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三話:良一は運試しのようなものによって無罪になり、そしてこの世界の言葉を覚える

 舌先に異様に苦い味を感じて、意識が覚醒した。

 何かが口に入ったのだと思って手で触ろうとしたができない。

 両手が体の後ろで縛られていた。

 さらに、肩に痛みがある。


(ああそうか、吊るされてた木から落ちたんだった)

 意識を失う前の風景がよみがえる。

 辺りの様子を確認する。

 木造の小屋の一室、と言うところだろうか。

 床は地面から1メートルぐらいの高さにあるようだ。床板の隙間から地面が見えたので分かった。

 それにしても舌先が痛いぐらいに苦い。その舌先に何か小さい種のようなものがあるらしく思えた。

 どうしようか迷ったがその舌先の苦いものを壁になすりつけた。

 確認してみるとつぶれて死んだ蟻だった。全長1センチ弱ぐらいの大きい蟻。

 意識を失ってる間に口の辺りを這っていた蟻を噛み潰してしまったみたいだ。

「殺しちゃったか。悪い事をしたな。」

 一人つぶやいて、これからどうしようかと思いあぐねる。

 狭い部屋だ。出口はドアが一つしかないが、開かない気がした。

 つま先で軽く押してみるがギシギシと縄のきしむような音がして開かない。

 鍵が掛かっているのではなく縄で扉の取っ手か何かが固定されている感じ。

 やはり、今僕は監禁されているのだ。


 幸か不幸か、その状態は長く続かなかった。

 程なく外で縄がほどかれる音がして、ドアが開いた。

 若く体格のいい男と、先だって僕に吹き矢を撃った女の二人だった。

 男の方が僕の肩をつかみ、部屋から出るように僕を歩かせた。

 意外だがさして手荒な扱いと言う感じでもなかった。

 女のほうを観察して、彼女が腰から手投げ斧を下げているのに気づいた。

 自分が吊るされていたとき足の縄を切ったのはその手投げ斧だったのだろうと思った。


 廊下のようなところを通ってどこかに連れて行かれる。

 廊下には大きな木格子の窓があり、外の様子が良く見えた。密林の中にいるような印象。

 ヤシのような曲がった木とスギのような真っ直ぐな木が幾重にも折り重なっている。

 連れて来られたのは広いが薄暗い部屋だった。

 陶器の皿のようなものの上に火が焚かれていた。

  原色がちりばめられたカラフルな衣装に包まれた老人が部屋の中心に居た。

  かなりの老齢のようで顔はしわくちゃだが、その目は強い眼光で僕のほうを見ていた。

  僕はその老人の前に座らされた。

  部屋にはこの村の住人であろう、日焼けした肌の人たちがたくさんいた。皆壁際に立ち、僕のほうを見ている気がする。

  長老と思しき部屋の中心の老人が小声で何か言った。

  先ほどの手投げ斧を腰からさげた女が僕の後ろに回る。

  縛られた手の指先に何か感じたかと思うと、女が例の手斧を老人の方に恭しい態度で手渡す。

  その手斧の刃の先が少しだけ赤く染まっていた。なんだろうと思っているうちに指先が痛くなってきたので、それは僕の血だと理解した。

  

  老人は次に意外な事に、なにやらゲーム盤のようなものを取り出した。

  老人は僕の前にその木製の板を置く。

  板には円が書かれていて、その円の右半分は赤く、左半分は青く塗られていた。そして円の中央にはくぼみ。

  なんだろうと思っているうちに、老人は細長い独楽こまのようなものを取り出し、それに僕の血をなすりつけた。

  そして老人は、なにやら呪文のようなものをつぶやいて、その独楽を番の中央のくぼみのところで回した。

  ころろろろ、と音をさせて独楽は高速で回転している。

(一体何なんだろう)

 僕は考える。

(そのうち独楽が倒れるよな、そうしたら縦長のこの独楽は赤い方か青いほうに倒れるよな)

 そう思った時、僕の心は急激に嫌な予感に満たされた。

(まさか! これで僕の運命を決めてるわけじゃないよな!? 赤いほうに倒れたら有罪で青いほうに倒れたら無罪とか、そんな……)

 やばい。なんか、非常にそれっぽい。

 赤は血の色、死を象徴する色。どの民族や文化でもそれは共通じゃないだろうか?

 独楽の勢いがなくなってきた。ぐらぐらと揺らぎ始める。

(やめてくれ! こんな、ゲームでも何でもないようなもので人の運命を決めないでくれ!)

 心の中で叫ぶ。

 いや、ゲームで人の運命を決められるのも、どうかと思うけど。

 たくさんのゲームを遊んできた。

 サイコロを使うなど、運や確率が絡むゲームももちろん遊んできた。

 そういったゲームの最終局面で、運に任せるしかなくなる事がたまにある。

 ゲームの最後のサイコロの一投、ここで偶数が出れば勝ちだが奇数が出れば負け、とか。

 最後に2枚だけになった山札から一枚引いて、そこで切り札になるカードを引くことができれば勝ちとか。

 そんな時、なぜか良一は負けることが多かった気がするのだ。

 だから50%の確率で勝ち負けが決まる運試しの状況は好きではなかった。

 だが今、それで自分の命運が決まろうとしている!?

(赤はやめろ、赤はやめろ、赤はやめろ!)

 強く念じる。

 念じたところでどうなるものでもないと分かっているが念じる。

 独楽は最後に一度、ぐらっと大きく揺らぎ、


 赤いほうに、倒れた。


 血の気が引く。

 女が、手斧を若い男に手渡した。

 男が、僕の後ろに回る。

「ちょ、ちょっと待っ……。」

 舌が上手く回らない。

 体をよじって後ろを取らせまいとする。

 男の左手が、僕の痛めたほうの肩をがしっ、と掴む。

「痛たたたっ」

 情けない声が漏れてしまう。体が膠着する。

 斧が振るわれた。

 ぶつん。

 斧が何かを断つ音。

 目の前が真っ暗になる。


 自分がまだ死んでないことに気がつき、辺りを見回す。

 部屋に張り詰めていた緊張の空気が消えている。

 部屋の壁際に立っていた村の人たちの表情もほっとしたような顔。

 自分の手を見る。

 そしてようやく、さっきの切断音は手を縛っていた縄を切った音だと気がついたのだった。

 目の前が暗くなったのは精神的ショックの仕業だった。

 男が僕の肩をぽん、と親しげにたたいた。

 部屋の中に居た人たちが外に出る。

 喋っている言葉は理解できないが軽口をたたいてるような雰囲気もあった。

 流れに乗って僕も廊下に出た。

 木格子の窓から見える風景に太陽が輝いていた。

(赤は太陽の赤、命の色だったのか?)

 そんなことを思った。


 部屋の四隅で香のようなものが焚かれている細長い部屋に来た。

 食堂のようだ。テーブルがあり、皿のような平らな板が並べられていた。

 男が僕に座るように促した。


 若い女性たちが料理を運んできた。

 何かの肉が入ったスクランブルエッグのようなもの。

 キノコの入った野菜炒め。

 何かの果物の薄切り。

 周りの様子をうかがって、食べてもよさそうなので、周囲にならって手づかみで食べた。

 どれも美味かった。

 ここの料理の特徴なのか、どれも酸味のある味付けだったが、気になるという事はない。

 果物の薄切りは水っぽくキュウリのような触感で、ほのかに甘酸っぱく、僕はそれが一番気に入った。


 食事の席も終わりに近づいたとき、奇妙な事が起きた。

 あの長老っぽい老人が、僕に、

「さてと、あんたは、どこから来たんだね?」

 という意味のことを聞いてきたのだ。

 僕は、

「それがよく分からないんです。気がついたらここにいました。日本と言う国にいたはずなんですが。」

 そう言う意味の言葉を返した。

「そうかね。まあしばらくゆっくりしていくがいい。あんたが悪い人間でない事は分かってるからね。」

(さっきのあれでか……)

 何ともいえない感情を感じながら、僕は気づいた。

 いつのまにか、この村で話されている言葉を理解している自分に。

 僕はいつそれを覚えたのだろう?

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