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四話:良一、悪夢を見て目が覚め、夜の村を歩くうちに奴隷の少女に出会う

 僕の目の前の美少女。

 クールで感情をあまり見せない彼女が今は心なしか楽しそうな顔をしている。

 僕に向ける視線は好意的だ。


――ああ、僕は今あの時の夢を見ているんだな――


「僕、上月良一はあなたのことが好きです。僕と付き合ってくれませんか?」

 崖から飛び降りるような勇気で、告白の言葉を吐き出して……。


「はあー? 何それ、ありえない。お断りします。」


――あれ!? そういう言葉で拒絶されたんだっけ?――


「え……。」

「気持ち悪いから近寄らないで。あー気持ち悪い。」

「まって、何で……。」

「あんたの趣味何あれ? ボードゲーム? 時間の無駄じゃん。人生の浪費だよね。そんな趣味の人が近くにいるだけで気持ち悪いの。近寄らないでね?」


――そ、そんな!――


「そ、そんなあああああ!」

 僕はか細い悲鳴を上げながら、がばっと身を起こした。

 完全に目が覚めてしまった。

 心臓の鼓動が大きい。

(落ち着け……今のはただの夢だ……。)

 自分に言い聞かせる。

 深呼吸をする。

 鼓動は落ち着いてきた。

「ふー。今のは夢、だけど……。」

 思わず独り言がもれる。

「振られちゃったんだよな……。」

 そう、声に出して言うと、すごく気分が沈んだ。

 キキキキ、と、聞いた事のない虫の声が聞こえた。

「……って言うか……。」

 ここは暗い室内。

 木格子の窓から入る月の光と、部屋の入り口の辺りの壁にかけてある小さな松明の光だけが光源だ。

「異世界に来たんだよな……。」


 時刻は夜中のようだけど、眠気はすっかり吹っ飛んでいた。

 昼間、あの占いだか運試しだかよく分からない儀式があった。

 そしてその後、この世界の人たちと食事をしたわけだが、そのあとなぜかどっと疲れが来たのだ。

 言葉が分かるようになったのを幸い、どこか休めるところはないかと人に聞いて、この個室に案内されたわけだが、寝床に横になって休むだけのつもりがぐっすり眠ってしまったようだ。それがまだ昼間の事だったから、今夜中に目が覚めても眠気がないのも道理だった。

 一人でじっとしている気分ではなかった。

 壁にかかっていた松明を取り外して手に持ち、そっと部屋の外に出た。

 ちょっと散歩をするぐらいのつもりだった。


 ギシギシ言う木の階段を下りて、地面に立つ。

 異国情緒溢れる木造の住宅がいくつも並んでいる。

 草のにおいが強い。

 何種類かの虫が鳴いているようだ。きっとコオロギかキリギリスのような虫だろうと思った。

 ふと、人の泣き声が聞こえたような気がした。

 耳を澄ます。

 間違いない。子供のような声が、しくしくと泣いているようだ。

 不安も感じたが、なにか自分が力になれる事態かもしれないと思い、その声の方向に向かった。


 広場のような場所だった。

 その中央から外れた辺りに、一人の少女が拘束されていた。

 十字架のようなものに縛り付けられているようだった。服は着ていない。

(な、何事?)

 僕はその少女に駆け寄った。

「ご、ごめんなさい」

 僕が言葉をかける前に、少女がそう言った。もちろん日本語ではなくここの現地の言葉で。

 あどけない少女の顔。

 夜中だが月の光があって、少女の姿は良く見えた。頬を伝っていた涙の痕までも。

「何を謝ってるの?」

 僕もここの言語でそう聞いた。

「うるさくしてごめんなさい。わたしの泣いてる声がうるさかったから怒りに来たのでしょう?」

 少女は怯えた様な表情でそう言った。

「そう言うわけじゃないよ。」

 僕はできるだけ優しい声でそう言った。

「待ってて。助けるよ。」

 僕はそう言って、彼女の手首を縛っている丈夫そうなひもに手をかけた。

「助けないでください。」

 意外な事に、その子は僕の助けを拒絶した。

「ど……どうして?」

「受けなきゃいけない罰なんです」

 少女はそう言った。

 僕はどう言っていいのか分からず黙ってしまった。

 少女も視線を下のほうに落としたまま喋らない。

「事情を、聞いてもいい?」

「はい」

「何に対しての罰なの?」

「わたしは、ご主人様の大事な猟犬のお世話をしくじりました。」

「猟犬は死んだの?」

「違う。死んでません。でも、下痢になりました。わたしが古いえさをあげたから。わたしが悪いんです。」

「犬が下痢になっただけでこんなひどい目に?」

「それは」

 少女は少しだけ口ごもった。

「わたしのご主人様が決める事ですから」

「ええと。」

 僕は考えを整理しながら、次の質問をした。

「ご主人様って言う言葉を使ってるけど、君はメイドとかそう言うことをやってるの?」

「いいえ、ただの奴隷です。」

 少女は少し不思議そうな顔でこちらを見て、そう答えた。

「奴隷……。」

 その言葉を聞いて、嫌な気持ちになった。

 今いる村にはそんな悪習があるのか。

 自分の胸の中に黒い煙が満ちてくるような嫌悪感が沸きあがってきた。

 僕は何かこの少女のためにしてあげたいと思ったが、何ができるのかが分からなかった。

 そのとき、少女のおなかが鳴ったので、僕は彼女が空腹なのだと分かった。

「お腹すいてる? もしかして何も食べてないの? 何か食べ物を持ってこようか?」

「……お腹がすくのも、罰なので、食べるのは駄目なんです。」

「じゃ、じゃあ……寒くない?」

 こんな夜中に、裸で立たされているのだ。心配になるポイントだった。

「寒くはないです。」

「そ、そう。」

 言われてみれば、それほど寒い夜でもなかった。昼間はかなり暑かったし、今この夜中が丁度言いぐらいの気温なのかもしれない。

「でもその、裸だと恥ずかしくない? 僕の上着かけてあげようか?」

 少女は首を横に振った。

「裸で恥ずかしいのも罰だから……。」

「そうまでして罰を受けてなにかいいことがあるの?」

 僕は多少苛立っていたのかも知れない。ついそんなことを言ってしまった。

「辛くて苦しい罰を受けると、魂がきれいになるから。い魂の人になれるから。」

 少女は真っ直ぐにこちらを見て、そう言った。

 正直、この子の信念が百パーセント理解できたわけではなかったが、それでも何らかの信念に基づいてこの子が罰を受ける気になっている事は理解できた。

 それでも、僕はこういった。

「なにか僕にできることない?」

「わたしに、ひどい事をしてください。」

「え。」

 たぶん目が点になってただろう。

「どうして。」

「わたしが辛くて苦しい思いをすれば、わたしの魂がきれいになります」

 僕は息を呑んだ。

(この子に……ひどい事を……)

 健康な普通の男子高校生(僕の事だ、もちろん)の想像力は、当然のごとく向かってはいけない方向に暴走を始めた。

「ご、ごめん、君にひどい事はで、できかねるよ。そ、それじゃあね。」

 僕はぎこちなくそう言って、その場を去ることしかできなかった。

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