三十一話 いよいよ始まる良一の戦い。それは予想外の形式で行われる事が分かり、良一は自信をなくす
前回までのあらすじ:
奴隷少女を救うため、再び負ければすべてを失う『競技』に挑むことになった良一。
良一が競技に挑む前に対戦相手になるであろう巫女二人による『競技』が行われ、
良一は自分が戦うときのために彼女らの心理的な癖を見抜こうとするのだった。
それはほぼ成功し、良一は二人の心理をほぼ見抜いたと確信する。
姉の手牌は「2」と「3」の2枚。
妹の手牌は「3」と「7」の2枚。
今から姉の方の手番。
「わたしは7を宣言します」
姉のほうが言った。
姉の手牌には7は無いので、宣言は失敗だ。
二人の巫女の近くにいる、幼い巫女が手番の交代を仕草で示す。
妹の手番。
僕も思考を切り替えて、妹の方の思考を追う。
妹の方から見える牌を確認し、妹が「自分の手牌にあり得る牌」と考える牌を考える。
(推理に間違いがなければ……。)
あり得る牌を並べて書くと、
3
555
77
となる。
一番可能性があるのは5で、次の可能性があるのは7。その次が3。その他の数字は可能性がない。
「わたしは5を宣言します」
(……だよな。)
僕は『妹』の宣言に頷く。
ここは素直に一番可能性の高いところに来た。
だが、妹の手牌は「3」と「7」。
宣言は失敗である。
姉の手番。
姉は「2」を宣言。
姉からみて可能性があるのは「2」、「3」、「4」、どれも一枚ずつ。どれを選ぶべきかという判断材料はなかったはず、勘で当てたのだろう。
姉の手牌は「3」1枚のみになった。
姉から見て、手牌にありうるのは「3」と「4」、同じ確率。
ここで姉は「3」を宣言。
最後の一枚の手牌を当てた。
姉の勝利である。
勝負を見守っていた村人たちから歓声が上がった。
僕も大きなため息をつく。
まるで自分が戦っていたように消耗した。
長老の補佐の男が広場の中央にやってきた。
「巫女、マヌアと、巫女、マヌヌ。ご苦労であった。二人の戦いにより、今、この場は神の見守る場となった。次の戦いは、まこと神の意志を問う戦いとなるであろう。」
男の言葉を受けて、また村人たちが歓声を上げた。
「しばしの休憩時間の後、旅人コーヅキ氏が競技に挑む本戦を開始する!」
男はそう宣言した。
どれぐらいの休憩時間があるか分からないけど、僕は立ち上がった。
まずニニナのところに向かう。
「まだ本番じゃないのに疲れちゃったよ。」
僕はニニナに向かって、冗談っぽくそんな事を言った。
「大丈夫ですか?」
深刻に心配そうな表情になるニニナ。
「大丈夫だよ。」
僕は自信ありげに微笑んでみせた。
心配させるようなことを言う必要はなかったかなと思った。
けれど……。
僕はニニナの手を握った。少し驚いた表情を見せるニニナ。
「ニニナは僕の味方だよね?」
つい、気弱な言葉を漏らしてしまった。
ニニナは、はっとなにかに気がついたようだった。
なにかに、じゃない。
僕の心の中の弱気に気づいたのだろう。
弱気になるのも無理ないじゃないか……。
僕は心のなかで言い訳をする。
知り合いの一人すらいない異世界に来てしまって、色々あったが僕はまた自分の人生をかけた勝負をしようとしている。
この村にはそれなりに沢山の人がいるけど、僕の勝利を願っている人はまあ一人もいない。
みんな僕が負ければいいと思ってるんだ、僕が勝つと村のみんなが楽しみにしてる、追いはぎの少女を処刑するショーが中止になるから。
完全アウェー。
負けたら全財産を失って僕自身も奴隷にされる。
自信たっぷりでいられるはずもない。
つい、ニニナの手をギュッと握った、握られたニニナが痛いと感じるかも知れないぐらいに。
けど、ニニナは顔を歪めることもなく、そのまま一歩前に体を寄せて、僕の手をその膨らみの乏しい胸に当てた。
僕の手に、とくん、とくんという心臓の鼓動が伝わってくる。
「ご主人さまなら大丈夫です、きっと。」
ニニナはそう言って真っ直ぐな目で僕を見た。
「ありがとう。」
僕は素直な感謝の言葉を伝えた。
「大丈夫です。」
ニニナはもう一度そう言ってから、少し目を伏せ、
「あの人も、きっとご主人さまを応援してます。」
檻に閉じ込められている、追いはぎの少女の方に視線をやった。
「ああ、そうだった。」
僕は追いはぎの少女の方に向かった。
追いはぎの少女の閉じ込められている小さな檻は、1メートル以上の高さの木の台の上に置かれていた。全裸に近い服装で、周囲360度から身を隠すこともできずに、辛いだろうなと思った。
片手を上げて、軽い会釈をしながら近づく。
少女は最初の一瞬、こちらに気づいていないようだった。意識が朦朧としていたようにも見えた。こちらに気づくと、辛そうながらも喜びの表情を浮かべた。
「た、旅人さん……。」
「大丈夫?」
近づいてみると、だいぶ顔色が悪かった。
日に焼けた色の褐色肌なのに、顔色が青く感じられたのだから相当に体調が悪いのかも知れない。
「大丈夫だよ、旅人さんが勝つように、ずっと一生懸命祈ってるよ。」
「ありがとう、君の体は大丈夫? 顔色悪いけど。」
「つらい。」
彼女はそう言って笑ってみせた。
「あたしが脱走する前、お仕置きで半日ぐらい、こんな檻に閉じ込められるお仕置き受けたことあって、あのときも辛かった。体ぐわーって動かせたら楽になりそうなんだけど、動かせなくて、なんか体が死んでいく感じがする。」
「たぶん、もう少しの辛抱だよ。」
「うん……。」
ほどなく、長老の補佐の男がまた大声を出した。
「聞け、皆のもの! 時は満ちた。これより旅人、コーヅキ氏が『競技』に挑む!」
大歓声が僕を包んだ。
「コーヅキ氏、前に!」
男が言った。
僕は座っていた椅子から立ち上がり、『競技』が行われる六角のテーブルに向かった。
テーブルの前にいた、幼い巫女が一つの椅子を手で指し示すので、僕はそこに着席した。
テーブル越しに、こちらにやってくる二人の巫女が見えた。
(さてと。あの二人の、姉の方は、状況をシンプルにする誘惑に負けずに、勝利への最短距離を目指してくる性格だっったな。妹の方は、失敗するまで同じ宣言を繰り返して、その後の判断をシンプルにする傾向があった。)
僕は頭の中で復習する。
(で、どっちが対戦相手になるんだろう。やっぱりさっき勝った姉のほうかな?)
そう思っていると。
「巫女マヌアと巫女マヌヌ、前に!」
男がそう声を張り上げた。
(ん?)
違和感。
なにかが自分の予想から外れる予感。
僕はこのときまで、巫女のどちらか片方が、自分と勝負をするものだと思っていた。
どちらか片方が、自分の座っている席の反対側に、座るものだと思っていた。
しかし、現実は。
僕から見て右奥の席に、姉(と僕が認識した方の巫女)が。
左奥の席に、妹(と僕が認識した方の巫女)が、着席した。
そして幼い3人目の巫女が、テーブルの上に28枚の牌を伏せ、裏向きにしてかき混ぜ始める。
「今回の『競技』は旅人コーヅキ氏、巫女マヌア、巫女マヌヌによる三人対戦で行う!」
男が大声で宣言した。
村人たちが歓声を上げる中、僕は血の気が引いていくのを感じた。
このゲームに、三人対戦なんてあったのか。
それはどのようなルールになるのか。
戦えるという自信が、一気に不確かなものになった。




