八話:良一の、柄にもない派手な自己紹介と競技の開始
紫の衣の男と、ピンク色の衣の女の『競技』は男の方の勝利で決着した。
それを観察する事で、僕はこの『競技』のルールを完全に理解した。
と言うのも、それほど複雑なルールはないのだ。
要点だけ言うと、対戦相手より早く手牌をなくした者が勝ちである。
どうすれば手牌が減るかと言うと、自分の手牌にある数字を宣言すれば、その数字の牌が一枚減る。
ちなみに自分では自分の手牌が見えないので、自分でその手牌を減らすのではなく、対戦相手がそれを行う。
対戦相手はこれを行わないことはできない。
また、宣言が的中すると、自分の手牌が減った後、自分の宣言の番が続く。
七枚の手牌を無くせばいいので、七回宣言を的中させれば勝ちである。
宣言は一から七の数字のどれかを言うわけだが、あてずっぽうに言うしかないわけではない。
二種類の情報がある。
一つは、『競技』に使われる牌の数だ。
全部で二十八枚、その内訳は「1]が一枚、「2」が二枚、「3」が三枚……と続き、「7」が7枚である。
つまり基本としては「7」を言えば的中する可能性が高く、「1」は的中する可能性が低い。
もう一つの情報は、見えている牌だ。
ゲーム開始時から、対戦相手の七枚の手牌は見えている。
また、『競技』に直接的に使われない十四枚の牌のうち、七枚は明かされている。
つまり相手の手牌七枚+明かされている七枚、合計十四枚の牌が判明している。
もしも相手の手牌と、見えている牌の中に、「4」が四枚見えていたら、自分の手牌に「4」がある可能性はゼロだ。
(さて、ルールはそう言うことだ、それじゃあ……。)
僕は考える。
どうすれば勝てるのか。
どうプレイすれば強いのか。
(見えている牌のカウントをまちがわない事。)
それしかないと思った。
最初から明かされている十四の牌。
それと、自分が宣言を的中すると減らされる、自分の牌。
この十四枚+α(アルファ)の情報を常にチェックし続ける。
そこから、自分の手牌にある可能性が一番高い数字を宣言し続ける。
(それしかない。)
僕はそう確信した。
(相手もそれを完璧にやってきたら、勝負は五分と五分だろう。でも、それしかないなら、それで十分だ。)
後から思えば、この考えはまったくもって甘かった。
『競技』のルールは完全に理解していたが、戦術的なことに関しては重要な見落としをしていた。
このゲームは単純に可能性の大きい牌を宣言し続ければいいというゲームではない。
そのことに、このときの僕はまだ気がついていない。
観客は歓声をあげていた。
『競技』の勝者を称え、敗者の健闘を称えているのだろう。
ここで、紫の衣の男が皆を静めるように両手を上に上げた。
徐々に静かになる観客たち。
「親愛なるわが村民たちよ。本日の競技はこれで終わりではない。」
男の言葉に、皆の中に小さなどよめきが起こる。
どういうことだ? と疑問に思っているようだ。
「我らの大陸全土に甚大な災厄を振りまいた『知恵比べの悪魔たち』。その時代を生きていたものは覚えているだろう。その後に生まれたものは伝え聞いているだろう。」
(え? 何の話が始まったの?)
僕が紹介されるのかな、と思っていた僕は意表をつかれた。
観客たちのざわめきも大きくなっている。
「もしまたあの悪魔たちがこの大陸に現れたときのために、悪魔と戦える『競技者』育成のために、遠き王都の国王は国中の全ての町と村に『賞金』を送り届けさせた。もちろんこの村にも『賞金』が保管されている。」
もしかして?
まさか!?
観衆がどよめいている。
「今日、一人の『競技者』が、その賞金の獲得を目指し、『競技』に挑む。皆にはそれを見届けてもらう!」
大きな歓声が沸く。
「それでは君、皆に自己紹介を。」
男が僕にそう言った。
(ええと、『上月良一です。よろしく。』とでも言えばいいかな。)
と思っていたら、
「最大級に格好よくな。」
と、男が注文をつけてきた。
僕は困惑しながらも格好良い自己紹介を考えた。
「良き競技者!」
僕はまず、そう叫んだ。
一瞬で静かになる観客。
「否!良き競技者などと言うものではない!」
続けてそう言った。
観客は、何だ? と言うような表情をしている。
「熟達した競技者か?」
観客の心をある意味で捉えているようだと安心しながら、僕は続ける。
「否!熟達した競技者などと言うものでもない!」
ここで間を溜めてから、僕は大声で言った。
「我、上月良一! 競技の達人! 満を辞して『競技』に挑む!」
一瞬たってから、大きな歓声が沸いた。
僕のはったりを利かせた自己紹介に、観客たちは僕が怖くなるぐらいに熱狂していた。
そう、僕が怖くなるぐらいに。
(これで負けたら格好悪いなんてものじゃないぞ……。)
そのことを意識せざるを得なかった。
ちなみに、インターネットのとあるウェブサイトで、ボードゲームなどが遊べるところがあって、そこではプレイヤーにある種のランクわけがある。
最下層がノーマルプレイヤー(普通の競技者)。
ちょっと強い人がグッドプレイヤー(良き競技者)。
それより強い人がエキスパートプレイヤー(熟達した競技者)。
最高ランクがマスタープレイヤー(競技の達人)である。
で、僕のランクは一番いい時でもグッドプレイヤーなのだ。
今回の自己紹介では2ランクも上の称号を名乗らせてもらったが、まあ良いことにしようじゃないか。
「最大級に格好良く」って注文付けられた事だし。
そして僕が参加する『競技』が始まった。
僕と紫の衣の男の勝負だ。
二人が座に腰を下ろす。
盤上に二十八枚の石版――牌――が全て裏向きに並べられる。
裏向きのままの牌を、男が厳かな手つきでかき混ぜる。
最初は男が一人でそのかき混ぜを行っていたが、僕もそれに参加するように促された。
牌をかき混ぜる動作をして始めて、自分の緊張が尋常じゃない事に気がつく。
手がどうしても震えるのだ。
そう意識してみれば自分の心臓の鼓動もでかい。
対戦相手の紫の衣の男がニヤリと笑う。
彼は「緊張するなよ」と言ってるのか?
それとも「そんな状態で大丈夫か?」とからかっているのか。
その意図はつかめない。
僕の手牌七牌、相手の手牌七牌が、裏向きのままで配られる。
残った十四牌のうち、七牌が表向きになる。
その七牌は7,7,6,6,4,4,3。
続いて僕は自分の手牌を相手から見えるように立てる。
相手も彼の手牌を僕に見えるように立てた。
その七牌は7,7,6,5,5,4,2。
こうして。
僕の運命と、あのかわいそうな奴隷少女の運命を掛けた勝負が始まった。