十七話:良一、赤毛の少女にだまされる
「た、食べ物、食べ物ね?」
僕は慌てながら確認した。
どうやら僕の前に倒れているこの赤毛の美少女は飢え死にしかけているようだ。
「ニニナ、食べるもの持ってきてあげて!」
「はい、でも……。」
ニニナはなぜかすぐに動こうとしなかった。
「早く!」
「は、はい!」
僕が言うと、やっとニニナは奥の部屋に向かった。
「君、しっかりして。」
「食べ物を……下さい……何でも……。」
少女は意識が朦朧としているようだ。
「あげるからしっかり!」
ニニナが、干し果物、干し肉などを少量持ってきた。
村を出発するときに買った保存食だ。
その少女がいくらかの食べ物を口にしたところで、僕は彼女を部屋に招きいれた。
そのとき気づいたのだが、少女の右腕は手首から先が無かった。
傷口は完全にふさがっているから、何があったにせよ最近の事ではないだろうが、胸が痛んだ。
さらに、少女は左脚も、足首から先を失っていた。簡素な義足をつけていた。
絵に描いたような不幸な少女、と言う印象を受けた。
「あなた様のおかげで飢え死にしなくて済みました。本当にありがとうございます。何かお礼をさせてください。」
少女が言った。
この時、ニニナは妙に冷ややかな目でその少女の方を見ていた。
「何かって言っても……。何ができるの?」
僕は少し警戒しながら言った。
もし彼女が、体でお礼をするとか言い出したら、それは遠慮するつもりだった。
さっき会ったばかりで、少しばかりの食べ物を分けてあげただけで、それは無い。
むしろ気持ち悪い。正直そう思った。
「わたしの体で良ければ……。」
「遠慮します。」
僕ははっきり言った。
「そうですか、では……マッサージをさせてくれませんか? 体の凝りをほぐせるかと思います。」
「え、ああ。それなら……。」
それにしたって多少の気まずさを感じるのだが、でも感謝の気持ちを無碍にするのもむしろ悪いような気がした。
「では失礼させていただきます……。」
少女は僕の後ろに回った。
「ご主人様……。」
ニニナがなぜか心配そうに、何かを言いかけた。
少女の褐色の腕が、背中側から僕の胸のほうに来た。
それから、その腕が僕の首に巻きついた。
あれ、肩こりとかをほぐすんじゃないのかな。
こんなマッサージのやり方あるのかな。
疑問に思った。
少女の腕が、僕の首を絞め始める。
この子、マッサージのやり方知ってるのかな。
と言うか、やや苦しいと言うか……。
頚動脈の辺りが圧迫されていて、なんだか頭が真っ白になって来た。
ちょっと待って、と言おうとしたが、声が出ない。
これは、もしかして、やばいんじゃ。
そう思ったときには、意識が飛んでいた。
肌寒さを感じて、僕は眠りから目覚めた。
頭が痛い。酸欠のような感じがする。
とにかく体を起こした。
自分が全裸なのに気がついた。
「え?」
つい間抜けな声が出る。
横を見ると、ニニナがやはり全裸で床に倒れていた。
あれ、僕はニニナと、エッチしたんだっけ?
未だはっきりしない意識で、そんなことを思った。
「違うよ!」
僕は思わず自分に突っ込んだ。
あの赤毛の少女に首を絞められて、気を失ったんだ。
「二、ニニナ、大丈夫か?」
僕はニニナの体をゆすぶった。
ニニナはなかなか目を覚まさない。
首に絞められたような跡がある。
僕は青ざめた。
もし、ニニナが死んでいたら。
僕は一生自分を許せないだろう.
「ご、ごしゅじん、さま……。」
ニニナが目を開けた。
良かった。
生きている。
二人で状況を確認する。
小屋の中に、僕らの衣服も、荷物も、ほとんど見当たらなかった。
要するに、身ぐるみはがれた、と言う事のようだった。
もちろん、『競技』の賞金、あれもほぼなくなっていた。
ほぼ、と言うのは、床のくぼみに、金貨一枚だけが挟まっていたのだ。
それ以外で残ったものと言えば、干し果物一切れと。
あとは、日本で兄さんに渡し忘れていた紙包み。
その包みの中身を思い出したとき、僕の心に、少し邪悪な考えが浮かんだ。
あの赤毛の少女に復習する方法。
僕はそのアイデアを検討し始めた。
ニニナはさっきから泣いていた。
なんでも、ニニナはあの少女の事を最初から怪しいと思っていたのだと言う。
それなのに僕に警告ができなかったせいで、こんな事になったと考え、責任を感じているらしい。
僕はニニナに自分の復讐のアイデアを話し、意見を聞いてみた。
するとニニナは泣き止んで、そのアイデアに興味を示したようだった。
僕らは二人でそのアイデアを練った。
朝になった。
僕とニニナはとぼとぼと、全裸のまま小屋を出発した。
荷物も何一つ無い。
昨日わずかに残った金貨一枚とその他は、すべて小屋の中に罠として仕掛けてある。
小屋が見える距離で森の茂みに身を隠す。
今回の作戦は、あの少女が再び小屋を訪れてくれないと意味が無い。
僕らが首を絞められて気を失っていた時間は短かったようだ。
あの少女は短時間で僕らの荷物を奪ったと言う事だ。
なにか奪い損ねたものが残っているかと思って、もう一度小屋を訪れるかもしれない。
それが今の僕の希望だった。
結論から言うと、あの少女は再び小屋を訪れた。
少女が小屋に入った事を見届け、ぼくらはそっと小屋に近づく。
しばらくすると、室内でガタンという音がした。
少女が罠にかかったか?
僕は小屋に向けてダッシュする。
「痛いよねごめんね? でも、君が僕らのものを盗るから!」
僕は部屋に入るなりそう言った。
僕の兄の趣味は釣り。
兄に渡すのを忘れていた紙包みの中身は釣り針と釣り糸。
僕はそれで罠を仕掛けていたのだ。
テーブルの下、わざとらしくなく、少し見つかりやすいところに金貨と干し果物を置いておいた。
干し果物には釣り針が仕込んである。
もちろん糸が付いていて、糸の端は重いテーブルの足に厳重に絡めてある。
無慈悲な罠ではある。
少女は口の端に血を滲ませて、舌に刺さった釣り針を外そうと苦労していた。
相当痛いのだろう、目から涙が零れている。
わずかに罪悪感を覚えた。
「ふぁにこの糸? こんな細くて見つけにくい糸なんて……。」
少女は喋りにくそうに、そう言った。
引きつった笑みのような表情で。
「俺の故郷の製品だ。」
僕は簡潔に説明した。
格好付けたかったので一人称は「俺」になった。
「わかった。あたしの負け。じゃああたしの処遇を話しあおうよ。お兄さん、慈悲の心の見せ所だよ、ここは。」
少女は悪びれた風も無く、にかっと笑った。




