六話:良一、かつて遊んだゲームのルールを思い出せず悩み、再び奴隷少女に会う
「うおおおおおお!」
僕は叫んでいた。
僕のために用意された個室で、近所迷惑にならないように小声で叫んでいた。
思い出せない。
思い出したいのに思い出せない。
二十八枚の石版。
「1」の石版が一枚だけ存在し、「7」の石版が七枚存在した。
僕はかつてそう言うゲームを遊んだ事があるはずだ。
もちろん石版ではなかったと思うが、ゲーム会でそんな感じのゲームを遊んだ事があるはずなのだ。
しかしルールが思い出せない。
すぐに思い出せるだろうと思っていた。
しかし、まずそのゲームの名前が思い出せない。
「ダムド」だか「ダウト」だか……「ドアホ」だか、そんな感じのゲーム名だった気がするのだが、それすら思い出せない。
ルールを思い出すことができれば、本番の『競技』の前に頭の中でシミュレートが出来る。それは大きな有利を手にする事だと思って一時は浮かれていた。
まあ、僕が日本で遊んだそのゲームと、この異世界で行われる『競技』が同じルールだとすれば、の話なのだが。
(違うかも知れないよなあ……。)
ちょっと弱気になる。
常識的に考えれば、ここは異世界なのだから、同じゲームがあるはずはないのだ。たまたま使用する道具が類似しているだけだろう。
だが、僕はここに来た。
少なくとももといた世界から、こちらに人が来る事はありうるのだ。僕が実例だ。
ならば、ゲームが伝わる事もありうる……。
(……のか?)
再び弱気に流れる思考。
もしも世界を渡った初めての人間が僕だったら、ゲームが伝わっていることはありえないだろう。
「よし。」
僕は寝台から起き上がった。
気分転換をしよう、そう思った。
建物の外に出た。
太陽は高く昇っている。今日も気温は高いようだ。しかし昨日と同じく風が乾いているので不快指数は高くない。いい気候だ。
「よっ、旅人さん!」
麦の束のようなものを運んでいる若い男が僕に声をかけてきた。
「ああどうも。何をしているところですか?」
僕は無難に受け答えた。
「もちろん祭りの準備さ!長老が突然、祭りは今日行うって言い出したからな!みんなびっくりだよ。あんまり人をびっくりさせる長老じゃないんだけどな、あの人は。」
「そうなんですか。」
多少申し訳ないような気分になる。
若い男はまだ何か話したいようだったが、他の村人に声をかけられて、「今行く!」と答え、僕に対して「それじゃ!」とだけ言って、立ち去っていった。
村の様子を観察する。
ずいぶんと活気がある感じだった。
皆が祭りの準備をしているからだろう。
なにやら小型の門松のような、麦の束を使った飾りをいくつも用意する必要があるらしい。その門松状のなにかが次々組み立てられていた。
他にもかがり火を用意している者がいたり、なにか飾り付けられた丸太のようなものを運んでいる者がいたりした。
(手伝えることはなさそうだし……。)
僕はその場を立ち去った。
いつの間にか僕はあの場所に向かっていた。
昨日の夜、全裸で拘束されていた少女がいたあの場所。
あの子はまだあそこで拘束されているのだろうか。
たぶんそうなのだろうと思った。
細い道を歩いていると、向こうからあの少女が歩いてくるところだった。そう見えた。
「ああ、開放され……。」
開放されたんだ、と言おうとして僕の言葉は止まった。
違う、見間違いだ、あの子じゃない。
今会った少女は、顔は似ているが、よく見ると別人だった。
あの子より少し背が高い。
腰布をまとっていて、上半身には軽そうな布をゆるく首周りに巻いていた。
胸の辺りは隠されていなくて、緩やかに膨らんだ乳房が見えた。
明らかに昨日会った子とは別人だ。
その子は、おどおどとした様子で僕に軽く会釈して、足早に通り過ぎて行った。
すれ違ったあと、何故だか臭いにおいがして、僕は顔をしかめた。
果たして、あの少女は夜にあったときと同じく、柱に拘束されたままだった。
「また来たよ。」
僕は声をかけた。
「ありがとうございます。」
少女はそっけなくそう言った。
表情から感情は窺いにくい。感情が顔に表れない性格なのだろうと思った。
「さっきここに来る途中、女の子とすれ違った。顔が君に似ていたけど姉妹かな?」
僕は聞いた。
「あれは私の妹です。来なくていいのに。」
あどけない顔立ちに似合わない、低い声で少女は言った。
「妹さんか。話をしていたの?」
僕は彼女の裸を見ないように、空に視線を向けながら聞いた。
「いえ、ただ、処理を……。」
少女は言いかけて、口を閉じた。
「処理?」
僕は聞き返しながらそっと彼女の顔を見た。少し不機嫌そうだ、肌の色が浅黒いから分かりにくいが赤面しているように見えた。
「わたしの……排泄物を……土に埋めてくれたり……。」
「……あ、ごめん、デリカシーのないことを聞いちゃって!」
僕は慌てて謝罪した。
「ご、ごめん……。」
重ねて謝罪しつつ、僕は次の質問を口にした。
「い、一体いつからこの罰を受けてるの?」
「二日前からです」
「そ、そうか……それで、いつ開放されるの?」
「明後日の夕暮れには、多分」
「そ、そんなに!? その間飲まず食わずで!?」
僕はショックを受けた。
それほどまでに過酷な刑罰だったのか。
「雨が降ったら口を開けて雨水を飲んでもいいんです。」
「それだけじゃ死んじゃうよ!」
僕は思わず大声になってた。
「前にこの罰を受けたときは死ななかったです。」
僕は息を呑んだ。
「……決心が固まったよ。僕は君を救い出す。」
「救いって……?」
「今日、祭りなんだって。それで僕は、神官の『競技』に参加するんだ。勝てば大金が得られると聞いている。そのお金で君を買い取って、君が苦しまなくていいようにする。」
「待って。」
少女の顔に驚きが浮かんだ。
「そんなことをしてもあなたに得になりません。」
「偽善と言われるかもしれないけど……。君が苦しんでると思うと、僕が苦しいんだ。」
「気の迷いです。そんな事はしないでいいんです。もし負けたら……。」
胸が痛くなってきた。
この少女は、こんなひどい目にあいながら、僕のことを心配しているのだ。
同時に、なぜか苛立ちも感じた。
「心配をするな!」
僕は命令口調でそう言った。
少女はびくっと身を震わせる。
「僕は心配されるのが嫌いだ。」
そう言った。
脳裏には何かにつけ僕のことを心配する幼馴染の顔が一瞬浮かんだ。
「すみません……。」
困ったような表情で少女はそう言った。
沈黙が流れた。
「……君の名前を教えてくれ。」
「ニニナ、です。」
「ニニナ、僕は君のために戦う。それを許してくれ」
ニニナは口を開いたまま言葉を出せずにいるようだった。
「あと、僕が負けたら君を助ける事はできない、そのことも許してね」
僕は意識して軽い口調でそう言った。
ニニナは困った表情のままだった。