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十三話:良一、奴隷少女ニニナを手に入れる

 広場中が盛り上がっていた。

 今の勝負がそんなにもみんなを楽しませたのかと思うと、少し誇らしい気持ちになった。

 けれど少し冷静になると、僕がこの戦いに挑むことになった、その理由を思い出した。

 ここではない広場で、一人全裸で拘束される罰を受けている奴隷の少女。

 あの子を助ける。

 それが動機だった。


「良い勝負だったな。」


 村の長老が僕のそばまで歩いてきた。


「あの子を!」


 気持ちが先走って思わず僕はそう叫んだ。


「ふむ。分かっておるよ。分かっておる。本来ならこれから賞金授与の儀式をやるところだが……。」

「その儀式は、時間がかかりますか?」

 焦れたように言った僕を見て、長老は少し微笑んだ。

 それから村人たちの方に向き直り、

「皆のもの!」

 そう大声を張り上げた。

 何事かと皆の目が長老の方に向く。

「これなる訪問者、コーヅキ・リョーイチ氏は、ノーリの家の奴隷、ニニナのことを気にかけておる!」

 長老がそう言った。


 ちょっ、そんな大声で言っちゃうんですか。

 慌てる僕に構わず、長老は続ける。


「氏が自身の運命を賭けて『競技』に挑んだのもあの奴隷を救うため。そして今も、氏はニニナのことを思って気が気ではない様子だ。」


 その言葉を聞いて村人の間にどよめきが沸く。

 そんな事情があったのか? などと驚いているような声が聞こえる。

 ちょっ、その、事実なんだけど、もうちょっと、その。

 動揺せざるを得ない。

「コーヅキ・リョーイチ氏が受け取る事になる賞金の額がニニナに付けられている値段を上回るのは明白である。ここは氏の勝利を称え、また、氏の心情を汲んで、賞金授与の儀式を省略し、奴隷所有権譲渡の儀式を急ぎ略式で行う事としたい。よいかな?」

 村人の暖かい歓声が僕を包んだ。


 あの奴隷の少女、ニニナが拘束の罰を受けている方の広場にやってきた。

 僕や長老、対戦相手だった紫の衣の神官、それに多くの村人もいっしょだ。

 悲しげな無表情の印象だったニニナが、明らかに驚いた顔をしていた。

「勝ってきたよ。」

 僕は誇らしげに彼女にそう言った。

「本当……に?」

 恐る恐ると言ったふうに、ニニナが聞く。

 僕は頷いた。

「それで……あの……。」

 ニニナが何か言いたそうにしている。

「君を助ける。」

 僕はそう答えた。

 ニニナの顔が最初は驚きに満ちて、次に喜びに満たされてゆく。

 今まで見せていた、不自然に大人びた表情ではなく、子供っぽい、見てて心が温かくなるような表情。

「この奴隷が受けている罰は村の掟によるものではなく、奴隷の所有者が決めた事であり、奴隷の所有者が変更になった場合、罰は無効になる。そうだな?」

 長老が紫の衣の神官に確認する。

「仰せの通りです。」

「最後にもう一度だけ確認だ。コーヅキ・リョーイチ氏。手に入れた賞金を使ってこの子を買い取るのだね?」

 長老の言葉に、

「はい!」

 力強く頷いた。

「開放を。」

「はい。」

 長老の言葉に神官の男が応じて、小型の手斧を取り出し、ナイフのように使ってニニナを拘束していた縄を切断した。

 拘束から自由になったニニナは、自分の鼻をごしごしとこすった。

 僕と目が合うと、

「ずっと鼻がかゆかったの。」

 照れた笑顔で、そう言った。

 その表情を見て、僕は勝負に挑んで本当に良かったと思った。


 ニニナは股間や胸を隠そうとはしていなかったが、やはり全裸は恥ずかしいだろうと思い、僕は自分が着ていた学生服のブレザーを脱いだ。彼女に羽織らせようと思ったのだ。

 だが、神官の男が無言でそれを制した。

「あと一段階だけ、せねばならんことがある。形式的なことだが。」

 長老がそう言った。

 神官の男が、鎖付きの首輪を取り出し、ニニナにつけた。

 ニニナは自分につけられた首輪から伸びている鎖を手に取り、僕のほうに差し出した。

 どうすれば良いか分からず長老の方を見た。

「鎖を手に取りなさい。それでその子の所有権の譲渡が終わる。」

「……はい。」

 僕は、その鎖の端を手に取った。

 見守っていた村人から、暖かい拍手が送られた。

 僕はブレザーを羽織らせようとした。今度はニニナが、服を避けようとした。

「裸だと恥ずかしいだろ?」

「わたし、今、体が汚れてるから、服がきたなくなる。」

 困ったような顔でニニナは言った。

「そんな事は良いんだ。」

 僕は強引にブレザーを羽織らせた。

「……ありがとう、ございます。」

 ニニナは礼儀正しく言った。

 僕は少しだけ胸が痛んだ。

 僕に対してそんな礼儀正しい態度をとってほしいのではなかったのだ。

 まあ、この子はずっとそうやって生きてきたのだろう。

 急に変われといっても無理か。

 僕はそう自分を納得させた。


「ニニナちゃん、おめでとう。これ食べる?」

 村人の一人の少女が、ニニナに近寄って、砂糖をまぶした果物の薄切りを渡した。

 ニニナは手渡されたそれを感動の表情で見つめていた。

 それから、ぱくっとそれにかぶりついた。

 ニニナの目から熱い雫がこぼれ落ちた。

「ずっと、これ、食べてみたかった。」

 涙まじりの声で、ニニナがそう言った。

「美味しいか?」

「美味しい。」

 僕の問いかけに、ニニナが答えた。

「よし! 今日は祭りなんだから他にも美味しいものが食べられると思うよ。行こう!」

「いいの?」

 信じられないと言う顔つきでニニナが聞く。

「構いませんよね!」

 僕は長老に、村人たちに聞く。

「構わんさ。」

 長老が答える。

「こいつは珍しい成り行きだな!」

 村人の誰かがそう言った。好意的な口調だった。


 祭りの広場に向かう途中、僕はニニナに鎖を渡そうとした。

 ニニナが不思議そうな顔をする。

「家畜扱いされてるみたいで不愉快だろう? その首輪の外し方、後で誰かに聞くけど、今は分からないからせめて鎖は自分で持ったほうが……。」

 僕はそう提案したが、

「別に不愉快じゃないです。」

「でも、その。」

「ご主人様が嫌じゃなかったら……。」

 ニニナは僕のことをご主人様と呼んだ。

「鎖の先、ご主人様に持っていてほしいです。」

「そ、そうなの?」

「はい。」

 なにやら倒錯的と言うか背徳的な気もしたが、仕方なく僕はニニナの首輪の鎖の先を持って歩き回った。

 ニニナは全く気にしている様子はなく、幸せそうだった。

 そうして祭りの夜は過ぎていった。


 夜中になった。祭りは終わっている。

 僕は『競技』の時とは違う種類の緊張を覚えていた。

 予想されたことだがニニナは特に行くところはないという。

 つまり、ニニナは僕にあてがわれた狭い家で、僕と一緒に夜を過ごすことになるわけだ。

 それはどんな時間になるのだろうか?

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