十九話:良一、赤毛の少女が捕まった事を知る
次の村に着いたのは夕方ごろだった。
建物の様式など、村の見た目は、前の村とそう変わらない。
ただ村の真ん中を川が流れていて、いくつか橋が架かっているのが特徴的だった。
歩き疲れていたので、少しでも早く休みたくて、すぐに宿泊できる場所を探した。
宿屋みたいな場所はそもそもこの村にはないらしい。
村の長老の補佐という人に相談すると、集会場の一室で宿泊してもよいと言われたのでそうさせてもらう事にした。
食料は前の村で買った保存食を食べた。
次の日。
目が覚めるとニニナが僕のそばに控えていた。
僕が起きるのをずっと待っていたようだ。
「おはよう。いまどれぐらいの時間かな。朝早い?」
「……もう昼近いかと思います。」
ニニナはめずらしく、少し機嫌が悪そうだった。
「ああごめんね。待たせちゃったか。おなかすいたりしてる?」
「え、いえ、その、はい。」
図星だったのかすこしあたふたした様子を見せた。
「あはは。じゃあなにか食べるものを買いに行こうか。」
「はい。」
しかし、これは前にいた村も同じだが、とくに飲食店があったりするわけではないようだった。
食事をさせてくれそうなところを探して村を歩いていたが、なかなか見つからない。
困っていたところ、昨日会った長老の補佐にまた出会った。
たくましい体格の中年の男性だ。
「ここにいたのか。長老がお会いになるそうだ。来てもらおう。」
「え……あ、はあ。」
煮え切らない返事を聞いた彼は眉をしかめた。
「我らが長老に会いたくない理由でもあるのか?」
「そういうわけではありません。」
あわてて言った。
「ただ、空腹だったので、どこか食事できる場所を探していたので、それで。」
「それこそ長老のところに来られるがよかろう。」
「ああ、食べ物を売ってもらえますか?」
「まあそれもできる。それにお前が、悪意があって来ているのでは無いとわかれば、昼食ぐらいは食わせてやる。」
「それは助かります。」
助かるというのは正直なところだった。
競技の賞金があるとはいえ、飲食店や食料品店がないのでは食料調達の役には立たない。
この村の長老は年配の女性だった。
長老の家も木造の高床式の家だったが、この家には風鈴のような飾りが軒先にいくつも下げられていて、時折りーん、りーんと音を立てていた。
「ぬしは、違う世界から来た人かね。」
「はい。」
単刀直入に聞く長老に、はっきりと答えた。
「ふん、それで、最初に南の村についたのかね?」
「そうです、あ、最初は森の中でした。歩いているうちに獣を取るための罠か、何かそういうものに引っかかって、村の人に発見されました。」
「獣を取る罠? んん? そんなものがあるかね?」
長老は傍らの補佐の男の方を見る。
「それは、たぶん追いはぎに対する罠かと。」
「ああ、それが南の村の近くにもね。そうだね。」
補佐の男とそんな会話をして、長老はこちらに向き直った。
「さてと。この村にはどれぐらいいるつもりだね?」
僕は正直に答えた。
北にあるという赤い城壁の町に出来るだけ早く行きたいという事。
そのための旅の準備をこの村でしたいという事などを。
「ふむ。わかったよ。」
長老は僕に向かってそう言い、
「わしはもう休むよ。」
傍らの男にそう告げた。
「長老、この者は?」
「悪い事をたくらんでるようには見ないね。」
長老はそれだけを言って、部屋の奥の通路に消えていった。
その後僕らは長老の家で食事をすることができた。
食事を用意されたのは狭い物置みたいな部屋だった。
まあ、テーブルも椅子もあったし、食事をするのには十分。
ただ窓がなくて、外の様子は分かりづらかった。
前の村と同じ酸味のある味付けが特徴の料理だったが、前の村では見なかった料理に魚の卵のようなものがあった。
大きくて白いカズノコのような見た目。
それだけはかなり塩辛い味付けで、それをおかずに白米のご飯を食べたいな、と僕は思った。
食事を初めてしばらくすると、外が騒がしくなった。
耳を澄ましてみたが、多くの人が何かを楽しんで盛り上がっているかのような様子。
気になったが、とりあえず食事をとることを優先した。
「さっきなんか騒がしかったけど、なんだろうね?」
食事を終えて、僕らはその部屋を出た。
「誰かに聞いてみますか?」
「そうだね……あ、すいません!」
ぼくは、家の入口から入ってきたお手伝いらしい女性に声をかけた。
「さっき外が騒がしかったみたいですけど、何かあったんですか?」
「あれ! あんたさん、見てなかったですか!」
五十センチ以上もある干し魚を運んでいたその女性は、驚いたようにそう言った。
「食事をしていたので。」
「それは残念だね! ついさっき、村の近くで追いはぎが捕まったんだよ!」
「追いはぎですか。」
僕は状況がピンと来なくて聞き返した。
「そうさ、一年以上も前から村の近くに居ついてて、時々旅人が被害にあってたのさ。村はいい迷惑だよ。ざまあみろってんだ。」
「なるほど。」
僕はまだ疑問を感じていた。
追いはぎが捕まったというグッドニュースを村人が喜んでいたという事だろうか?
「いい気味だったよ、鞭で打ちながら、村を引き回してたんだ。見ればよかったのに。」
それを聞いて僕は胸が重くなった。
また人権侵害のようなことか。
この世界の風習なのかもしれないが、納得はできなかった。
その女性はさらに言葉をつづける。
「でさ、そいつさ、どこかで義足をなくしたみたいでさ、ひどく歩きづらそうだったよ、ひょこひょこしちゃってさ。」
彼女は楽しそうにそう語るが、僕は衝撃を受けていた。
ここに来て初めて、僕はその追いはぎと言うのが自分の知らない無関係な人物ではなく。
あの赤毛の少女ではないかと思い当たったのだ。
「そ、その追いはぎって、女の……。」
「ああ、若い娘だね。それが?」
「真っ赤な髪の……。」
「そうだね、知ってるのかい?」
「……襲われましたけど。」
「あれまあ! それじゃ、あの女はあんたさんにとっても敵だね! じゃあ今日はあんたにとってもめでたい日だ!」
目の前で喋っている女性は、本当に楽しそうだった。
「あれ、あんたさん、どうしたの?」
彼女が僕の顔を覗き込んできた。
「ちょっと、めまいが。」
「それはよくないね! 風のとおる木陰で休むといいよ。ほら、あっちの木陰がいい!」
おせっかい焼きらしい彼女が、僕の手を取り、木陰のほうに連れて行こうとした。
「自分で行きます。」
そう言って、その女性から離れた。
とりあえずはその木陰に座った。
けど、あの赤毛の少女の事が気になって仕方がなかった。
「あの子の事……だよな。」
僕は分かりきったことをつぶやいた。
「ご主人様?」
ニニナは僕の気持ちを理解していなさそうだ。
ただ僕の事を心配はしている様子。
「可哀想に……。」
僕は頭を抱えた。
「ああ……ご主人様は、とても優しい心をお持ちなのですね。」
ニニナは納得がいったとでも言うように、そう言った。
「あの子は今どこにいるんだろう。」
顔をおこすと、先ほどあったお手伝いらしい女性がこちらの方に歩いてきているところだった。
僕は聞いてみようと思った。




