妖の町とパウンドケーキ
僕の町の祭りが終わるのを合図にするように、稲穂が金色になって空気も冷たい秋のものに変わる。
神社は町でも小高い位置にあるから、縁側に座っていると田んぼが見下ろせる。強めの風が吹くと、田んぼはまるで金の海のように見えた。
今日は、五十鈴と朔が来る予定だ。遊びに、と言ってたけどたぶんこの前貸した浴衣を返しに来るんだと思う。
そろそろ約束の時間だからここで待ってる。けど、さっきから双葉が僕のしっぽを握りだしたから、ふたりには早く来てほしい。
「おー。双葉も葵様も、いつも通りだな」
「邪魔をする」
明るい声と落ち着いた声がかけられる。五十鈴と朔だ。
朔が持っている紙袋に、浴衣が入ってるのかな。
「五十鈴ちゃん、浴衣返しに来たんですか?」
「それは今度な。今日は誘いたいとこがあるんだ。また浴衣着て、祭りに行こう」
五十鈴の言葉に、僕と双葉はそろって首をかしげる。僕の耳もくてんと傾いた。
祭りはこの前終わったはずだ。僕が他の町に簡単に出かけられないことはふたりとも知ってるはずだし、どういうことだろう。
「五十鈴、説明が抜けている。あっちの山に、あやかしたちの町があるだろう。そこで祭りがあるから、葵と双葉も誘おうと五十鈴が言い出したんだ」
今度は納得して、また僕と双葉はそろってうなずく。
しばらくして、僕らはこの前のお祭りの日のように、浴衣姿で家を出た。向かう先だけが違う。どこに行くんだろう。好奇心に、僕のしっぽはふぁたふぁた揺れた。
朔が先導するのについて行けば、神社の境内にあるまだ紅葉していないもみじの下で立ち止まった。
「ここからあちらの町に行ける」
そういう出入り口は、町に数ヶ所だけあるらしい。通るだけではあちら側と繋がらないが、招かれたり縁がある者はそこからあやかしたちの町に行けると、五十鈴が説明してくれた。
僕や双葉は、そちらの事情に詳しくない。二つの町が近すぎると、厄介なことも増えるから。つながりは最低限にしなくてはならないのだ。
先頭の朔が一歩踏み出すと、辺りの景色が変わった。同じ神社だけど、家がない。
ふるるんと僕の耳が音に反応した。祭り囃子が聞こえる。僕らの町のものと似ていて、だけど違う音色だ。ふうわり漂っているのは、出店の食べ物の匂いだろうか。
「浮世の葵様、双葉さん。ようこそ、常世へ」
暗がりから誰かが姿を現した。紺で無地の着物に、背中には黒い翼。気配はあやかしのそれだ。
僕と双葉の前に立ち、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。僕はこの町の元締めをしている、烏天狗の薄氷と申します」
「初めまして、僕は葵。よろしく。君のことは、五十鈴と朔から聞いたことあるよ。一度会ってみたかったんだ」
「光栄です」
丁寧な所作が板についているひとだ。よく五十鈴のお祖父さんと話し合いをするらしいから、そのためだろう。
でも今の微笑みは、社交辞令じゃないみたいだ。普段からいろんな人を見てるから、僕はわかる。
「薄氷さんがさ、双葉と葵様に挨拶したいって。だから今日の私と朔は、案内人ってわけ」
五十鈴の家は昔から妖との交渉人として、あやかしと関わってきた。今回も、僕らとあやかしとの仲立ちをしてくれたらしい。
「こちらへ。僕の店がありますので」
「薄氷さんは、駄菓子屋の店主だ。最近では、葵の好きな洋菓子も扱っている」
「え、ほんとっ? じゃあ早く行こうよ、薄氷」
「ああ、はい」
とまどったような声で、薄氷が答えた。僕が急に手を掴んだから、驚かせたかもしれない。
「あんな薄氷さん初めて見たよな、朔」
「立場のあるひとだからな。葵の屈託のなさには敵わないだろうが」
後ろで五十鈴と朔が、そんなことを話していた。
軒先にもお菓子が並べられた店がある。一目で薄氷の店だとわかった。店内の洋菓子に、しっぽがぱたぱた揺れる。
薄氷に促されて、僕たちは店の奥に入った。そこは居住区域らしい。客間で座ると、黒い猫耳の少女がお茶を出してくれた。
「薄氷、今日のは貸しよ」
「わかっているよ、小夜。……さておふたり共、今日お呼び出しした件ですが」
その切り出しに、僕も双葉もぴしっと姿勢を正す。緊張しているからか、双葉が僕の浴衣の袖を握っていた。
そういえば、双葉はこうしてあやかしと接した経験なんて、朔以外ない。薄氷の雰囲気は朔のそれよりあやかしらしくて、少し怯えてしまっているのかもしれない。
大丈夫だよと、まふっとしっぽで軽く叩く。
「そちらの神社の神様や巫女殿、神主殿が代わるたびに行っていることですので。簡単な確認なので、そう緊張なさらずとも」
「薄氷。もったいぶってないで、早く本題に入りなさい。わざわざ時間を割いてもらっているのよ」
台所らしき方向から、さっきの猫耳少女の声がした。
「……では、改めて。この町のあやかしがそちらにお邪魔することを、許可して頂きたい。もちろん、人間に危害は加えません」
僕は、少し考える。人とあやかしが共存できるよう、五十鈴が頑張っている。人に敵意あるあやかしがいないか、朔が気にかけている。
あの町は、僕が守るべき場所だ。そこにいるひとたちも含めて。
「良いよ、来ても。人もあやかしも暮らしてるのが僕たちの町。そこを守るのは、僕の役目だから」
膝の上で、双葉が僕の手を握る。うん、僕はひとりじゃないよね。
「これまで通り、ということですね。ありがとうございます。小夜、あれをお出ししてくれるかい?」
再びやって来た小夜が持ってきたのは、一切れずつお皿の上にのせられたパウンドケーキだ。
「了承さえ頂ければ、この件についての話はこれで終わりです。葵様は洋菓子がお好きだと伺いましたので、どうぞ」
「良かったですね、葵様」
「うん。薄氷、ありがとう!」
目の前に置かれたパウンドケーキに、しっぽがばっふばっふと嬉しさを表す。ほこりをたてそうだから、僕は慌てて大きなしっぽを抱え込んだ。
パウンドケーキには、とろりとしたクリームが添えられている。栗の香りがする、秋らしい洋菓子だ。生地にも細かく刻まれた栗が入っているようで、食感でも楽しませてくれる。
やっぱりがまんできなくて、しっぽがふぁたふぁた床を叩いた。すごくおいしい。
「喜んで頂けたようで何よりです。手作りなものでして……」
「薄氷が作ったの? すごいね」
「へー、意外だな。薄氷さんも、お菓子手作りするんですね」
「あの、葵様が気に入ったみたいなので、レシピ教えてもらえませんか」
謙遜した薄氷につい迫っても、穏やかな笑みが浮かべられるだけだ。駄菓子屋さんだからか、こういうのに慣れているのかもしれない。
どこか嬉しそうに、双葉と五十鈴にレシピを教えている。
「お祭りに遊びに来たんでしょう。この子たちは送ってあげるから、先に行ってもいいわよ。薄氷、世話焼き大好きだからきっと長いわ」
「じゃあ、そうしようかな。朔、行こ」
「ああ。小夜さん、よろしくお願いします」
その後、遅れてきた双葉と五十鈴も合流して、僕たちはあやかしの町のお祭りを楽しんだのだった。
人が暮らす僕たちの朝日町。そこと隣り合わせの、あやかしが暮らす夕景町。
人間と不思議なモノたちが一緒にいるここを、僕は大切に思う。




