二十七話 良一は思いついた戦法を使うべきかどうか、ニニナに相談する。その夜、悪夢を見る。
前回までのあらすじ:
異世界に来てしまった良一は不幸な奴隷少女のニニナと出会い、彼女を助けるため『競技』と呼ばれるゲームに挑み、勝利を収め、ニニナを自分の奴隷にすることで救った。
元の世界に帰る方法を探す旅の途中、良一は二人目の不幸な奴隷少女に出会う。彼女も助けることを決意した良一は再び、負ければすべてを失う『競技』に挑むことを決意する。『競技』が行われる前に、良一はニニナと練習ゲームを行い、『競技』の対策を練るのだった。
家に戻り、ニニナと向かい合って座る。もちろん『競技』の道具の代わりの貝殻は用意してある。
「ニニナもだいぶこのゲームに慣れてきたから、相手が数字を宣言したら、それを利用して自分の持ってる数字を考える事ができるんじゃないかと思う。」
僕は話を切り出した。
「ええと……。」
ニニナは頷きかけたが、少し自信がなさそうな声を出した。
僕は基本的なところから説明し始める。
「このゲームは『7』が一番多いから、特に読む材料がない時は、『7』って言えば一番当たりやすい、ここまではいいね?」
「はい、もちろんです。」
ニニナは安心したような笑顔になる。
「まあ、読む材料がまったくないって状況もありえないけど、それはともかく。じゃあニニナ、考えてみて。僕が先手で、最初に『7』じゃなくて『6』を宣言したら、ニニナはどう思う?」
「ああ、そういうことですね、分かります!」
嬉しそうな顔をするニニナ。
「ご主人さまが最初に『7』ではなく『6』を宣言したなら、それは、私の持ってるものの中に、『7』が何枚かあると考えます。ご主人さまが私の『7』を見てるから、ご主人さまは自分が『7』をあまり持ってないと、推測されるのですね。」
「その通り!」
ニニナがこのゲームの初心者を卒業しかけているのを確認できて、僕も嬉しくなった。ふと思いついて、僕はニニナの髪を撫でてみた。
「ひゃっ!?」
びっくりして後ろに体制を崩すニニナ。
「ごめん、びっくりした?」
笑いを隠せないで僕は聞いた。
「いえ、その、大丈夫です。」
ニニナはうつむいてそう言った。
肌が褐色だから分かりにくいけど赤面しているように見えた。
「ご主人さまは……飼ってる猫を扱うように、わたしを扱うのですね。」
「ああごめん……。不愉快だったかな。」
僕は反省したが、ニニナは僕の言葉に首を横に振った。
「幸せです。でも、わたしは奴隷なのだから、奴隷のように扱われるのが一番しっくり来ます。」
予想していない言葉だった。僕はその言葉の意味を考えかけて、やめる。
「大事な話かもしれないね。でも、今はその話はやめよう。今は練習ゲームを優先したいんだ。明日の『競技』で勝たないと、僕がニニナの関係も終わっちゃうんだから。」
「は、はい、そうでした、すいません。」
「謝ることもないけど。さて、今から、明日の『競技』で僕が使おうとしてる戦法の説明をするよ。」
「はい……でも、どうして私にそれを説明するのですか?」
「迷っているから。」
「……?」
ニニナが小さく首を傾げる。どこか小動物チックで可愛い。ああもう今は女の子に萌えている場合じゃないのに。
「その戦法を使おうかどうか迷っているから。だからニニナの意見を聞きたいんだ。」
「わたしの、意見ですか!?」
ニニナは驚いたようだ。
「別にニニナが、戦法を決定するってわけじゃない、ただ、意見を聞かせてほしいだけだよ。判断は僕がする。」
「……分かりました。説明を聞かせてください。」
「うん。このゲームは、自分からは見えない自分の手牌を当てるゲームだ。だから、宣言をする時、普通は自分の手札にありそうな数字を宣言する。」
「はい、分かります。」
「けど、そうじゃない手がある。あえて、自分の手牌にあるはずがない数字を宣言することで、相手を罠にはめる事ができるかも知れないんだ。」
「ええ? あえて、自分の手にあるはずがない数字を宣言……?」
「具体的な場面を説明するよ。ニニナの手牌に、『1』があるとする。それは僕には見えるし、ニニナには見えない。このゲームに『1』の牌は1枚しかないから、僕は自分の手牌に『1』がないことはよく分かってる。この場面で、僕は自分の手番に、『1』を宣言するんだ。」
「それ、当たるはずがないですよね? ご主人さまは『1』を持ってないのですから。」
「うん。で、僕が『1』を宣言するのを聞いたニニナはどう思う? 自分が『1』を持ってることは知らないとして。」
「ええと……。」
ニニナはしばらく無言になって考えていたが、やがておずおずと口を開いた。
「ご主人さまが『1』を宣言したということは、ご主人さまは自分の手に『1』があるだろうと思った、と思います。」
「そうだね。そこから、ニニナはニニナの持ってる数字について、どう考える?」
「それは……。あ、そうか、『1』は一枚しかないのに、ご主人さまが自分の手に『1』があると考えるということは、ご主人さまは『1』を見ていない、つまり、私の手にも『1』はない、そう考えることができるんですね。」
「その通り!」
思いの外ニニナの理解が早くて僕は少し嬉しくなった。
「と言うことは、わたしは、わたしの手に『1』は無いと考えることができる……。」
ニニナは小さく頷きながら考えていることを喋る。
「そうなると、わたしは『1』を宣言しなくなると思います。どうしてかと言うと、自分の手に『1』はないと考えることができるからです。けれど、本当はわたしの手に『1』があるので、わたしはいつまでたっても勝てなくなります!」
ニニナは興奮した面持ちでそう言った。
「そういうこと。それこそが、僕が使おうと思ってる戦法。これは、うまくいくと相手は混乱して、何回も無駄に手番を消費させることができるかも知れない。それができれば勝利はぐっと近づく。」
「すごいと思います!」
「うん。でも欠点もある。自分の手番を1回、あえて外すことだ。もし、この引っかけが相手に通用しなかったら、自分はみすみす手番を無駄にすることになる。」
「そうなんですね……。」
「うん、悩みどころなんだ、この戦法を使うかどうか。」
ニニナはそう言われて無言でなにか考えているようだった。
コオロギのような虫の鳴く声がやけに大きく聞こえた。
「何の責任も感じなくていいから、気軽に答えてほしいんだけど、この戦法、使ったほうが良いと思う?」
「それは。」
ニニナは困ったような顔になって、しばらく喋れずにいたようだったが、
「使ったほうが良いと思います。とても強い戦法だと思います。」
意外にはっきりした声で、ニニナはそう答えた。
「ありがとう、意見を聞かせてくれて。」
僕は立ち上がって伸びをした。
胸のつかえが取れた気分だった。
「その戦法を使うことを、決めたのですか?」
「当日、様子を見て決めるよ。」
僕はそう嘘をついた。
本当は、使えるようなら積極的に使っていくことを心のうちに決めていた。
嘘をついたのは、もしこの戦法を使って負けた時、ニニナが責任を感じずに済むようにだった。
「今日の練習ゲームはここまでにしよう。」
僕は宣言した。
「できるだけ勝負の勘を磨いておきたいから、明日も練習ゲームをしたいけど、今日はもう疲れた。休むよ。」
「分かりました。」
僕は寝床まで移動して、体を横たえた。
ニニナが僕の隣で横になるのを横目に見ながら、僕はすぐ眠りに落ちた。
眠っている間に悪夢を見た。
その夢の中で、僕は勝負に負けたのだろう。
村の広場でたくさんの人に囲まれて、僕は木の柱に拘束されて、全裸に剥かれていた。
奴隷身分に落とされるのだ。
首に革の首輪をつけられ、その首輪に鉄の鎖がつけられた。首輪の金具部分が焼けた鉄で溶接された。
悪夢はやけにリアルで、現実のような存在感を持って僕をさいなんでいた。
僕はムチで打たれながら村中を引き回され、広場に戻ってくるとそこには家畜の豚が用意されていた。
これからその豚を使って、僕は人間としての尊厳を失うような調教をされるのだろう。
絶望の中、助けを求めてあたりを見回すと、遠くの方に馬車に乗せられたニニナが見えた。
ニニナは木製の檻の中に閉じ込められていた。これから奴隷市場に送られるのだろうか。
僕は哭いた。
「大丈夫ですか、ご主人さま。」
ニニナの声で目が覚めて体を起こすと、自分の額に汗が滲んでいるのが分かった。
まだ夜中らしい。
自分の見ていたのが夢だと分かり、安堵でこぼれそうになる涙を手の甲で拭った。
「大丈夫だよ、嫌な夢を見てただけだ。」
「そうですか……。」
ニニナは胸に手を当てて、心底心配そうな表情になっていた。
「もう一度寝るよ。」
僕はそう言って横になった。けど、もう一度悪夢を見そうな気もした。
「大丈夫ですか? なにか、私にできることは……。」
「そうだね、じゃあ……。」
僕は寝床に身を横たえてから言った。
「僕の手を握っててくれる? 君の手を感じながら眠りたいんだ。」
「はい。」
ニニナは僕の手を取り、そっと握りしめた。寝床に座った状態で、体を横にしようとはしない。
「ニニナも寝てていいよ。起きてたら辛いでしょ。」
「ありがとうございます。わたしもすぐ横になります。」
「わかった。おやすみ。」
そうして僕はニニナの手の温みを感じながら眠りに落ちた。
悪夢はもう見なかった。




