するのは、すごいことだと思います」
それでも私が思い浮かべたのは、葵様のことだ。ヒーローみたいに戦ったりはしないけれど、この町や誰かのことを気にかけている。そんなひと。
「ねー。葵様みたいだよねっ」
「葵様も、ぼくたちのヒーローなんだよ」
「そうそう。ご当地ヒーローだっているしね」
私だけじゃない、他の誰かもそう思ってくれていることが、とてもうれしい。この町のこの神社で、葵様のそばにいる巫女として。
「そうかな。へへ、なんか照れちゃうな」
そう言いながらも誇らしげに、だけどかわいらしく、葵様は耳をふるるんと動かし、ふぁたんと一つしっぽを揺らしたのだった。




