手作り洋菓子とホワイトデー
ずらりと立ち並ぶ本の森。出入り口近くでその森の管理をしている場所、図書室のカウンターだ。
室内は静かだし、この辺りには読書用の机や椅子がないから、さらに音が少ないそこに僕はいる。控えめに揺らしているはたはたというしっぽの音と、司書さんが読んでいる本のページをときどきめくる音。
よっぽどその本に夢中なのか、司書さんはじっと見ている僕に気づかない。
「…………」
「……?」
僕のしっぽの音が「はたはた」から「ぱたぱた」という少し大きなものに変わったからか、やっと気づいたらしくそろりと司書さんが顔を上げた。
「うわっ! あ、葵様!?」
「しー。図書室では静かに」
「あ、はい。すみません」
今のやりとり、普通は逆だよね。まあいいか。
「ええと、ご用件はなんでしょう?」
「本、返しに来たんだ」
気まずいのとか色々誤魔化すように聞いてきたけど、こっそり隠したさっきまで読んでた雑誌、僕知ってるんだからね。たまに双葉にも貸してるでしょ。「月刊もふもふ」っていう写真イラスト漫画小説って、媒体問わずにとにかくもふもふを詰め込んだ、最近話題の雑誌。しかもその今月号「狐特集」。
僕の耳とかしっぽ見て爛々と目を光らせるのは、ちょっと怖いからやめてほしいなぁ。言ってくれたら触らせてあげるのに。
「はい、これ」
「あれ。葵様にしては珍しいですね、こういうの。お役に立ちましたか?」
「うん。すごく」
僕から司書さんに手渡されたのは、洋菓子のレシピ本。普段は絵本や小説を借りることが多いから、確かに珍しいかも。
この前、チョコレートフォンデュをやった日。ホワイトデーにも感謝の気持ちを表せると聞いて、僕が思いついたのがこれだ。
バレンタインデーとかホワイトデーとか、元と違ってもイベントっていうのは、誰でも気軽に参加しやすいから良いよね。
「司書さん、バレンタインに洋菓子くれたでしょ。だからお返し。これどうぞ」
「わあ、いいんですか?」
「あ、でも図書館は飲食禁止だったよね」
「あー、待って! 引っ込めないでください! 今だけ特別、例外です!」
さっき僕のしっぽ見てた仕返しにちょっとからかってみたら、ノリ良く付き合ってくれた。また声大きくなってるよ。
「他にも行くとこあるから、またねっ」
「葵様、ありがとうございましたー」
図書館から神社への帰り道は、間に商店街がある。一番はじっこで、図書館に近いのが駄菓子屋だ。
「こんにちはー」
「葵様じゃないですか。今日はお一人なんですねぇ」
「うん。買い物じゃなくて、ホワイトデーで来たから。当日じゃなくなっちゃったけど」
司書さんにあげたのと同じ、袋にいくつか入ったクッキーを渡す。ラッピングとかは、量が少ない代わりに実はちょっとこだわってる。
「手作りすか。なんか、ご利益ありそうですね」
「あるといいけど、食べてね?」
「それはもちろん。何日か飾ったら、食べさせて頂きますよ。お菓子は食べてこそですから」
結局飾るんだ。まあ、食べてくれるならいっか。
「まだそれだけ残ってるなら、他の人にも渡しに行くんですよね? 俺にこんな時間使ってもいいんすか?」
「いいんだよ。駄菓子屋のお兄さんにもだけど、いろんな人にお世話になってるから」
「光栄ですねぇ。葵様にそんなこと言われるのは」
「お互い様、だよ。じゃあ、またね」
駄菓子屋を出てすぐに、今度は八百屋の奥さんに会った。この町はあまり広くないから、よくある偶然だ。
「おや葵様、こんにちは」
「こんにちは。あのね、ちょうどよかった。これ、商店街のみんなに。いつもお世話になってますって」
手編みで作られた、買い物にいつも使っているかごから大きな巾着袋ごと八百屋の奥さんに渡した。
これも図書館で借りた本を見ながら僕が作ったもので、中にはやっぱり手作りクッキーがいくつも入っている。商店街のみんなの分をまとめている。
他の人たちにも渡してほしいのだと説明すれば、八百屋の奥さんは快く請け負ってくれた。幅広い人脈を持ってる人だから、あっというまに配ってくれると思う。
「あらぁ。ありがとうね、葵様」
「僕の方こそ、いつもありがとう」
型通りの言葉ほど、そこに込められる気持ちっていつも違う、特別なものなんじゃないかな。贈る方も、受け取った方も。
最後に向かうのは神社。僕たちの家。僕がいるなら双葉が、双葉がいるなら僕が、待っている場所。僕の大切な人がいる場所。
学校から帰ってきた双葉が、僕をみつけてふわりと笑う。
「葵様、ただいま」
「お帰り、双葉」
同じ場所に帰るために、僕らは並んで歩く。そんなとき手を繋ぐのは、ずっと昔から変わらない。
「あのね双葉、これホワイトデーの。いつもそばにいてくれてありがとう」
「どういたしまして。葵様」
そうだ、渡さなきゃいけない相手がまだいたんだった。
「僕たちを見守ってくれてるあなたへ。いつもありがとう。僕からの感謝を込めて」




