狐と司書の関係におけるもふもふ攻防
雨が降り、どこかに当たってたてる音はまるで音楽のよう。不規則で予想もつかない自然が紡ぐ、唯一無二の曲。
そんな音楽はこの静かな空間に馴染み、読書の良きお供と言えるのではないだろうか。過度に邪魔をせず、しかし口寂しい――ならぬ耳寂しくもない、絶妙な音。
雨に包み込まれた図書館。私はそこの管理人とも呼べる存在である、司書だ。
ネームプレートにはその誇らしい役職名と、ふりがな付きで苗字の「茂木」が書いてある。「もぎ」ではない。この辺りでは「もてぎ」と読むのだ。
梅雨の季節には、室内で過ごすことが多い。おかげで最近、図書館に立ち寄ってくれる人が増えた。それを見越して、特設コーナーを作っている。
安定の人気は映画やドラマの原作本、次いで私の趣味たっぷりなもふもふ物。いや、そんなジャンルはないのだが。むしろ流行ればいいな、もふもふ。そうしたらリクエストとして、合法的にもふもふを増やせるのに。
「もっと、もふもふ……」
愛読書である『月刊もふもふ』を読む手を止め、私はうっとり呟いた。バックナンバーを図書館に置いているのはもちろん、自前でもそろえている筋金入りのもふもふファンだ。
今一番気になっているのは、ここの常連であるあのひとの大きなしっぽだ。
「こんにちはー」
「こんにちは、葵様。今日も最高潮にもふもふなしっぽしてますね!」
歩くのに合わせて、わずかながら左右にふりふりと揺れるしっぽ。耳は音に反応するとぴるんと動く。
「……本、返すね」
微妙な間を空けてから、葵様がカウンターに本を置いた。
ジャンルはばらばらだ。葵様が借りる本の多くは、誰かに勧められたものであることが半分近く。残りが自分の読みたいものなのだろうが、それも色々だ。
「そうだ。今日は司書さんのおすすめにしようかな。選んでくれる?」
首をかしげると、くてんと一緒に傾く耳の愛らしさ。図書館の中かかっている冷房の風に、ほんのわずかに揺れる毛先。
「葵様にも一度、もふもふを読んでもらいたいものです。という訳で……」
特設コーナーもふもふから、さらに厳選していくつか手に取る。
ただもふもふが題材になっていればいいというものでもない。メインでなくても、きちんとスポットライトが当たっているか。擬音はもちろん、それだけの描写になっていないか。
私なりの厳しい基準で選んだつもりだ。
「葵様ぁ。一度でいいですから、その魅惑的なもふもふしっぽを触らせてくださいよ。触って撫でて、ぎゅうぎゅうに抱きつきたいですっ!」
「要求がグレードアップしてるよ! もう、だからダメなんだよっ」
「ええー」
双葉さんから聞いたことがある。夏場、葵様のしっぽは意外とひんやりしていて、とても気持ちがいいと。
「じゃあ、ちょっとだけ。せめて、一撫でだけでも!」
「しょうがないなぁ。その代わりしばらくお預けだからね? 南波ちゃん」
本当に珍しく名前で呼ばれて、私はおとなしく引き下がる。
頬が熱いのは、たぶん気のせいだ。不意打ちなんだから仕方がない。葵様は、きっと最近恋愛小説でも読んだんだ。しっぽをふぁたりと揺らすなんて、余計に反則。
カウンターから出て、葵様の隣に立つ。葵様の方が頭一つ分背が高いのは、私の身長が低めだから。つまり、私がしゃがめばちょうどしっぽの位置。
思い切って抱きつく。ふぁふっとした柔らかさ、頬ずりするとさらさらした毛並み。大きなしっぽならではの満足感がある。
「こういうしっぽは、やっぱり狐か狼ですよね。あ。狐と言えば、葵様は稲荷神社で神様をしてらっしゃるんですよね?」
もふもふに触れていた時間は、ねだっていたそれより短い。顔を上げて私は訊ねた。本当に少しにしないと、『しばらく』が長くなるからだ。
「うん、一応ね」
「でも狐って、稲荷神の使いでしたよね。なのに神様なんですか?」
「司書さんは詳しいね。確かに、元々僕たちは稲荷神の使いとして、力が遠くまで及ぶようにって各地に散った。ここの場合、土地神として信仰されることもあるから、一応だけど神なんだよ」
例えば神や妖怪、そういった概念の存在は信仰や噂の影響を受けるらしい。そうして存在を維持しているからだ。
本を読む中で、私にもそんな知識があった。もふもふといえばファンタジーだ。ものによっては、解説が丁寧に書かれていたりする。
「そうなんですね。でも私たちにとって、葵様はいいお隣さんな神様ですよ。何であっても、葵様が好きってことに変わりないです」
「えへへ、ありがとう」
可愛い。照れているからか、ふぁったふぁったとしっぽが動いている。くりくり落ち着かなそうに向きを変える耳もたまらない。
「葵様、これもふもふさせてくださったお礼です。エクレア、双葉さんとご一緒にどうぞ」
「えくれあ! ありがとう、司書さん。また近いうちに、本返しにくるからね」
「はい。待ってます」




