浴衣選びとアイスキャンディー
夏も夕暮れになると、木々に囲まれているうちの神社は涼しくなる。西の空が、まばゆい夕日でオレンジに染まる。雲は淡い青から珊瑚色へのグラデーションが綺麗だ。
縁側で、そんな風景を見るともなしに見ている。夕飯の片付けを終えた私を、葵様がそこへ呼んだのだった。
「双葉、お疲れさま。もふもふしてもいいよ」
「え、ほんとですか。じゃあ遠慮なく」
いつもなら、一緒に洋菓子を食べた後に突入することが多いもふもふタイム。今日は少し珍しい。
冬場のように抱きつくよりも、夏は撫でてその手触りを楽しむ。さらさらしたしっぽは、涼しい空気を含んでいるのか心地よい。
毛並みと同じ流れで、無心に撫で続ける。手を置いた瞬間のふぁさっとした手触り、私が手入れを欠かさないからか、ふわさらの仕上がりになっている。
ふと、葵様の耳がふるんと何かの音に反応した。
「誰か来たみたいだね」
「あ。そういえば、友達と約束してるんでした」
間もなく、その友人が姿を現した。
「双葉ー、来たぞー」
「いらっしゃい、五十鈴ちゃん」
少し男っぽいしゃべり方の彼女とは、小学校からの仲だ。幼馴染みで、通っている高校も同じなので仲良くしてくれている。
「五十鈴、こんばんは。朔も一緒なんだね」
五十鈴ちゃんから遅れて、同じ年頃の少年も来ていた。金色の瞳が印象的なひとだ。彼は五十鈴ちゃんの家で、家族のように一緒に暮らしている朔くんだ。私にとっての葵様に似た立場。
神社にもよく来ていて、顔を合わせることがある。葵様とも親しいらしい。
「夜道が危ないからって、ついてきてくれたんだ」
「五十鈴はもう少し警戒するべきだ。ここは葵の力が及んでいるから良いが、お前は――」
「わかってるって。双葉、帰りに話したアレ。見せてくれよ」
受け流したが、朔くんはいいのだろうか。だが、ふたりはいつもこんな感じだと思い直した。気心の知れた、家族らしい仲の良さに見える。
「はい、こっちへどうぞ。えっと、朔くんは……」
「朔も来たらどうだ? そうだ、みんなで決めるのもいいんじゃないか」
そんな五十鈴ちゃんの提案で、私たちは物置にしている一室へ向かった。普段は使わない物を置いている部屋だが、定期的な掃除は欠かさないので埃っぽくはない。
「見るとか決めるとか、何の話?」
くてんと耳まで傾けて、葵様が聞く。
「もうすぐお祭りだって話をしてたんです。ほら、葵様は宵宮に出店を回るの好きでしょう」
「だから、一緒にどうかって双葉が誘ってくれてさ。あとその時に、いつも浴衣着てるって聞いたんだ」
「いくつかありますし、五十鈴ちゃんと朔くんにも貸して、みんなで浴衣姿で回ろうって、五十鈴ちゃんが」
そのいくつかある浴衣の中から、サイズが合いつつ気に入る柄のものを見繕うため、五十鈴ちゃんが来るという約束をしたのだった。
私と五十鈴ちゃんによる、代わる代わるの説明を聞くごとに、葵様のしっぽが揺れる速度がばっふばっふと速まっていく。想像して、わくわくしているらしい。
「勝手に決められても困……」
「いいね、それ! もちろん朔も来るよねっ」
「あ、ああ……」
きらきらした目でぶんぶんしっぽを振る葵様に気圧されたように、朔くんが頷いた。いいのだろうかと五十鈴ちゃんに視線を送ると、大丈夫だと笑いかけてくる。
「よし。双葉、葵様、まず朔の浴衣から見立てるか!」
楽しげに五十鈴ちゃんが宣言した。さっそく葵様が、自分の浴衣から色々選び出す。
「朔はいつも、暗い色の服が多いよね。たまにはちょっと違うのにしてみようよ」
「だよなー。あ、これなんかいいな」
そう言って五十鈴ちゃんが手に取ったのは、朝顔柄の浴衣だ。
紺の中に水色や紫の朝顔がいくつも咲くその浴衣は、同系色の落ち着いた印象を与えつつも、着るひとを引き立てそうだった。
「それなら、五十鈴も花柄にしたら?」
「いや、私はそういうの似合わないからな?」
「そんなことないですよ。たとえば、これなんかきっと似合うんじゃないですか」
私が手渡したのは、小花柄の浴衣。白地に黄色の花が散る柄は、とてもかわいらしい。子供っぽ過ぎず、明るい五十鈴ちゃんにどこか似ている。
「双葉も花柄のおそろいにする? 似たのがあったよね」
物持ちがいいのか、浴衣や着物は数多くある。状態の良い古い物から、新しい物まで入り交じっているのだ。その中には、似た柄のものがいくつかあったりする。
楽しげに、ふぁったふぁったと葵様はしっぽを揺らす。しまわれている物を避けているあたり、器用だ。
ほどなくして葵様がみつけ出したのは、確かに五十鈴ちゃんのと似た浴衣だった。白に花柄というデザインは同じだが、私にと選ばれたそれは、小さな葉も描かれている。
「じゃあ、葵様の浴衣を選ぶのは朔だな」
「別に構わないが、俺にセンスは期待するなよ? こういうのは、苦手なんだからな」
仕方なさそうに朔くんは言うが、目が真剣だ。根は真面目なひとなのだ。そのまま数ある浴衣を見つめ、動かなくなった。
「あー。相当考え込んでるな、これは」
「時間かかりそうだね」
「アイスでも持ってきますね」
浴衣は重くないが、探すために出しては戻すのを繰り返したため、暑くなっただろう。神社にはこの時期、遊びに来る子供たちのためにアイスキャンディーを常備している。飲み物でもいいが、葵様はこちらの方が好きだ。
先ほどまで夕涼みをしていた縁側で、アイスを食べながらさんにん並んで朔くんを待つ。葵様と五十鈴ちゃんは、祭りを回る計画をせっせと立てている。時折私も意見を出した。
話し合いの末、行く店と順番が決まった頃。ようやく朔くんが浴衣を持ってきた。
「葵、これでいいか?」
朔くんが見せたのは、淡い青の水面に落ちた花が波紋を広げているデザインの浴衣。
「凝った柄の浴衣選んだな、朔」
「葵は祭りの主役のようなものだろう。少しくらい、柄が凝っていてもいいだろう」
朔くんなりに、とても色々考えてのこの浴衣なのだろう。もっと気軽な柄でも大丈夫だが、せっかく朔くんが配慮してくれたのだ。
「僕好きだよ、こういうの。粋でいいよね」
浴衣を受け取った葵様が、耳をふるりと動かしてじっと見つめる。ふぁたふぁた揺れるしっぽ。浴衣を選んでもらったのが、かなりうれしかったようだ。
それはいいとして。
「朔くん。腕、変わってますよ」
浴衣を持つ朔くんの腕は人のものではなく、白に黒縞の虎のものへと変わっていた。
朔くんは鵺という妖怪なのだ。鵺は猿の顔、狸の胴体に虎の手足を持っている。だが、目立った悪事はせず、その姿さえ出てくる話は少ない。その鳴き声だけが当時の人たちには印象的だったらしい。
それはたとえば小豆洗いなどの、いわゆる『音の怪異』に近いのかもしれない。
「ああ、悪いな。浴衣は傷めてないはずだが」
「いえ、構いません。それより、少し触ってもいいですか?」
うなずく朔くんの了承を得てから、その腕に触れる。
短い毛並みならではの、さらさらの触り心地。そして何より手とくれば、もふもふの中にうずもれた肉球。ふにふにと何度かつつく。仕上げにもう一撫でして離した。
「双葉も、五十鈴の友達だけあって変わっている」
「違うって。双葉はもふもふ好きなんだよ」
「それもありますけど、朔くんのこともいいひとだと思ってますよ」
すぐに腕を人のものに戻した朔くんに、視線を逸らされた。頬が赤くなっている。照れているらしい。
「よ、用も済んだし、帰るぞ。五十鈴」
「はーい。双葉、葵様。浴衣ありがとな。じゃあまた!」
「はい、また明日」
「暗いから、気をつけてね」
みんなで選んだ浴衣が入った紙袋をぶら下げて、ふたりは帰っていった。
「お祭りの日、楽しみだねっ」
ぴるんと耳を揺らして、葵様がそう言った。約束があるだけで、いつもよりも祭りの日が待ち遠しくなったのだった。




