二十六話 ニニナとの練習試合、そしてふと思い浮かんだ疑念、あと夕食
僕とニニナの練習試合、その第一戦は僕が勝ち、その後の第二戦、第三戦と連勝した。そして迎えた第四戦。
ゲームはすでに終盤も終盤、お互いが持っている貝殻の枚数はどちらも1枚。あと一度、自分が持っている数字を言い当てれば勝ちだ。
「『2』!」
僕が宣言を口にする。
「ありません。」
ニニナが、僕の宣言が間違っていることを伝えた。
「じゃあニニナの番だ。どうぞ。」
「……はい。」
ニニナは少しだけためらってから、
「『3』、です。」
そう宣言した。
僕は唇を噛んだ。
ニニナが(自分からは内側が見えないように)持っている貝殻に刻まれている傷の数はまさしく3本。
「おめでとう!」
僕はそう言って、ニニナの持っている一枚を取り、床においた。
このゲームは、ニニナの勝利だ。
「あ……。」
ゲームに初めて勝ったニニナは、喜ぶではなく、何やら困ったような、怖がるような表情になった。
「ん? どうしたの。」
「あ、あの、すいません、良かったのでしょうか、奴隷であるわたしがご主人さまに勝ってしまって……。」
「たはは……。」
思わず脱力するような笑いが出てしまった。
「いいに決まってるよ、むしろ本気で、僕にガンガン勝つつもりでやってくれないと、練習にならないじゃないか。」
「は、はい、すいません……。」
ニニナはそう言ってまた頭を下げる。
(この子は感覚がズレてるなあ……。)
そう思った。
(僕はもっと友達みたいな、恋人みたいな感覚になってほしいんだけどなあ。ニニナはいつも自分が奴隷だってことを気にして……。)
「さ、もう一回やろう。本気で勝ちに来てね。」
「は、はい!」
僕らは次のゲームに向けて、28枚の貝殻を裏向きに伏せて、床の上でバラバラに混ぜ合わせる。
貝殻を混ぜ合わせる僕の手とニニナの手が軽くぶつかって、ニニナが「すいません。」と小さな声で謝る。
(感覚がズレている……。いや、違うか……。)
僕は心のなかで思う。
(ニニナの感覚がずれていると言うより、僕の感覚がズレているのか。ニニナは生まれた時からずっと奴隷だったって話だった。そんな彼女が奴隷らしく振る舞うのは、むしろ自然なことか。)
ふと、僕は胸に冷たいものが押し当てられたような感覚を味わう。
(もしも、ニニナが何らかの理由で、奴隷じゃなくなったら。僕がニニナのご主人さまじゃなくなったら、ニニナはもう僕についてきてくれないんだろうか。)
それは、さびしい考えだった。
(ニニナが僕を慕ってくれるような態度を取るのは、僕の奴隷だからであって、本心ではない可能性も……あるのか……。)
嫌な考え。
どうしてこんなことを思いついてしまったのか。
「ご主人さま?」
貝殻をかき混ぜる手を止めた僕を、不思議そうに見つめていた。
僕はニニナの表情を伺った。
薄めの褐色の肌の上の、無邪気そうなパッチリした目。
その顔はとても無垢に見えて、本心を隠して僕を慕ってるふりをしているような、そんな裏のあるような様子は感じられなかった。
「何でもないよ。」
僕は少し笑った。
もしかすると自分の猜疑心がおかしくて笑ったのかも知れない。
「よし、第五戦を始めよう、各自貝殻を7枚取って……。」
「はい!」
裏表のなさそうなニニナの声を聞いて僕は、自分の疑念を忘れることにした。
それから、僕ら二人は連続して何ゲームもの勝負をした。
大抵は僕が勝って、たまにニニナが勝った。
「休憩にしようか。お腹もすいたし。」
「はい、わかりました。」
僕とニニナは家の外に出る。
この小さな村にレストランみたいなものはあるはずもないから、だれか食事を振る舞ってくれる人を探すか、保存食的なものを買うかするつもりだった。金銭的対価は支払える。
「いい匂いがします」
ニニナが何かの匂いを嗅ぎつけたらしく、そう言った。
つま先立ちをしてくんくんと匂いをかぐ様子は何かの小動物っぽくて奇妙な可愛らしさがあった。
「ああ、魚でも焼いてる匂いかな?」
僕も匂いに気づいた。歩きながら方角を探っていると、上半身が裸の少年が僕らの方にやってきた。
「旅人さん!」
少年が僕に声を変えた。
「はいこんばんは。どうしたの?」
僕はちょっとだけ警戒して挨拶する。
何しろ僕は今この村からあまり良く思われてないはずだ。
村の人が楽しみにしている追いはぎの少女の処刑に反対しているわけだから。
「うちのかーちゃんが旅人さん呼んでこいって。食べ物あるよ!」
「それは助かるな。」
僕はまだ少し警戒しながらそう言った。
「ついてきなよ!」
少年は僕の警戒になど頓着せずに、そう言って背中を向けて早足に歩き出した。
僕とニニナは後を追った。
少年の後を追っていくと、そこは魚を焼いている現場だった。
若い夫婦らしき男女と、幼い女の子がいた。
場所は草の生えてない空き地。焚き火がおこされていて、串に刺した魚が焼かれていた。
「こんばんは! 食事をわけてもらえるんですか?」
ちょっと図々しいかなと思いながらも、僕はいきなりそう言った。
「おーう」
若い男のほうが鷹揚にそう返事をした。
「ああ、食べていきなよ。その代わり旅人さん、なにか珍しい話を聞かせてくれよ。あるだろう? あんたがもといた国の話とかさ。」
「いくらでも話しますよ。」
食事に招待してくれた人がフレンドリーな態度だったので、僕は安心した。
「こっちに座りなよ!」
僕らをここまで連れてきた少年が椅子代わりの切り株を指して言った。
勧められるままにそこに腰掛けた。横のニニナを見ると、まだ切り株の椅子はあるのに座ろうとはせずにためらっている様子だった。
「この子も座って構いませんよね?」
僕が確認すると、夫婦はお互い顔を見合わせた。僕の言うことが予想外だったのかも知れない。
「ま、いいさ」
男の方がそう言ったので、ニニナは夫婦と僕とに頭を下げて、それから座った。
(奴隷であるっていうのはつくづく重要な事なんだな。)
僕は今更ながらにそんなことを思った。
食器のたぐいは用意されていなかったので、串に刺して焼かれている魚に豪快にかぶりついて食べる食事になった。かなり強い塩味の味付けで、美味かった。贅沢を言えば魚以外のものも食べたい気持ちも生じたのだが、それは求めすぎって物なんだろう。
「それで旅人さん、あんたどんな国から来たんだい? 裕福な国なんだろう? 来てる服が立派だ。」
女の人が僕の着ている学生服を見て言う。
「これは制服です、そんなすごいものじゃない、みんなこれを着るんですよ。でも裕福な国ってのはそうですね……。」
「制服、ってことはあんた兵隊さんなのかい? 北の大きな町には兵隊さんがいるんだ、みんな同じ服着てるよ」
「ああ、いいえ、僕は学生です。」
「学生さんが制服? ああ、あたしだって大きい街に学生さんがいるのは知ってるけど、制服を着るなんて聞いたことないよ!」
なんだかんだで、女の人が僕から話を引き出す形で会話は盛り上がって、男の人も話を聞きながら満足してるようだった。にぎやかな時間だった。
食事が終わって、僕は対価を支払おうと申し出たが、それは断られた。
すこしの焼き魚の残りをもらって、僕とニニナはその家族と別れた。
それから、僕はあの追いはぎの少女に会いに行った。
あの檻に閉じ込められて、ろくな食事もさせてもらえてないだろうから、焼き魚を差し入れに行ったのだ。
狭い檻に拘束された彼女は食べ物を手に持って口に運ぶのも難しそうだったから、僕が焼き魚を手で持って食べさせた。
なんだか、動物に餌付けしているみたいで、それはまるで人間を動物扱いする背徳的な行為のように思われて、正直に言うと思わず興奮した。
彼女はすごく感謝してくれていて、まるで神様か天使を見るような目で僕を見るものだから、僕は興奮しているのを隠すのに苦労した。
地下牢を出るとすっかり夜だった。
「今夜はもう休みますか?」
ニニナが聞いた。
「いや。もうすこし練習ゲームをしておきたい。ある戦法を、使おうかどうか迷ってる。それを決めるためにももう少し付き合ってほしい。」
「わかりました。」
僕は家に向けて歩きながら脳みそを勝負モードに切り替える。
前の村で『競技』に挑んだ時、僕が仕掛けられた罠にかける戦法。
今度は僕がその戦法を使うかどうか。
それが今迷っているポイントだった。




