二十話:良一、赤毛の少女を助けようと決意する
「その、捕まった女の子、いや、……追いはぎは今どこにいますか?」
さっきのお手伝いみたいな女性に、僕は聞いた。
「あいつなら地下牢に連行されたよ。」
「どこからその地下牢に行けますか。」
「広場の南の入口からさ。見に行きたいのかい?」
会いに行ってもいいですか。
そう言いかけて、とっさに言葉を変えた。
「そいつを見に行ってもいいですか?」
そう言いかえた。
あの追いはぎの少女はここでは人間として扱われていないようだ。
会いに行く、と言う言い方は彼女に同情的すぎて、村の人に怪訝に思われるだろう。
そう考えて言い換えたのだが、それだけで胸が痛んだ。
「ああいいさ、あざ笑ってやるといいよ!」
その女性は楽しそうにそう言った。
「ああそれからね、北の集会所で、あの追いはぎにどんな罰を与えるかの会議をしてるよ、そっちを見に行くのも面白いかもね。じゃあね!」
どんな罰を与えるかの会議。
もしかして、死刑もありうるのだろうか。
暗澹たる気持ちになった。
「見に行くのですか?」
ニニナが僕にそう聞いた。
あの少女に同情してない言い方のように思えた。
「うん、会いに行く。」
僕はそう答えた。
広場の南に石を組んで作られた地下への入口があった。
僕はニニナと一緒にその階段を下りた。
地下にはたいまつの灯りがあり、真っ暗と言うわけではなかった。
階段を降り切ると広くはないが坑道のような空間だった。
木材の柱と梁が張り巡らされている。
鉄格子の檻は二つあったが、どちらにも人がいるように見えなかった。
なにか見落としたかな、と思って戸惑っていると。
「もしかして、あたしを探してる?」
あの赤毛の少女の声がした。
驚いて声のした方を見るが、人の姿らしきものが見えない。
僕は壁のたいまつを一つ取り、そちらの方を照らした。
木格子の向こうの床に、小さな檻があった。
せいぜい、中型犬を入れるぐらいの大きさの、持ち運びできそうな大きさの檻。
その中に、彼女は閉じ込められていた。
詰め込まれていた、と言う印象。
おそらく、身動きは全くと言ってもいいほどできないだろう。
すでにとんでもなくきつい刑罰を受けているのか。
僕らが義足を奪ったばかりに追っ手から逃げることができずに、こんなはめに。
血の気が引いた。
「大丈夫? 体の調子とか……。」
赤毛の少女の方が、僕に向けてそう言った。
「え。」
「顔色悪いよ。体調崩してるんじゃない?」
あんなに狭いスペースに閉じ込められて、苦しそうな体勢でいる赤毛の少女が、僕を気遣っている。
なんだか。
泣きそうになった。
僕は一歩一歩、彼女に近寄った。
「って言うか、あんたたちか。そのせつは悪かった。うん、あたしが悪かった。」
彼女の表情が良く見えた。少し困ったような笑顔。
「あのさ、あたし思うんだけどさ、あんたたちあたしに復讐したじゃん? あたしの身ぐるみ剥いだじゃん? それであいこかなー、ってあたし思うんだけど。駄目? 駄目か。たははは。」
赤毛の少女は、僕らが危害を与えに来たと思っているのか。
ぼくは彼女の近くで膝をつく。
「え? なにかな? 何するのかな?」
その困ったような笑顔を見ていると、ついに僕の目から涙があふれた。
「可哀想に!」
僕の声は震えていた。
「え、なに? まさかあたしに同情してるの?」
少女は面食らったようだ。
僕は泣きながらもうなずいた。
「え、えー。それは、嬉しい……けど。」
嗚咽を漏らし続ける僕に、少女は困ったような顔を見せた。
「じゃ、じゃあさ、少しの時間でもいいから、あたしの話し相手になってくれると嬉しいんだけど、どうかな?」
僕は涙を止めることができないまま頷く。
「いいの? うれしいな。じゃあさ、泣き止んでよ。お話ししよう?」
僕は深呼吸をして、自分の涙を止めるべく努力した。
深呼吸を続けいていると、動揺も少しは収まってきた。
「ええと……釣り針は取れた?」
僕は思いついたことを聞いた。
「釣り針? ああ、あたしの口に刺さったやつか。まあね、あのあと自分の隠れ家に帰って、そこで頑張って抜いたよ。出来るだけ痛くないようにしようとしたけど、痛かったわー。抜き終わったら、へとへとになっちゃって。」
「悪かったよ。」
「いいって。あたしを捕まえるにはそれしかなかったんでしょ?」
「うん。……それで……。」
僕は次の質問を、勇気を持って聞いた。
「義足がないから捕まっちゃった? 追っ手から逃げられなかった?」
「まーねー。」
少女は屈託なく答えた。
「まあ、あたしの運が尽きたって事なんじゃないかな。あんたが……その、気に病むことじゃないよ。」
「でも。」
「いいんだって。なんかさ、そんなのじゃなくて、違う話をしてくれると嬉しいな。」
違う話。
僕はどんな違う話をすればいいか考えた。
「この後はどうする?」
「この後。」
少女は意味が分からないようだ。
「その……罰を受けて、そのあと解放されたら。また追いはぎをやるのかな。」
「あはは。それは考えたことがないな。」
「真面目に生きる?」
「いや、そうじゃなくて。生きて解放されることは、まあないよね。」
僕はショックを受けたが、何とか次の言葉を思いついた。
「そ、それはどうかな、今集会場で君に与える罰を考えてると聞いた、から、かならず死刑ってわけじゃないと思うんだ。」
「あはは、それはね、どんなふうになぶり殺しにするか、その方法を話し合ってるんだと思う。死刑は確定事項だよ、間違いない。」
「え……。」
また目の前が暗くなった。
僕らが義足を奪ったのが一因で。
この子がなぶり殺しにされる?
「ニニナ、どう思う?」
僕はすがるように、聞いた。
「どうって、何の事ですか?」
「村の……掟と言うか……ルール的に、この子は殺されるのか?」
「ええと……。」
ニニナは赤毛の少女の方を向いた。
「脱走奴隷?」
そう聞いた。
「そうだよー。」
軽く答える赤毛の少女。
「逃げだしてから一週間以上たってる?」
「二年ぐらいになるね。」
「その間、追いはぎをしていた?」
「そうだね。」
「ご主人様、村の人がこの子を生かしておくことは考えられません。」
「そ、そうか……。」
目の前が暗くなる。
「な、なにか、僕に、出来ることは……ないか……。」
「そうだねー。今ここであたしを一思いに殺してくれたら、すごく嬉しい。」
「え?」
「あ、いや、本当にそんな大変なことをしてくれって言うわけじゃないよ。そんなことしたら、あんたが村のみんなの恨みを買っちゃうよ。」
僕が絶句していると、
「村のみんながさ、あたしの処刑見物を楽しみにしてると思うんだ。その楽しみを奪うのはよくないね。あはは。」
少女はそう言った。
「ど、どうすれば……。どうすれば、君の命は助かる?」
「そんな方法は思いつかないなー。なに?あたしを奴隷コレクションに加える気になった?」
「『競技』の賞金があっても駄目か?」
僕はわずかな望みにすがるように、そう言った。
「やっぱりあれは『競技』の賞金だったんだ! すごい大金だと思ったよ。中身確認したときあたしビビっちゃったもん。」
「どうだろうか。」
「本気であたしを助けようとしてくれてるの? どうかなあ。長老とか村のみんなが納得させられれば、その可能性もあるだろうけど。あれだけの大金だけど、お金だけでは……無理かもね。」
みんなを納得させればいいのか。
僕は、出来る限りのことをしようと思った。




