十五話:良一とニニナ、ニニナのための下着を買いに行く
次の日はまず長老に会った。ニニナも一緒だ。
僕は長老に、元の世界に戻る方法はないのかと言う事を聞いてみた。
「やはり違う世界から来た者だったか。」
長老はまずそう言った。
「僕以外にも、違う世界から人が来る事はあるのですか?」
「わしが子供のころにな、一人だけ見た。」
長老は頷きながらそう言った。
「その人はどうなりましたか?」
「わし自身の記憶ではなく、後から聞いたことだが……。ここから北にある村で、ある娘と恋に落ちてな、結婚して二人で暮らしておったらしいが……。やはり元の世界に帰りたい気持ちが強くなったらしく、ある日妻にこう言った。」
僕は長老の次の言葉を待った。
「『元の世界に帰りたい。その方法を探す旅に出たい。もし一年たってもその方法が見つからなかったら、その時はこの村に帰ってきて、二度とどこにも行かない。』と。」
「その人はどうなったんですか?」
「一年間の約束で旅に出て、そして村に帰る事はなかったよ。その後のその男の消息は知られていない。」
僕は少し考えた。
「別に元の世界に戻った、とばかりも言えませんね。」
「ああ、旅のどこかで死んでしまったのかも知れん。遠くまで行ってしまって、村に戻れなくなったとか、戻る気をなくした、と言う事も考えられる。」
「北に村があって、その人はそこから出発したんですね。どこに向かって出発したのか分かりませんか?」
「北の村のさらに北の、赤い城壁の都市だろうな。北の村から行くところなんて、この村とあの都市以外にありはしない。」
「その都市からどこに行ったかは……?」
「この村にそれを知っているものは居るまいな。その都市になら、当時の事を覚えているものも居るかも知れないが。」
「その人が旅立ったのは、何年前の話なのですか?」
「80年ほど前だな。」
僕は驚いた。この目力の強い長老は80歳を超えていたのか。それよりはだいぶ若く感じていた。
最後に長老から、『競技』の賞金の残りを手渡された。
それは、何十枚もの金貨だった。
僕はその金貨の存在感に圧倒された。
だって。
金って、一グラム二千円ぐらいの価値があるって聞いたぞ。
まあ異世界でどうなのかは知らないけど、でもその基準が当てはまるとしたら、もしかしてこれ百万円は軽く超えそう。
「これ、貰っちゃっていいんですか?」
「貰うも何もあんたのものだよ。元は国から送られてきたもので、この村の者の懐とは無関係よ。遠慮なくもっていきなさい。」
僕はちょっとふわふわした気分で長老の家を出た。
「ご主人様は、遠くの世界に帰ってしまうの?」
ニニナが不意にそう言った。
「え、あ。」
僕はニニナのことを考えていなかったことに思い当たった。
僕が一人もとの世界に帰った場合、ニニナはどうなるんだ?
「いや、元の世界に帰るって決まったわけじゃないけど、帰る方法があるのかどうかは知りたいと思ったと言うか、その……。」
ニニナは一見無表情だが、僕には微妙に悲しみや不安が見て取れた、気がした。
「もし、もしもだよ。僕が元の世界に帰ると、ニニナはどうなるんだろう?」
「奴隷市場に送られちゃいます。」
「そ、そうか……それは不幸だよね……。」
「そうとも限らないです。」
「え?」
「慈悲深いご主人様に買われるのなら、幸せになれるかも知れません。でも。」
「でも?」
ニニナは真っ直ぐな目で僕のほうを見た。
「今より幸せになれることがあるとは、思えません。」
「そうか、分かった。」
僕は一つの決意をした。
「もしももとの世界に帰る方法が分かったら、ニニナと一緒に行く。君を一人にはしない。」
「え。」
ニニナの顔に驚きが浮かんだ。
「その時は僕の世界に来てくれる?」
「は、はい、どこにでも。でも……どのような世界ですか?」
「そうだね……。」
僕はどう説明しようかと少し頭をひねった。
「技術が発達していて、いろいろな道具がある。物は豊かで……。」
そこまでは言葉に出来たけど、それ以上の説明が思い浮かばなかった。
「……そのうち、ちゃんと説明するよ。」
「分かりました。」
しばらく二人で村の中央広場への砂利道を歩いていたが、ふとニニナの足が止まった。
「どうしたの?」
「ひとつ、聞かせてください。」
「なに?」
「もしも、ご主人様の元の世界に行く方法が分かったとして、戻れるのがご主人様一人だったら……その……。」
なるほどそのケースは想定していなかった。
けれど、ニニナを一人にすることは出来ないと、強く思った。
だから僕は言った。
「言っただろう、君を一人にはしない。もしも僕しか戻れないのなら戻らない。君と一緒にいる。」
「え、いいのですか。」
「いいんだ。」
それは。
半ば以上、日本に、元の世界に帰ることを諦める事のように思えた。
胸の奥がうずいた。
けれども、この子を一人にはできない。
その思いのほうが強かった。
ふと見るとニニナは瞳を潤ませていた。涙が零れ落ちそうだ。
僕としては泣かれるのも照れくさい気がした。
「さ、行こう。君の服を買いに。」
「は、はい!」
泣かれない様にそう促して歩き出したが、ニニナの声はやっぱり少し泣きそうな声だった。
ニニナのような奴隷が、自分で身につけるものを買うような場合、主人が付き添う事が慣例だと聞いていた。
奴隷が主人のお金を勝手に使わないようにだろうか。
つくづく奴隷と言うのは大変な境遇のようだ。
とにかくニニナに連れられて、村で唯一ともいえる衣料品が買える所に行ってみた。
洋服屋のような看板は出ていない、一見普通の高床式の家だった。
ここに住んでいる女性が本業のかたわら服を仕立てたり販売したりしていると言う。
「誰だい?」
気さくな感じで中年の女性が出てきた。やはりこの村の人だけあって肌は褐色だ。
「この子が着る可愛い下着を買いに着ました!」
僕は思わずそう言ってしまった。
ある意味欲望丸出しである。
「と言うか、下着以外も。この子の服を買いに着ました。」
赤面しながら訂正した。
「いいよいいよ。わかるわかる。可愛い服を着せてあげるのもいいさ。」
その女性はそう言って笑った。
「まずは下着だね? こういうのはどうだい?」
その人は僕に複雑に絡まったひものようなものを渡した。」
「え? これは下着ですか? どのように身に着けるんですか?」
本当に分からなかったので僕は聞いた。
ニニナは顔を赤らめながらもその、絡まったひものようなものを見つめている。
「ん?じゃあこっちにある人形で説明しようかね。」
彼女は等身大のぬいぐるみのような人形を持ち出してきた。
ニニナに試着させるわけには行かないのかな、と思ったがとりあえず言わなかった。
そしてその下着を装着した人形を見て、僕は絶句した。
「こ、ここ、これ、隠すべき部分がほとんど隠れないじゃないですか!」
布地面積少なすぎだろう!
ニニナに試着じゃなくてよかった。
その場合僕はギャグ漫画よろしく鼻血をたらしていただろう、自信がある。
「え? こういうのを探してたんじゃなかったのかい?」
「いや、まって、もうちょっと普通の! 普通のはないですか?」
「そうかい普通のかい。じゃあこの下着は要らないんだね?」
この時、僕の動きが一瞬止まってしまった。
そしてぎこちない動きで、僕はニニナのほうをうかがった。ほぼ無意識に。
「ご主人様、わたしは別にその下着でも、いいと思いますが……。」
ニニナが言った。
僕は葛藤した。
その葛藤の末、僕は言った。
「その下着も買います……。」
「まいどあり!」
その下着買います、ではなく、その下着も、と言ったのだ。
そこに僕の良心を感じて欲しい。




