十八話:良一、赤毛の少女を解放する
「慈悲。慈悲ね。」
僕はそういいながら少し考えた。
首尾よくこの少女を捕まえたわけだが、捕まえたあとどうするかは考えていなかった。
「例えばどういうのが慈悲深い処遇になるのかな。」
この赤毛の少女がどう言うのかに興味があった。
「う、うん、盗った物は半分返す、それで無罪放免というのはどうかな? 慈悲深いお兄さん。」
「ご主人様。」
「なんだいニニナ。」
僕はそう言いながら、水筒の水に口をつけた。
「この女、生きながら火あぶりにしてしまいましょう。」
ブッと噴き出してしまった。
ニニナがこんな過激なことを言うとは。
いやでも、そういいたくなる気持ちは分かった。
「確かに、慈悲の心がしぼんでいく感じはあるな……。」
「はい! 冗談終わり! これから本当にあたしの処遇を話し合おう!」
赤毛の少女は慌ててそう言った。
「そうか、冗談か……。じゃあ、冗談じゃなかったらどうなんだ?」
「盗った物全部返す!」
僕は冷ややかにその言葉の続きを待った。
「……プラス、あたしと一回エッチできる!」
「あまり魅力を感じないな……。」
これは正直な感想だった。
「分かった! 大サービス!二回にしよう!」
「回数の問題じゃないんだ。」
「ぐぅ……。」
赤毛の少女は一度下を向いたが、
「じゃあ、あたし、友達になったげるよ!」
屈託のない笑顔でそう言った。
「な、なに?」
聞き取れなかったわけではなかったが思わず聞き返した。
「と・も・だ・ち。あたしみたいな友達ほしいでしょ?」
「いや、それほどでも……。」
「じゃあ分かった!」
少女は自信ありそうな顔で、
「大事にしてくれるなら、あたしお兄さんの奴隷になる! いい奴隷になるよ! エッチな命令でも聞く!」
などと言った。
もはや何と言っていいか言葉が出なくなってきた。
この少女の狙いは何なんだ?
そう思っている間に少女はニニナの前にひざまずいて、
「いろいろ教えてください、先輩!」
そういいながらニニナの手を握った。
「せ、せんぱい?」
ニニナは気おされているようだ。
「ご主人様のエッチの好みとか教えてください!」
「ぱ、ぱんつが大事。」
勢いにおされてニニナはそう言った。
「い、いや、待て、それは……。」
僕は口ごもった。
「ええ! あたし今穿いてない! それじゃダメなの?」
「ダメです。」
「ニニナ、勝手に答えないで。」
なんだか状態が混沌としてきた。
「でもさ、でもさ、ぱんつを穿いてないってのは今だけだから。あたし普段ぱんつ穿く派だし? 今日はたまたまって言うかさ。」
「ぱんつの話はとりあえずどうでもよろしい。」
つい学校のお堅い先生みたいな口調になった。
「それじゃ、これからよろしくお願いします! ご主人様!」
赤毛の少女が今度は僕の前にひざまずいた。
「君を僕の奴隷にするとは言ってない!」
「えー、お買い得だよ、ぜひお兄さんの奴隷コレクションにこのあたしを! 今なら無料!」
「うーん……。」
どうしてもそう言う気にはなれない。
「うう、先輩を見るにもしかして、お兄さんはおっぱいが極限まで貧相な女の子が好みなのですか?」
「ご主人様、生きながら火あぶりにと言うことで決定しましょう。」
「ニニナ、気持ちは分かるけど。」
「あーもう! じゃあお兄さんはあたしをどうしたいのさ!」
少女は天井に向かって叫ぶようにそう言った。
「え……。」
僕は、ちょっと返答に詰まった。
そう言えば、僕はこの少女をどうしたいのか、はっきりした考えは無かった。
「殺したいのか! あたしをなぶり殺しにして、死体を踏みにじってあざ笑いたいのか!」
「いや、別にそう言うわけじゃ。」
「え、でも、どっちみち殺すんでしょ。」
「その予定はないけど。」
数秒間の沈黙が発生した。
「あたしを追ってる奴らに引き渡すとかは?」
「別にそれも考えてない。」
というか、この子が誰かに追われてるとか、そんな情報は持っていない。
「わ、わかった、わたしの体に一生消えない傷を残す気なんだ! エッチな意味じゃなくて! あたしの片方しかない手を切り落とすとか、そう言う系の刑罰ね!?」
「そんな残酷な事もしないよ!」
「じゃ、じゃあ、本当に何をするの?」
僕はまた答えに窮した。
「どうしよう?」
僕はニニナに聞いた。
ニニナはため息をついた。
「返してもらうものを返してもらったら、身に着けているものを身包み剥ぐぐらいで許してあげますか?」
「そうしようか?」
僕はうなずいた。
「え、それでいいの?」
少女はきょとんとした表情だ。
正直な話、盗られた物を返してもらうだけで許してもいいのだ。
ただそれに微妙な復讐をプラスしたかった、それだけなのだ。
最初から、殺すとか手を切断するとかそんな事は考えていない。
「本当にいいの?」
少女は喜びを隠せない様子でそう言った。
「本当にいいの? あたし、ろくな物身につけてないよ? こんな物おいてけばいいの?」
「いいことにする。」
僕は言った。
「じゃあまず盗ったもの返すね、これでしょ?」
少女は床に落ちていた袋をこちらによこした。
中を改めると、たしかに取られた賞金や食料など、そして衣服が入っていた。
どうやら盗られたものは全部入っているらしかった。
「じゃ、脱ぐね? それともお兄さんが脱がせるの?」
「自分で脱げばいいよ」
それを聞いて、少女はほいほいと着ているものを脱ぎ始めた。
たちまち全裸になった。
きれいな裸体だったが、エロスはあまり感じられなかった。
この少女の性格かもしれない。
決して、ぱんつを穿いていなかったからだけではないだろう。
「あ、この針と糸、取ってくれるんだよね?」
少女がそう言ったので、僕は釣り針の外し方を考え付いていなかった事を思い出した。
「ええと……針を取るには……道具が要るな……。今ちょっと持ってない。」
申し訳ない気持ちでそう言った。
「じゃ、じゃあ、糸は?」
「……簡単には切れないかもしれないけど、テーブルに絡めてある糸はほどく。」
「ありがと。」
少女は少し不満そうだった。
「さあ、これで無罪放免だよね?」
全て衣服を脱ぎ去った状態で少女が言った。
「待ってください。」
不意にニニナが割り込んできた。
「わたしたち二人は身につけているものを全て奪われたのです。」
「うん、悪かったけど。」
赤毛の少女はニニナに続きを促す。
「それも置いていってもらいましょう。」
ニニナが指差したのは、少女の左脚の義足だった。
「え! ちょっと、それは勘弁してよ! 自分で木を削って作った、脚にぴったりの奴なの!」
少女は泣きそうな顔をする。
「火あぶりにしましょう。」
ニニナは容赦ない。
「分かった! 分かったから、義足置いてく!」
義足を外した全裸の少女を僕らは解放した。
今にして思うと、不必要に意地悪すぎたというしかない。
彼女は歩きにくそうに森の中に帰っていく。
この時でも遅くはなかった。義足を返せば良かったのだ。
このとき義足を取り上げた意地悪を、僕は後に激しく後悔することになる。




