掃除とマカロン
逃げる時間なんて与えない。捕まえて、正座お説教三十分コースにしてやる。
そう意を決し、ばっと開けた襖。
散らかった部屋の主である探し人は、私の行動を先読みしていたらしくすでに消えていた。
しかたなく私は廊下を歩き、彼を捜しに向かうことにした。
「葵様ー? どこ行ったんですかー? 隠れたって無駄ですからねー」
そう。とっておきの秘策があるのだ。
「今日のお菓子は洋菓子なんですけどねー?」
葵様は、洋菓子に目がない。きっとこれで釣れるはずだ。いやむしろ、きっとではなく絶対だ。
「洋菓子!?」
「わぁ!?」
どこから飛んできたのか、私は自分より少し背の高い青年に抱きしめられていた。彼の頭の上で、明るい茶色の狐耳がぴこぴこ動く。
予想通り、葵様は洋菓子に釣られてきたらしい。
「双葉、本当?」
期待にぱたぱた振られるしっぽ。
「本当ですよ。ご自分の部屋、ちゃんと掃除したらの話ですけどね」
「双葉の意地悪。僕が掃除嫌いなの、わかって言ってるでしょ」
大きなしっぽが、力無くもふんと床に落ちる。さっきまで元気いっぱいだった耳も、くたんと大人しくなった。
「私も手伝いますから。主を助けるのは、巫女の務めですし」
私の一族と葵様の一族はかなり昔からの縁があり、互いに助け合っている。私の家は巫女や神主として、葵様たち狐の神様や妖と暮らしている。
*
よし、だいたい片付いた。葵様には部屋を散らかす才能でもあるのだろうか。もっと定期的に掃除をさせなくては。
でも私は、この暮らしを気に入っている。家などのことと関係なく、私は葵様と一緒にいる。
「では、おやつにしましょうか」
「うんっ」
手を洗ってきてくださいと声をかけると、慌てて洗面所へ。私より年上なのに、どこか子供みたいなところがある人だ。ただ単に、早く洋菓子を食べたいということもあるが。
「今日のは何?」
ふぁったんふぁったんと大きく揺れるしっぽ。
「もっと控えめに振ってくださいほこりが立ちますから!」
もったいぶったりせずに、すぐに箱からお菓子を出した。
「これ、何て名前?」
「マカロンです。小さいので、いろんな種類買っちゃいました」
ころんとちゃぶ台の上に転がる、カラフルなマカロン。再び動き出す葵様のしっぽ。
……個別包装されていてよかった。
「まかろんかぁ……。……! おいしい!」
「かわ……! じゃなくて、それはよかったです」
私もマカロンを手に取りながら、じっと葵様をみつめる。
ぱくっとマカロンを食べると、先端がぴるっとなる耳。ぱふっと畳を叩くしっぽ。
……なんてかわいい。いやされる。
「双葉、しっぽいいよ」
ゴーサインが出た。私はもう、しばらくブレーキなしの暴走特急になる。つまりは、もふもふモードだ。
「ありがとうございますっ!」
ためらいも迷いもなく、一直線にしっぽに飛びつく。
この手触り、毛並み、ボリューミーな低反発。たまらない。
葵様の好きなスイーツを買って、珍しそうにそれを食べる彼を見た後に、私はもふもふを楽しむ。一週間に一度の、私たちの恒例行事なのだ。
でも、何より私が葵様に仕えている理由は、しっぽや耳なんかじゃない。
昔から一緒にいて、いろいろあったのだ。