「付き合って下さい」
「第一回。ペクタ君の恋成就させるよ大会議」
朝食後。
ペクタやザメリと共にダイニングテーブルを囲み、ライノスが言った。
突如始まった大会議に、ペクタはどういうことかと、正面のザメリを見て、ザメリは知りませんと言わんばかりに、左隣に座ったライノスを見る。
二人の不審な視線に気づいているのかいないのか、ライノスはマイペースに続ける。
「さて、ペクタが恋をしたことは聞いたし、その相手の女の大体の年齢も聞いたが、その女の情報は他にないのか?」
「あの……ちょっと待って」
「どうした」
「ちょっとよく判らないんだけど、今何しているの?」
勝手に話を進めるライノスにペクタは眉をひそめる。そんなペクタに対し、ライノスは不思議そうに首を傾げた。
「『第一回。ペクタ君の恋成就させるよ大会議』だが?」
「お馴染みの、みたいな感じで言っているけどさ、全然判らないから、説明してくれない」
ペクタの問いかけに、ライノスは「いいか」と言って応える。
「お前は恋をしている。が、なかなか告白しないし、告白が成功しないと思いこんでいる」
「そうだね」
「だからお前に自信をつけさせると共に告白が成功するためにどうすればいいかをおれら三人で考える。それが『第一回。ペクタ君の恋成就させるよ大会議』だ」
ライノスの言葉に、ペクタは得心いったのだろう。居住まいを正した。
「よかろう、続けたまえ」
「まずは、想定できる失敗要素をあげて、それを一つずつ潰していこう。ザメリどうぞ」
突然話をふられたザメリは、顔をひきつらせた後、面倒くさそうに口を開く。
「どうぞって……とりあえず先ほども言ったとおり、歳の差問題です。師匠は三二〇歳。対する相手は三〇歳前後。あまりにも差がありすぎる」
ザメリの意見に、
「それについては問題ないだろう」
ライノスはペクタを指さし、
「言わなきゃばれない」
堂々と言い放った。
言われたペクタは数秒ほど制止した後、驚きと喜びの入り交じった声を上げる。
「確かに、ぼくは一度死んだ当時――一四歳の姿から全く変わっていない! 問題ない!」
ライノスの意見に納得し、声を弾ませるペクタ。そんな彼に、
「……そこも問題なんですよ」
弟子から次の反対意見があがる。
「三〇前後の女が、どう見ても自分の半分の歳の子供から告白されて了承すると思いますか?」
「……判らないじゃん」
「なら聞きますけど、おれがハチミツ屋の店員に告白して成功すると思いますか?」
弟子の質問に、
「ザメリが? いや、するわけないじゃん」
師匠は即答した。
その回答は想定通りだったのだろう。
ザメリは冷徹な目をペクタに向ける。
「おれ今年一五歳です。師匠より見た目の年齢は上だし、身長も一〇サンチくらい大きい。それでも客観的に見て告白が成功するとは考えづらい。ならば師匠は……判りますね?」
その意味はすぐに判った。
だが、認められず、言葉を返す。
「いや、でも童顔が好きな女性だっているだろう! 可能性は……」
「童顔が好きな人だとしても、明らかな子供からの告白は受けません」
とどめの一言だった。
ペクタも、告白を諦めざるをえないほどの、納得させられるほどの言葉だった。
実際、ペクタの心も折れただろう。
かぶせるように放たれた親友の言葉がなければ。
「問題ない」
その声は、ライノスは、その低く響く声でもってザメリの言葉を否定する。
「相手が一四歳という年齢を理由に断るのならば言ってやればいいのだ」
解決策を提示する。
「自分は死霊魔導師で」
「実際は三二〇歳なのだ、とな」
「ライノス!」
友人の言葉で、折れかけたペクタの心が完全に復活した。
盛り上がる大人二人。
そんな二人の姿を見て、思わずザメリの口から本音がこぼれる。
「……あんたら、頭湧いてんすか?」
「どういうことだ」
「……いや、もういいです」
力なく応えたザメリの目は、気の毒なそれを見るものと同じだった。
「さぁ、ペクタ。告白してこい」
「え、もう!?」
「そうだ。表面上に見える成功を妨害する問題は潰したんだ。ならばもう一安心。あとは告白して了承をもらうだけだ」
ライノスの言葉に、ペクタは腕を組んで考え込み、次の瞬間には目を輝かせた。
「た、確かに!」
告白するために立ち上がったペクタに、ライノスは背もたれに体重をかけながら言葉をかける。
「帰ってきたらパーティー開いてやるよ」
「その分のお金は……」
「もちろん、お前持ちだ」
「こいつは手厳しいや☆」
妙な掛け合いをする両者を横目に、ザメリは無言を貫いた。
□
一時間後。
「……フられました」
ハチミツ屋から帰ってきたペクタは開口一番そう言った。
「ごめんなさい、と断られたよ」
力なく笑うペクタに、ライノスは納得いかないのか、首を傾げる。
「ちゃんと説明したか? 自分は一四歳じゃないと」
「うん。一回フられた後に、説明したよ。説明して再び告白したよ。だけど……だめだったぁ……」
声が震えるペクタ。
そんな彼を見かねて、ザメリはゆっくり近づき、彼の背をさすった。
「元気出しましょう、師匠。今回は縁がなかったんです」
いつか合う人が見つかるはずです、と師匠を元気づける弟子。
これで、この恋も一段落となる。
――はずだった。
「いや、諦めるのはまだ早いんじゃないか」
ライノスが、そんなことを言わなければ。
彼は椅子に座り直すと、テーブルの上に両肘をのせ、手を顔の前で組んでペクタを見た。
「ペクタお前、告白の時なんて言った?」
「え、普通に『一目惚れしました。付き合って下さい』って」
「バカかお前は」
「え?」
「そんなものでついてくる女がいるかバカ。ほんとバカ。バカ」
「そんなバカバカ言うことないじゃんか」
子供のように抗議するペクタ。
そんな彼に取り合わず、ライノスは主張を続ける。
「いいか。お前の告白には、装飾が足りない」
「装飾?」
「いつ好きになったとか、どこを好きになったとか、どれくらい好きなのかとか、そういった告白に現実味を持たせる装飾の言葉がなければ、大して喋ったこともない相手から告白されても、何も響かない」
そこで、ライノスは一度手を組み直すと、首をコキリと鳴らした。
「お前の告白は『昨日は晴れでしたが、今日は曇りでしたね。明日は雨かもしれませんね』と言っているのとほとんど変わらない」
「え、そんなどうでもいい話と一緒!?」
驚くペクタに首肯を返し、ライノスは優しく言葉を紡ぐ。
「お前はそのハチミツ屋の店員のどこに惚れたんだ? そこから考えろ」
「えーっと……雰囲気と見た目?」
「雰囲気と見た目か。まぁ、一目惚れならそうか……雰囲気は難しいので、その見た目の中で、一番好きなパーツはどこだ?」
「目かな。滅多に見ない金色でさ、綺麗なんだ」
「いいだろう。では、おそらく相手が一番コンプレックスに思っているパーツはどこだ?」
「……唇かな?」
「ほう、どうして」
「口角を無理に上げている気がするから」
「なるほど。では、その二つを誉めろ」
そう言って彼は組んでいた手を解き、サングラスを押し上げた。
「人は、ざっくり誉められるより、ピンポイントで誉められる方が相手を信頼する傾向にある。さらに、自分の理想とする自分を感じてくれる相手には、心を開くものだ」
「理想とする自分?」
「お前はどういう人間になりたい?」
ライノスからの質問にペクタは顎に手を当て考える。
「えーっと……師匠のように威厳があって……色んな魔術を独自開発する死霊魔導師になりたい、かな」
ペクタの答えを聞いたライノスは、姿勢を崩し、ペクタの方へと前のめる
「前々から思っていたけど、お前、オーラあるよな」
「え、なに突然」
前触れなく放たれた賞賛に、ペクタは身構えた。
「今まで何人も魔導師見てきたけど、そいつらと比べて格式があるというか、芯があるというか。言われないか? 雰囲気だけで圧倒されるって」
「そ、そうかな? 言われたことないけど」
「ああ、そうか。当たり前のことをわざわざ口に出す奴はいないな」
「いや、そんな」
「所作から感じるんだ。お前は0から一を作れる天才だって」
「いや、そんな、買いかぶりだよ! ぼくはただの死霊魔導師! 天才じゃない!」
「嬉しかっただろう?」
「ん?」
「今、おれに誉められて嬉しかっただろう」
「ま、まあ」
気付けば、心は躍り、ライノスに誉められた直後は身構えたはずの身体が、いつの間にかその構えを解いていた。
「そういうことだ。今おれはお前ではなく、お前が理想とするお前を誉めた。それに対し、お前は自分のことのように、いや、それ以上に喜んだ」
「え、何? 嘘ってこと?」
「そうだが?」
ライノスは悪びれた様子を見せず頷いた。
「とにかく、相手の笑顔を誉めろってことだ。あと、目を誉めて、告白しろ」
「えっと、告白って何? さっき言ったよね。ぼくフられてきたんだって」
ペクタの言葉に、ライノスは首を振ってため息を吐く。
「さっき言ったよな。お前の告白はどうでもいい天気の話と同じだって。ってことは、お前はまだ告白していないってことだろう」
メチャクチャな理論だったが、ペクタには響いたらしい。
彼は数秒沈黙した後、嬉しそうに目を見開いた。
「……本当だ!」
「判ったな。では、あと一つアドバイスだ。目を誉める時は、何かに例えると効果的だ」
「なるほど、やってみる」
「行ってこい」
「行ってくる!」
再び告白に向かうペクタを横目に、ザメリは無言を貫いた。
□
一時間後。
「……フられました」
告白から帰ってきたペクタは、一時間前と同じようにそう言った。
「『さっきも言いましたが、ごめんなさい』と断られたよ」
「ちゃんと誉めたか?」
「誉めたよ。笑顔も目も」
「ちゃんと例えたか?」
「うん『綺麗な目ですね。腐食竜アルビムの心臓のようだ』って」
ペクタの例えを聞いたライノスは、神妙な面持ちで腕を組む。
「その例えは問題ないな。美しさで腐食竜アルビムの心臓と同列で語られるものなど、この世界には片手で数えられるほどしかない。それを聞いた相手の反応はどうだった?」
「なんとなくだけど、顔が引きつっていた気がする」
「おそらく照れを我慢しているんだろう」
「そうかな」
「ああ、間違いない」
自信満々で頷くライノスに、
「単純に引いただけだと思いますよ」
ザメリが冷めた目でツッコミを入れた。
「どういうこと?」
本気で判らないといった表情のペクタにザメリは丁寧に説明する。
「魔術に関わったことがある人ならまだしも、一切関わってきたことのない人からしたら、腐食竜アルビムの心臓なんて知るはずもありません」
丁寧に。
「おそらくハチミツ屋の店員は知らない人間でしょう」
丁寧に。
「知らないながらも、自分に言われているのならば、推測することでしょう。推測するとして、腐食した竜の臓物。ものすごくグロテスクなものを思い浮かべるはずです」
判りやすく、師匠の告白を、
「つまり、師匠の例えは、相手からしたら誉め言葉ではなく――」
師匠の失敗を、
「貶しの言葉だったのです」
説明した。
「……マジか」
「ええ、マジです」
「やっちゃったよ! やっちゃったよやっちゃったよ! もうダメだぁ」
項垂れ、床にくずおれるペクタ。そんな彼にザメリは優しく微笑みかける。
「ようやく判りましたか。さぁ、切り替えましょう」
そう言ったザメリの背中から、
「いや、チャンスだ」
またもや声がかけられる。
「ライノス?」
ペクタが振り返ったのを確認したライノスは、一つ咳払いして話し始めた。
「結果的にお前は、笑顔を誉めて、目を貶して、告白したことになる」
「う、うん」
「普通、そんな告白をする奴はいない。普通でないことは強烈に記憶に残る。今頃相手の頭の中の大部分をお前が占めていることだろう」
ライノスの予想に、ザメリが反論する。
「占めていたところで告白は失敗したんだから意味ないじゃないですか」
そのザメリの反論を、
「そんなことはない」
ライノスは、はっきりと否定した。
「ペクタで占めているということは、ペクタのことを考えていることと同義だ」
「まあ、そうですね」
「考えているうちに、ペクタの事が気になってくるはず。あの人は一体、どんな人なのだろうと興味を持つはずだ」
「そうはなら――」
「なるほど!」
ライノスの言葉にザメリは訝しげな視線を向け、ペクタは力強く頷き立ち上がった。
ライノスはザメリを無視して、ペクタに向かって言葉を放つ。
「だからお前は明日、再び告白してこい」
「え、今日二回フられたのに!?」
弱気なペクタに向かって強気な言葉をぶつける。
「明日は今日の数倍、相手の中にお前への興味が存在しているはず。ならば気持ちも変わっている可能性がある。成功するかもしれないんだ。それを逃すのか?」
「言い忘れていたんだけど、フられた理由の一つして、彼女、付き合っている人いるらしいんだけど……」
「問題ない。告白しろ」
実際は大問題なのだが、一切気にかけずライノスは言い切った。
親友の言葉に背中を押されたペクタは、力強く頷いた。
「……判った。明日、告白するよ!」
決意を固めたペクタを横目に、ザメリは無言を貫いた。
□
翌日。
「……フられました」
「やっぱり」
朝一番で告白のために家を出たペクタ。
告白に失敗して帰宅した彼を玄関で出迎えたザメリは、小さくため息を吐いた。
そんな弟子に向かって、ペクタは弱々しく笑う。
「それどころか、店の奥からハチミツ屋の店主さんが出てきてさ『常連だから甘く見ていたけど、この娘は彼氏がいるの。諦めな! あんまりしつこいと警備隊呼ぶよ!』って言われちゃったよ」
「これに懲りたら、もうあのハチミツ屋に行くのはやめましょう。ハチミツも今ある分で一年は保ちますしね」
「そうだね。正直、今回のでもう懲りたよ。どうやっても無理そうだしね」
今回のことで完全に脈がないと悟ったのだろう。
ペクタはそう言ってザメリと共に家に入ると、リビングルームに向かった。
リビングロームには、
「そうか、フられたか」
いつどうやって入ったのか、ライノスがいた。
壁にもたれかかって虚空を見上げていた。
「……もういらないこと言うのやめてくださいよ」
ザメリが釘を刺すが、彼は構わず再び口を開く。
「それでは、最後の手段といくか」
「最後の手段とかいらないから!」
ザメリが抗議するが、彼の口は止まらない。
「今からハチミツ屋に行って、宣言してこい」
「もう、告白しません、と」
数秒ほど、沈黙がその場を包んだ。
最初に声をあげたのは、ザメリだった。
彼は、何度か頷き、ペクタに向き直る。
「いいですね、それ! けじめをつけて吹っ切りましょう!」
「……そうだね。相手に迷惑かけたし、吹っ切るためにも、宣言しておくのはいいかもね」
ライノスの提案を是とし、ペクタに薦めるザメリ。
その薦めに頷き、完全に告白を諦める決意をしたペクタ。
そんな彼らに対して、提案主のライノスは、
「吹っ切る? お前らは何を言っているんだ」
不思議そうに眉をひそめた。
「「は?」」
ライノス以上に眉をひそめる師弟に、彼はこの先にある目的を口にする。
「この宣言は、最後の手段――最終告白をするための準備だ」
「「最終……告白?」」
不思議そうに首をかしげるペクタ。
嫌そうに顔を歪めるザメリ。
二人を見据えて、ライノスは言葉を続ける。
「そうだ。宣言をすることで、相手の中には、もう告白をされることはないという、安心のような感情が生まれることだろう」
「安心されちゃうの?」
「まあ、聞け。やがてその安心は、形を変える。相手はふとした瞬間に、お前のことを思い出し、お前の告白を思い出す」
そう言うと、彼はサングラスを押し上げた。
「思い出というのは、時間が経てば、勝手に美化されていくもんだ」
目の奥に強い光を宿して、彼は語る。
「一週間。一週間もあれば、お前から告白された記憶は綺麗なものに変わる。
もうあんな告白をされることはないのだ。と残念に思うくらいにな。
故に、宣言して一週間後、告白を決めろ」
再び出てきた告白しろという言葉に、ペクタは困ったように口を開く。
「……でも、もう三回フられているし」
ペクタの弱音を、ライノスは一笑に付す
「まだ三回しかフられていない。世の中には五〇〇回以上同じ人間に告白した結果、結婚した者もいる」
「……でも、彼女、付き合っている人いるし」
「付き合っているからなんだ。彼女を誰よりも幸せにするという覚悟があれば、関係ないはずだ」
「……でも、あまりにもしつこいと警備隊呼ばれるって言われているし」
「あんなのはただの脅しだ」
「……でも――」
言い訳を並べるペクタの肩を、ライノスは強く掴んだ。
「大人なふりするな」
「一週間後。告白を決めろ」
サングラス越しではあるものの、目を合わせて訴える親友の言葉に、ペクタは一度深呼吸すると、
「判った。決める」
力強く、約束を交わした。
約束を交わす二人の男を前に、ザメリは「もうどうでもいいっす」と疲れたように呟いた。
□
一週間後。
ペクタはライノスとの約束通り、ハチミツ屋の店員に再び告白し。
ハチミツ屋の店主の宣言通り、警備隊に連れて行かれた。
第一話『死霊魔導師 ペクタ』。
これにて完結です。
読んで頂き、ありがとございました。