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五話:良一、長老と話しをし、奴隷の少女を助けるには『競技』に勝つ必要があると知る

「表情が違うな。」

 長老はそう言った。

 長老とは、昨日、あの独楽こまを使った運試しのような儀式を行った老人だ。僕も長老っぽいと思っていたがやはりこの人が長老だった。

 僕は夜にあの奴隷の少女と出会った後は自分の部屋に戻っていた。そしていろいろ考えて、朝になったら一番に長老に話を聞こうと決めていたのだ。

 朝日が昇るか昇らないかのうちに、村の中を歩き出して長老を探した。見つけるのに苦労するだろうと思っていたがそうでもなかった。探すのを始めて程なく、長老が僕を見つけ、僕に声をかけてきたのだ。

 そして長老の家に招かれ、応接間のような部屋に案内されて腰を落ち着けたところ、長老の第一声がそれだったのだ。


「表情が違う、というのは?」

 意味を図りかねた僕は、素直にそう聞いた。

「あんたの表情さ。わしはあんたが、もといた所に帰るにはどうすればいいか、とかそんな話をしにくると踏んどった。だが、あんたに会ってみると、あんたはそう言うことを言いそうな表情をしとらんな。それでわしはそう言った。」

「なるほど」

 僕はうなずいた。

 さて、僕はあの奴隷の少女を、少なくともあの刑罰から救い出したい、と言う事を言うつもりだったが、それをどう切り出せばいいのか、あの夜中から今まで考えていたにもかかわらず、僕は迷っていた。

 僕は部外者だ。それが、ここの村の風習か文化か、そう言うものに文句をつけようとしているのだ。煙たがられる事は目に見えている。

 だから僕はいきなり本題に入るのを避けた。

「長老は朝早く起きられるんですね」

 まずはそう言った。

「あんたが、わしに何か強く言いたい事があると、そんな気がしたからな。早く起きたよ」

「へえ。」

 僕は素直に感心した。

「長老には何か不思議な力があるんですか?」

「不思議な力なんぞ持っておらん。持っているのは当たり前の力だけさ。ただ……。」

「ただ?」

「当たり前の力を、不思議な力と思われる事はあるな。」

 なにか深い意味のありそうな言葉だった。

 だけど、僕が話したい本題ではない。だから深く考える気にはならなかった。

 僕は次に何を言おうか悩んでいると、長老が言った。

「言いたいことを言うがいいよ。」

「言えば叶いますか?」

 僕は思わず聞いた。

「それは分からんが、しかし言うだけは言うがいいよ。話が進まんだろう。」

 もっともだった。

「夜中に、広場のような場所で、女の子が拘束されていました。僕はあの子を助けたいです。」

 カチコチに緊張しながら、僕はそれを言った。

「ふむ。」

 長老は納得するように何度か小さく頷いた。

「できなくはないが、難しいぞ。」

「あなたの力でもですか?」

「わしにそう言う種類の力はないよ。長老と言うのは掟を破る者ではない。掟が守られるようにする者だよ。」

「そうですか……。」

「察するにだ、あんたはあの子に同情したんだな。」

「そ、それは……。」

 僕は少しうろたえた。

 同情と言う言葉が、安っぽい感情と看做みなされたような気がしたのだ。

「いや、いい。同情することは構わん。悪くない。だがな。」

 僕は少し安心して、長老の次の言葉を待った。

「掟を破らずに、あんたがあの子を――『助ける』――には、あんたがあの子を買い取るしかないだろう。」

「買い取る。」

「あの子は奴隷だからな、売り買いもされるさ。あんたがあの子を買ったら、あの子に優しくしてやるもいいし、あの子と結婚してもいいさ。」

「結婚するにはあの子は少し幼くないですかね?」

 僕は軽口のつもりでそう言った。

 昨日僕はあの子の裸を見たわけだが、胸の膨らみは無いも同然だった。

「そうかな。あの子の妹はもう子供も生んでおるが。」

「え。」

 僕は聞き間違いを疑った。それと同時にピンク色の妄想が脳内にほとばしり始めた。

 あの子を純粋に保護する事しか頭に無かったけど、あの子は性行為も可能な年齢だということか。となると助けた事をきっかけにあの子が僕のことを好きになった場合、例えばあの子のぱんつを……。

「それはともかくだ。」

 長老が僕の思考と妄想をさえぎった。

「買い取るにはかねが要る。ここで流通しておる金がな。だがあんたはそれを持ってはおるまい。」

「そうですね。」

 財布に入っている千円札などここでは何の価値もないだろう。百円玉や五百円玉なら金属の価値は多少あるかもしれないが、それほど期待できるとも思えない。

「あんたが急ぎで金を稼ぎたいというなら、わしの思いつく限り、方法は一つしかない。」

「それは?」

「この村の祭りでは、時に神官を相手に神聖な競技が行われる。勝てば財産を手にできるが、負ければ全てを失う。」

「……祭りと言うのはいつあるんですか。」

「あんたが望むのなら……今日にでも。」

「本当ですか?」

「本当は祭りの日はまだ先だが、わしの権限でそれぐらいは変えられる。」

「長老は掟を守るのでは?」

 言わなくても良い事かも知れないが、僕は思わず聞いていた。

「べつに祭りの日まで、掟で決まっとるわけではない。」

 長老は笑みを浮かべながら言った。

「で、やるのかね。」

「挑戦したいです。でも、ぼくはその競技の内容を知りませんが……。」

「説明はできる。」

「激しい運動を伴いますか?」

「いいや。椅子に座ったまま行う。」

 意外な答えだった。僕は腕相撲のようなものを想像した。

「筋力を必要としますか?」

「いいや。小石を持ち上げる力があれば十分。」

「反射神経を必要としますか?」

「いいや、すばやく何かを行う必要はない。」

 それはもしかして。

 もしかするとだが。

 今までと違う意味で興奮がこみ上げてきた。

 ボードゲームのようなものだろうか?

「考える力を使いますか?」

「使うな。考える競技だ。」

「詳しく教えてください」

「ふむ。来なさい」

 長老は立ち上がった。


 高床式倉庫のようなところに案内された。

 入り口に二人の番人がいたが長老を見ると番人は道を明けた。

「競技に使う道具を見せようと思う。」

 倉庫の中を進みながら、長老はそう言った。

「だが、その競技について、詳しく手ほどきする事は出来ない。それは掟に反する。あんたはその競技が行われるまで、その競技について、誰に聞いてもならない。いいね。」

「はい。」

 僕は頷いた。

「これだ。」

 長老が持ってきたのは、籐で編んだかごのような物で、その中に木で出来たケースがあった。

 そしてケースの中に入っていたのは、二十八枚の石版だった。

 石版一枚の大きさは一般的なトランプのカードほど。

 その厚さは二センチ以上ありそうだった。

「手にとってもいいですか?」

「良かろう。」

 僕が手に取った一枚は、片面に四つの丸印が刻んであった。サイコロの四の面のように、あるいはトランプの4のように。麻雀の牌で言うと四筒スーピンに似ている。反対の面、言うなれば裏面には何も刻まれていなかった。

 残りの石版をざっと眺める。全ての石版に丸印が刻まれている。丸が一番少ないものは一つ、一番多いものは七つ。

 ふと、脳裏に閃くものがあった。

 こういう道具を使うゲームを、僕は遊んだ事がある。

 なんと言うゲームだったか思い出せないが……。

 急いで、石版に刻んである丸印の数の分布を確認する。

 丸印が一つの石版は一枚しかない。

 丸印が七つの石版は七枚あった。

(いつかボードゲーム会で遊んだあのゲームに似ている!)

 それは偶然なのか、それとも理由があるのか。

 道具が似ているだけなのか、それとも同じルールなのか。

 唯一つ言える事は、もし自分の知ってるゲームが『競技』なのだとしたら、僕は大きな有利を手にしている、と言うことだ。

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