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七話:祭りが始まり、『競技』が開始され、良一は『競技』のルールを理解し始める

 トントト、トントトと軽快な打楽器の音が聞こえる。

 まだ祭りは始まっていないが、演奏の練習をしている人が居るようだ。

「今ならまだ取り消せるぞ。まだあんたが『競技』に挑戦すると、神官に伝えてないからな。」

 長老は強い眼光で僕のほうを見ながら、そう言った。

 今僕がいるのは長老の部屋だ。部屋には僕と長老のほかには男が一人いる。長老のお付きの人とかだろうか、少し離れた場所にいて話しに入って来る様子は無い。

「やります。僕はあの子を助けたいんです。その可能性のためなら、何を失ってもいいです。」

 僕はそう言い切った。

 あの子を助けたい気持ちは揺るがない。

 だが――今にして思えば――この時の僕の覚悟は甘かった。

 日本から手持ちのものだけでこの世界に来て、特にこれと言った物も持っていないから、『全てを失う』と言われても、「財布を没収されたら日本に戻ったときお金がなくて困るかな」ぐらいの認識でいたのだ。

 実際に負けたときのペナルティは僕が想像していたよりずっと大きかったのだが、この時点で僕はまだそのことを知らない。

「そうか。ああ、一応説明しておく。『競技』の前に少し儀式があってな、神官と対戦するあんたは香の煙を吸わされる」

「……はい、それは何ですか?」

「まじないさ。あんたは、すこしだけものを忘れる。そう言う効果がある香ということになっておる。」

「……ものを忘れる?」

「あんたはあの『競技』について詳しい事を知らんだろうから、まず問題はなかろうが、あの『競技』について知識のあるものは、それを一時的に忘れる、そういうまじないだ。」

 なんだって。

 僕は少し動揺した。

 『競技』本番までに、ゲームのルールを思い出せたとしても、忘れされられてしまうのか。

 それは……。

(……関係ない。)

 僕は心の中で強がった。

 べつに、自分の知ってるゲームの知識で勝負に勝てると思って、『競技』に挑もうとしたわけではない。有利だろうが不利だろうがやるのだ。

 あんな悲惨な目にあってる少女がいて、助けようとしているのが自分だけなら。

 助けるのだ。

 助けられる可能性があるなら、賭けるのだ。

 日本にいたときほとんど発揮する機会に恵まれなかった正義感に、僕の心は躍っていた。


 祭りが始まったようだ。

 村の中央の広場に、老若男女、村中の人が集まっている。

 この村にこんなに人がいたのかと思った。百人は軽く超えているだろう。

 僕にはもっと人口が少ない村のように見えていた。


 いくつか屋台のようなものも出ていて、砂糖をまぶした果物の薄切りみたいなものが、子供たちに人気だった。

 屋台の見た目などはぜんぜん似てないが、でも日本の町内会の盆踊りの祭りみたいな雰囲気が近いな、とは思った。

 でもはしゃぐ子供たちを見ていると、もう一つの事も考えざるを得なかった。

 いま、みんなが楽しんでいるこの時も。

 一人の少女が、ここから離れた空き地のような場所で、柱に拘束されて、辛さに耐えている。

(待ってて。もうすぐ、君を助けるために僕は戦う。)

 そう思ったとき、誰かが僕の肩をとんとんと叩いた。

 長老だった。紫色の衣をまとった目の細い男と一緒だ。

「もうすぐ時間だ。こちらに来なさい。」

 長老の言葉に僕は頷いた。


 ついて行くとテントのような場所に案内された。

「健闘を祈るぞ。」

 長老は僕にそう言って去っていった。

 テントの中は紫の衣の男と僕の二人だけだ。

「『競技』はここで行われるのですか?」

 たぶん違うだろうと思いながら僕は聞いた。

「いいえ、広場の中央で、皆が見守る中で競技は行われます。」

 男が答えた。

 では、ここでは何をするのですか?

 そう聞こうとした時、男が線香のようなものに火をつけたので、僕は理解した。

 お香のまじないとやら、か。

 おもしろい、忘れさせる事ができるなら、忘れさせてみて欲しいものだ。

 お香なんかで記憶が消せるものか。

 所詮は未開の文明のおまじない……。

 ……あれ?

 なんか頭がぼーっとしてきた気がする。


 テントから出たとき、僕は少し混乱していた。

 さっき、自分は何を思っていたのだろう。

 忘れさせることができるのなら、やってみろとか、そんな気分だったような気がするが、一体何を忘れさせると言う話だっただろうか?

 『競技』についての知識を忘れさせる香って言う話だったっけ?

 でも、僕はこの異世界に来たばっかりなのだ。

 この世界で行われる『競技』の事なんて知識があるわけないじゃないか?


 まさか日本で知られているゲームにこの世界の『競技』と似たものがあるとでも言うのか?


 そんなはずはないよな。

 じゃあ僕は一体何について「忘れさせる事ができるなら」とか考えていたんだろう。

 よく分からない。が、まあいいか。

 今から『競技』に挑むんだ。


 紫の衣の男が神官のリーダーのようだった。

 彼は広場中央の舞台の上に立ち、『競技』の開始を宣言した。

 その後の説明によると、まず神官二人による模擬戦のようなものが行われるらしい。

 これは特に何かを賭けた勝負ではない、ということだ。

 そのあと、僕が『競技』に挑むことが発表された。

 大きなどよめきがあたりに満ちた。

 紫の衣の男が僕のほうを手で指すと、大きな歓声が僕に向けられた。

「頑張れー!」

「負けるなよー!」

 僕はお辞儀をしてそれに答えた。


 舞台の中央に重厚な木の板が置かれる。

 その上に、二十八枚の石版が裏向きに並べられた。

 紫の衣の男と、ピンク色の衣の女が、木の板の両側に座る。

 この二人が対戦するようだ。

 僕は近くで観戦することを許された。


 『競技』が始まる。


 二人の対戦者――紫の衣の男とピンクの衣の女――が、石版をかき混ぜる。

 そうして、二人は七枚、石版を取った。裏向きに伏せられたままだ。

(一人、七枚の手牌を持つのか。)

 僕は何が行われているかを心に刻み付ける。


 二人が七枚ずつ手牌を取って、残りは十四牌。

 二人はその十四牌を、七牌ずつ、二つに分けた。

 片方の七牌は伏せたまま。

 片方の七牌は表向きにされた。表向きになった牌は、7、3、7、6、5、7、6だった。

(7が三枚、6が二枚、5が一枚、3が一枚……。で、ここからどうなるんだ?)


 次に、二人の競技者は意外な事をした。

 自分の手元の7枚の手牌を、自分には見えないで、相手には見えるように、立てた。

 二人とも、自身からは自分の手牌の裏面しか見えないはずだ。


「始めよう」

 紫の衣の男が言った。

 そして芝居がかった調子で、次のように言った。

「われ、なんじに問う。わが手に7の牌、有りや無しや?」

「有り。」

 ピンクの衣の女が、男の手牌の7を、表が上になるように倒した。


(これは……?)

 一瞬考えたが、僕はすぐ答えらしいものにたどり着いた。

(これは、自分からは見えない、自分の手牌を推測するゲームか?)


「なれば、我、続けて問う。わが手に、6の牌、有りや無しや?」

 男がそう宣言する。

 僕の頭脳はフル回転している。

(男は自分の手牌に7があると推測して、正解したって事だな。そして正解した場合、続けて宣言する権利が得られる……?)

(男の次の宣言は、『自分の手札に6がある』って事で……。)

「無し」

 女が答えた。

「なれば、宣言の権利は今、わが手を離れた。宣言するがよい。」

 男が仰々しくそう言った。

 (推測が外れていたら、相手の番になるのか……。)

 とにかく、今はこの『競技』――あるいは、ゲーム――のルールを把握しなくては。

 自分の心臓の音が妙に意識された。

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