お嬢様と老人1
この世界の空と大地には神秘が満ちている。
この道は何処まで続いているのだろう?
あの森の向こうには何があるのだろう?
あの山を越えたらどんな場所に辿り着くのだろうか?
あの海の向こうにはどんな光景が広がっているというのか?
森には魔獣が、山には飛獣が、海には巨大な海獣が潜み、人の侵入を拒むと云う。
更には数多に在る『迷宮』が空間を歪ませ、前人未踏の領域を形成している。
古来、夜空の星ほどの冒険者達が未踏地に挑み、命を散らした。人が生涯で知る事の出来る世界は、余りに狭い。
だけど、もしも許されるのならば。
猛る魔獣どもを蹴散らし、難攻不落の『迷宮』を走破し、前人未踏の秘境を踏み越えた、その先の空と大地を。
誰も見た事のない光景を、少女は見たいと願った。
「この『東方見聞録』という書物は、何度読み返しても素晴らしく面白いですよね。
伝説の地インディアスの更に東には賢明なる帝が治める広大な帝国が在り、その先の海の向こうには黄金に溢れた竜の島が在るそうですよ。
礼儀正しく温厚な人々が暮らすその島では金が山ほど取れる為、王の宮殿は屋根から柱から全て金で出来ているとか。
是非一度見てみたいものです。ウェネーもそう思いませんか?」
へーリアンティアは興奮も露に古めかしい本を閉じると、長い金色の髪を揺らし泉の色の瞳を家庭教師に向ける。年若い家庭教師は理知的な顔立ちに苦笑を浮かべる。
「確かに興味深い記述に満ちた書物ですが、鵜呑みにするのは如何なものでしょうか?
其の本が当世の学識者の間で一種の物語として認識されている事は、お嬢様もご存じない筈がないでしょう?
百年以上も昔に亡くなった方を貶めるつもりはありませんが、大冒険者マルコ殿は大言壮語の傾向が有ったという記述が同時代の文章に散見されますよ」
「嘘だという証明も為さずに否定されてはマルコ殿が哀れですよ。
誰か、意気溢れる冒険者が、マルコ殿が真実のみを語ったと証明してくれないものでしょうか?
それにしても、ウェネーも随分昔の遠くの地方の噂話をよく知っていますね」
「お嬢様が『東方見聞録』の色んな言語の写本を集めていらっしゃるのは知っていましたからね。私だって勉強しますよ。
物事は全て自分で確認するか、信頼するに足る者の検証がなければ信ずるに値しません。
お嬢様も常々お忘れなきよう」
「その論法で言うのなら、ウェネーが読んだ文章の記述は信用に値するのですか?」
ヘーリアンティアが小首を傾げる。ウェネーは顎に手を当て、少し思案した後に言う。
「それは微妙なところですね。
マルコ殿が本当に東の果てに到達したのかは、現時点では嘘とも真実とも判断し難い。
後続の命知らずの冒険者達に期待するしかありません。しかし、後何百年掛かる事やら」
「そんな調子では、私がチパングとやらに行くのは流石に無理でしょうか。
せめて、私が生きている間に真贋が明らかになればよいのですけれどねえ」
ヘーリアンティアが頬杖を突いて言うと、ウェネーが笑った。
「まだ成人もしていないお嬢様の言う事ではありませんよ。
全く、夢見がちな子供の様な、老成した学徒の様な。不思議な方ですね、貴女は」
「ウェネー、午後は幾何学の勉強でしたよね?」
ヘーリアンティアは昼の鐘の音を聞いて大きく伸びをした。黴臭いような書庫の空気を一杯に吸い込む。長い間机で本を読んでいたので知らずに体が固まっていた。ここ数年の間、朝の自由時間はこうしてウェネーと書庫に篭るのが日課になっていた。昼食の後は勉強の時間だ。
「……お嬢様、淑女の行動としては些かはしたないですよ」
「う、御免なさい……」
ウェネーはヘーリアンティアを嗜めつつも笑顔を作る。
「自由七科で私が教えられる事はもう大して残っていないでしょうね。
他の教師の方々も随分褒めていらっしゃいました。
アリストテレスには劣るかも知れませんが、お嬢様の才も相当なものです。優秀な生徒を持って私も鼻が高い。
ご褒美に午後は街に出てみましょうか?」
ヘーリアンティアの顔が輝く。
「よいのですか!」
「ええ、筆頭執事殿には私から言っておきましょう。
ただし、方術の勉強には今後より一層励んで頂きますよ。
私はお嬢様の才は方術にこそ有ると感じます。あるいは、アリストテレスさえ超えるかも知れませんよ」
ウェネーは本来方術の教師として雇われた人間だった。ヘーリアンティアと相性が良く仲睦まじい様子を見て、父が筆頭教師に抜擢してくれたのだ。無論ウェネーの優れた能力有ってのものだ。
「分かりました、頑張ります。
ありがとうウェネー!」
褒められた事より街に出かけるのが嬉しくて、ヘーリアンティアはウェネーに抱きつく。ウェネーの外套からは秘薬と古書の入り混じった匂いがする。方術士の匂いだ。
「お嬢様、方術を学ぶ者として未知を愛する心は何よりも大切なものです。
貴女が知る事に倦まなければ、おそらく貴女の名は歴史に残る。
ですが、くれぐれも危ない事は止して下さいよ。
貴女に何かあれば、私の首と胴体は泣き別れしかねません」
「勿論ですよ」
おどけたように言うウェネーに元気よく頷く。
「供は近衛騎士団の方にお願いしましょうか?」
「都合がよければスクァーマにお願い出来ませんか?」
「スクァーマ殿ならば申し分ないですね。後で声を掛けるとしましょう。
さ、お嬢様、先ずは食事に致しましょう」
昼食はウェネーと2人で食べる事になった。普段は誰かしら家に居る家族と共にするのだが、今日は皆出かけているようだ。父や兄達は昼間いつも忙しくしているが、母達も両方外出しているのは珍しい。
ウェネーとこうして二人で食事をするのは久しぶりだった。彼女はヘーリアンティア以外のゲルマニカ家の人間と食卓を囲むのが苦手な様で、家族が居る時は食事に誘わないようにしているのだ。この国の皇帝に匹敵する力を持つという父は別格にしても、兄達も母達も臣下に対して気さくなものだが、そういう問題ではないらしい。
昼食は白いパンと彩の良い野菜の汁物、豚の塩漬け肉を塩抜きして炙った焼き物に果物と水だった。この街に限らず、この地方は水が良くないので方術的な処理を施さなければ生水が飲めない。食事時に水を飲むというのも一種の贅沢と言ってよかった。父が、昼から仕事が残っているのに酒を飲むのもどうかと言って始めた習慣だ。父らしい理に適った発想と言える。
「とても美味しかったです。やはり素材が良いのでしょうね」
ウェネーが、中々に優雅な所作で布で口元を拭う。口喧しい礼儀作法の教師も概ね合格点をくれるだろう。
「ウェネーもお父様が出かけている時は一緒に食べればよいのに」
ヘーリアンティアは完璧な作法で口元を拭う。幼い頃から嫌になるほど躾けられたのだ。気を抜きさえしなければこれ位は造作もない。ウェネーがその様子を見ながら曖昧な笑みを浮かべる。
「緊張のあまり若様の頭に水を掛けてもよいのでしたら」
「……うーん、それは如何なものでしょうか」
ゲルマニカ家の名には若き才媛と言えども緊張するという事か。
食事の後、侍女にスクァーマの居場所を尋ねると庭に居るという事だった。ウェネーを伴って庭に出る。ヘーリアンティアが暮らす城は広く大きい。石を敷いた道の隣にはよく整えられた庭園があり、鮮やかな色合いの珍しい花や樹木が植えられている。特に、太陽に良く似た丸い花が沢山咲いているのが目を引く。母が好きな花なのだ。その近くにある池には観賞用の魚が放されている。少し歩いた先には大きな馬小屋や、鶏や家鴨を飼う小屋が有る。
目当てのスクァーマは日当たりの良い池の傍の石に腰掛けて、骨付きのまま炙った塩漬肉を齧りながら麦酒を飲んでいた。こんな天気の日は庭の石に腰掛けて食事を取るのも趣があって美味しそうだ。明日にでも真似をしてみようか。
「お嬢か。また勉強をさぼって冒険の話を聞きに来たか?
まあ座れ」
鋭い歯を剥き出して笑うと、緑の鱗に覆われた長い尻尾で隣の石の埃を払う。器用に動くものだ。尻尾の無いヘーリアンティアはいつも感心してしまう。
蜥蜴族のスクァーマは客分としてゲルマニカに逗留する冒険者だ。二足歩行する蜥蜴といった趣の彼らは極めて強靭な種族として知られ、冒険者として名を上げる者が多い。その中でもスクァーマは近隣で音に聞こえた剛の者だという。
「いえ、今日は一緒に街に出て欲しいと思いまして。
ウェネーが許してくれたので、けして勉強をさぼる訳ではありません。ね、ウェネー?」
ヘーリアンティアは上等な服を着ている事に頓着せず、石に腰掛けて言う。日当たりが良くて気持ちが良い。確かに蜥蜴族ならずとも日向ぼっこをしたくなる陽気だ。絶好の散歩日和に上機嫌に足を揺らす。
「また勉強をさぼって、という部分に思うところが無いではありませんが、その通りです。お嬢様の護衛をお願いしたく思います」
「こんな天気に城の中に居るなど碌なものではない。
お前達はただでさえ若木の様にか細く脆いのだからな。
よかろう。街に出るか」
スクァーマは蜥蜴族特有の空気を擦らせるような声で言うと、肉を骨ごと口に放り込む。凄い音を立てて噛み砕くと、麦酒で喉に流し込んでしまう。実に豪快なものだ。
「いつも思うのですが、骨なんて食べて美味しいのですか?」
へーリアンティアが首を捻る。
「噛んでいると良い味が滲んでくる。この歯応えがなくては肉を食った気などしないだろう?
それに骨は体を造る。頑丈な体を造りたければ肉を喰らい、頑丈な骨を造りたければ骨を喰らう。そういうものだ。
まあ、お前達の貧弱な歯では無理かもな」
スクァーマが口を開けてびっしりと並んだ牙を見せる。一つ一つが小指程もあるかもしれない。ヘーリアンティアなど丸齧りにしてしまいそうな顔を、初めは恐ろしく感じたものだった。勿論、今はそんな事はない。友達を恐れるなど馬鹿げた話だ。
「準備をして来る。なに、不埒者の五人や十人、瞬きする間に両断して見せるさ」
立ち上がったスクァーマは本当に見上げる程に大きい。手足も尻尾も太く逞しいがしなやかで、確かに彼なら大型の魔獣すら斬り倒してしまいそうだった。
暫くの後、魔獣の皮製らしい防具を着込みヘーリアンティアの背より大きそうな大剣を背負ったスクァーマと、方術士の外套姿に杖を携えたウェネーを伴い門を潜る。
「お嬢様、お気を付けてお出かけ下さい」
「ご苦労様です。行って参りますね」
声を張り上げる門番の衛兵達に笑顔で頷くと、商業区に向けて歩き始める。使用人が馬車を出そうとしたが断った。折角の良い陽気なので歩きたかったのだ。
そのまま最近お気に入りの商業区の端にある露店市に向かう。
ヘーリアンティアの父が治める領地は国でも有数の大きさを誇り、そのお膝元は大きな川に面し交易が盛んだ。故に商店には遠方の珍しい品々が並び、見る者を飽きさせない。領主お抱えの大商の店にでも遊びに行けば、「姫様がいらっしゃった」とばかりに番頭が飛んで来て、上等な応接間で最上級の茶杯と菓子でもてなしてくれる。そして、市井の者が一生目にする事もない様な高価で希少な珍品を見せ、由来を面白く語って聞かせてくれるだろう。それはそれで楽しい一時なのだが、あまり領民に気を遣わせるのも居心地が悪いし、仕事の邪魔をする事にもなる。子供が大人の邪魔をするのはあまり褒められた行動ではない。ヘーリアンティアは領主の娘という自分の立場を十分に理解していた。
だから、最近はもっぱら顔を知られていない露店を巡るのを楽しみにしていた。商店の綺麗に陳列された品々も素晴らしいものだが、露店にもならではの面白みがある。乱雑に並べられた物の中から掘り出し物を探すのが、宝探しの様な気分にさせられて楽しいのだ。
「ウェネー、これは何かの種を焼いた物でしょうか?
こっちにあるのは何の角でしょう? 大きいですね!」
「これは……カファの種ですね。ずっと南の方で薬として飲むと聞いた事があります。
煎って粉にして煮出すと興奮、強心作用があると云いますね。確か嗜好品として飲むのが最近の流行だとか」
「これは万病を治すという一角獣の角、と言いたい所だがおそらく違うだろうな。
鯨という途方も無く大きな魚には角を持つものがいる。その角だろう。
幻獣の角など滅多にお目に掛かれんから、一角鯨の角を偽って売る訳だ。
無論病を治す力など無い。この類は鑑定に自信がないなら、手を出さないのが無難だな」
露店市には様々な品物を扱う店が並んでいる。色とりどりの野菜に果物、衣類に装飾品、方術の触媒、高価な秘薬。誠実そうな店主も居れば、威勢のよい口上で怪しげな由来の品を売り込むいかがわしい店主も居る。客達も皆それぞれ真剣な表情で目利きや交渉を行い、通りには独特の活気が満ちていた。
ヘーリアンティアはそんな中を好奇心の赴くままに巡り歩く。よく整えられた長い金髪を揺らし上等な服を着たヘーリアンティアの姿は露店の熱気の中でも些か目立ってしまうが、露店の店主達は金持ちの子鴨が来た程度の関心しか示さない。売り込みに熱が入り、面白い口上が聞けるのでむしろ都合がよい。領主の娘として気を張らないで済む事もヘーリアンティアをご機嫌にさせた。
一方でウェネーは若くして教育係に抜擢された誇りにかけて半端な答えは返せない、と気負った様子でヘーリアンティアの質問に答えてゆく。段々周囲への警戒が疎かになっているのはご愛嬌である。そんな二人の後をスクァーマが油断なく歩き、時に冒険者として培った知識を披露してくれた。
「旦那、あたしゃ一言もこれが一角獣の角だなんて言ってないぜ」
露天商が強かな笑顔を向ける。長年の商売から鍛え抜かれた、鋼の様な面の皮だ。
「だが、一角獣の角では無いとも言ってなかろう。まあ、程々にな。
我らがお嬢が欲しがりかねないのでな」
スクァーマが苦笑して、角を手に取り唸りながら撫で回しているヘーリアンティアの頭に手を置く。
「うーん、やはり紛い物なのでしょうか? 勉強不足で、どうにも判断しかねますねえ。
『鑑定』の方術が使えれば話が早いのですが……。試しに買ってみても良いですか?」
楽しい時間は瞬く間に過ぎる。今日は露店を最後まで見たら帰る約束だった。
それは商業区の端の露店市の中でも、最も奥まった裏路地の中に在るうらびれた露店での事だった。
日に干されて色褪せ、風が吹けば飛んで行きそうな店構えの中で、干した人参の様に痩せて皺だらけの老人が胡坐を組んでぼんやりと店番をしている。この一角だけは周りの喧騒から切り離され、余所者を拒むかの様な一種独特の停滞した空気を湛えていた。
「こんな所にも店があったのですね」
ウェネーが首を傾げる。露店巡りは何度もしているが、ヘーリアンティアもこの店に気が付いたのは今日が初めてだ。散歩が終わるのが名残惜しくて、路地裏を少し探検していたら偶然見つけたのだった。
「随分雰囲気のあるお店ですね。
世の叙事詩では、案外こんな店で凄い魔導具が所有するに足る冒険者を待ち構えているのですよね」
ヘーリアンティアが早速ござに広げられた品物を物色する。本が好きなヘーリアンティアらしい物言いにウェネーとスクァーマは苦笑した。
ござの上に乱雑に並べられているのは、風変わりな品物ばかりだった。木製の捩れた角のような形をした物、見た事もない文字が刻まれた貨幣らしき物、珍しい模様の鮮やかな織物、沢山の丸い珠を紐に通して輪にした物、独特の雰囲気を持つ胸の前で手を合わせた男性の木像、変わった文様の非常に薄い陶器の壺。どれも古ぼけてはいるがよく磨かれ、大切にされているのが見て取れる。
「これは凄いですね! 見た事もない品物ばかりです」
ヘーリアンティアが目を輝かせる。
「これは……、この国と交易のない地方の物でしょうか?」
「東方から流れて来た品かも知れぬな」
スクァーマが緑色の鱗に覆われた顎を撫でながら言う。各地を放浪した彼にしても見覚えのない物ばかりの様だった。
「左様。これは遥か東の国で戦士が使う武器だ」
老人が捩れた木の角を手に取って罅割れた様な声で言った。
「山と海を越え、月を崇める砂漠の民の国を超えた遥か東に香辛料が山の様に取れる国が在る。その国の民は信心深く、真理を得る為に修行する行者が沢山居た。
この木像はその国の聖者を彫った物だ」
その言葉には、声も出ない程に驚いた。ウェネーもスクァーマも眼を見開いている。東方の砂漠の民の国は陸路、海路共に難所を越えなければ辿り着けない。また言語、信仰が全く異なる事もあり、ヘーリアンティアの住む国と信仰を同じくする諸国とは、過去幾度となく戦争が行われてきた。一応の小康状態にあり交易が行われている現在でも、この地に住む者で行った事が有るというのは命知らずの武装商人とその護衛位のものだった。この老人はそこから更に東の国に行って来たという。まるでマルコ=ポーロが突然目の前に現れたかの様だ。驚くなという方が無理な話だった。
「それは、インディアスに行って来た、という事ですか?」
ウェネーが慎重に言葉を選んで言う。
インディアスは伝説の地だ。高価な香辛料のみならず、染料、絹、宝石、貴重な品々が溢れんばかりに生み出されると云う。商人達のみならず、西方の国々も貿易路を開拓しようと躍起になっているらしいが、成功したという話は皆無だ。陸路は砂漠の民に押さえられ、海路では辿り着けないとされている。プトレマイオスの『地理誌』によれば、インディアスの海はアフリカとアジアの大地に囲われた内海なのだ。だが、それとて実際に確認した者は居なかった。
「まあそういう言い方も出来る。実際はそんな言葉では括れん程に色んな国が在ったがな」
「ご老人は冒険者だったのか?」
「うむ、蜥蜴族のお若いの、お前さんと同じ様にな」
良く見れば、老人は顔にも腕にも無数の古傷が刻まれている。戦いを生業としてきた人間である事は明らかだ。
「ほう、分かるか」
「分かるさ、宮仕えとは匂いが違う。それに年の功さ」
老人が殆ど歯の残っていない口を開けて笑う。老人の重ねて来た時間の前には歴戦のスクァーマも形無しの様子だ。参った、とでも言う風にスクァーマも鋭い牙を剥き出して苦笑する。
「おじいさん、ぜひその頃のお話を聞かせて下さい!」
ヘーリアンティアが顔を高潮させる。ここまで来て老人の冒険譚を聞かない手など有るはずがない。このまま帰っては夢に見てしまいそうだ。
「愛らしいお嬢さんに話してやりたいのは山々だが、わしも霞を食って居る訳ではないのでな」
老人が飄々と目の前に置かれた商品を指差す。ここから先は有料という事だろう。
「ウェネー、此処に至ってまさか渋ったりはしないですよね。ね?」
ヘーリアンティアは縋り付く様にウェネーを見る。今回、彼女の小遣いを管理しているのはウェネーだ。生殺しはあまりにも切ない。
「乗りかかった船です。仕方が有りませんね」
ウェネーが苦笑する。勿体付けてはいるが、ウェネー自身老人の話に興味津々の様子だ。
「ありがとう、ウェネー。そう来なくては始まりませんよね!
……では、これを頂く事にします」
迷いながらも木像を指差す。この異国の聖者を模したという木像が浮かべる表情は、今まで見たどんな彫刻とも違う独特の風格がある。これが彫られたという未知の国を想うと胸が弾んだ。
「ありがとうよ。
さて、ではどこから話そうか」
代金と引き換えに木像を引き渡し、老人はゆったりとパイプに煙草の葉を詰め始めた。ヘーリアンティアは木像をぎゅっと抱きしめながら言う。
「せっかくですからおじいさんが冒険者になったところから聞いてみたいです」
「欲張りなお嬢さんだな。……まあ、よかろう」
老人は目を細めると葉を詰め終えたパイプを咥え、詰めた葉の部分に指先を当てる。すると赤い方陣が指先の空間に描かれ、小さな火が灯る。火の第一階位『種火』の方術だ。老人は数回パイプを吸うと金属製の道具で炭化した葉を押さえ、もう一度火を点ける。パイプを愉しむ為には二度火を点けなければならないのだ。
パイプを口の端に咥えると、老人はいよいよ語り始める。
「そちらの方術士の姉さんが産まれるよりもずっと前、蜥蜴人のお若いのも産まれておらん位の昔の話さ。
わしが生まれた家はそれなりに裕福な商家だったのだがな、わしはどうも金勘定が好きになれなんだ。
黙って親父の商いを継げば食うには困らんのに、馬鹿な話だがな。
街の荒くれ者と付き合い、時にやり合って剣を学んだ。立派なごろつきさ。
で、親父と大喧嘩して家を飛び出したのだが、当然食うに困ってな。何とはなしに選んだ生業が冒険者だった。
今考えても、あの時は飯さえ食えれば冒険者でも何でも良かった。ごろつきだか冒険者だか分らん連中とつるんでいたからそうしただけだ。
何気なく選んだ事がその後の道を決める。人生にはそんな事だってある。いや、大半がそんなものかもな。
……お嬢さんは『ギルガメッシュ叙事詩』を知っておるか?」
「はい、初めて『迷宮』を打倒した冒険者達の物語ですよね。大好きなお話です」
「ああ、わしもあの物語が好きでな。親父の本棚から引っ張り出して何度も読んだものさ。
この国が出来るよりもっと前、古き良きローマよりも遥か昔。
この大地には今よりもっと多くの『迷宮』が存在し、魔獣どもが跋扈しておったという。
人は猫の額の様な領土で魔獣に怯えながら身を寄せ合って暮らしていた」
「そこで冒険王ギルガメッシュの出番ですね」
「うむ。勇敢で愚かだった若き王ギルガメッシュは魔獣を避けて国に閉じ籠る人の弱さに我慢が出来なかった。そこで自ら剣を取り、盟友の賢者エンキドゥと4人の仲間と共に自ら『迷宮』に挑んだのだ。
人は魔獣を退け、『迷宮』を越え、己の意思で未知を切り裂く強さ持つ事を証明する為にな。
初め、賢しらぶる人々は愚かな王を嘲った。危険な未踏地に分け入るなど正気の沙汰ではない、と。
しかし、ギルガメッシュが数々の試練と戦いの果てに『迷宮』を打倒し、戦利品と共に凱旋すると人々は考えを改めた。
王に出来るのならば我らにも出来ない筈がない。ひとつ、我らも勇敢なる愚者とならん、とな。冒険者の誕生だ。
数える事も出来ない程の時が流れて、ギルガメッシュの国はもう無い。だが、ギルガメッシュが人々に示した意思はまだ有るのさ。食うに困って冒険者に成った、碌で無しのわしの中にさえな。
人を冒険者たらしめるもの、それは遥かなる未知へと挑む気概だ」
老人が痩せた胸に手を当てる。冒険者として生きた己を誇る様に。そうすると、裏路地のみすぼらしい露天商に過ぎない老人の姿が、祈りを深める敬虔な神官にも見える。それは、遥か昔から語り継がれて来た物語を継ぐ者の姿だった。神話と己を繋ぐ語り部の存在にヘーリアンティアの胸は震えた。
「若かったわしは、ともあれ冒険者になった。一端の勇敢なる愚者を気取ったのだ。今思えば、己をギルガメッシュになぞらえたのだな。冒険の始まりだ。
まずは力を蓄えねばならん。わしは駆け出しでも入れる『迷宮』に潜り、経験を積み金を貯めて装備を整えた。
最初の『迷宮』を走破する頃には共に戦う仲間と幾つかの技能を得ておった。となれば次に向かうのはより危険度が高い『迷宮』だ。それを繰り返す内、気が付けばわしは腕利きという評価を得て、傍らには信頼できる戦友が在った。
正直に言えば、それまでのわしは毎日を生き残る事に必死でな。そこに至ってやっと自分の目標について考える余裕が出来た。
なあ、お嬢さん。冒険王ギルガメッシュの治めた国は何処に在ったと思う?」
ヘーリアンティアがあどけなく小首を傾げる。
「そうですね、『ギルガメッシュ叙事詩』には頻繁に棗椰子が登場しますよね。棗椰子が育つ地方のお話ですから、ここよりずっと南が舞台である事は間違いありません。
さらに考えれば、ギルガメッシュとエンキドゥの旅の目的の一つが杉の木を手に入れる事でしたよね。つまりは杉の木が自生しない土地である事も明白ですね。
南東の砂漠の民の国の何処かでしょうか?
あちらの情報は中々入って来ないですから、断定はし難いですが」
ウェネーが続けて言う。
「『ギルガメッシュ叙事詩』の最後に大洪水に関する記述が有ります。
これは彼の国が氾濫を繰り返す大河の近くに在ったという事に他ならない、という説を聞いた覚えが有ります」
「洪水伝説は様々な神話に見られますけれど、『ギルガメッシュ叙事詩』はその中でも最古の部類ですよね?
『ギルガメッシュ叙事詩』の影響を受けて各神話に洪水伝説が取り入れられたのか、本当に大地を洗い流す様な災厄がかつてあったのかは悩ましいところですが……。
あちらの正確な地図と植物の生育が分かれば、ある程度は絞り込めそうではあります」
「しかしお嬢様、植生というものは迷宮に生える植物によってもかなり変化しますからね。
杉の木を求めて他の土地を旅したのか、それとも杉の木を求めて近くの迷宮に挑んだのかによって、相当に範囲は変わります。そう簡単に絞り込む事は出来ないのではないでしょうか?
私は地元に残る伝承を探りながら、地道に大河の周りを探索せざるを得ないのではないかと思います。
華々しい発見に目が眩みがちですが、考古学とは極めて地味な作業なのですよ」
「ウェネーらしい堅実な見解ですが、ああいった古い地域は年経た凶悪な魔獣が多いと聞きます。長い期間に渡って徘徊するのは極めて危険ですよ。
伝承にある『動く山』やら『洪水の竜』に出くわしたら、一巻の終わりです。
私は危険を避ける意味で、勘を交えてでも良いのである程度絞り込んだ上で探索、即撤収を繰り返すべきだと思います」
「お嬢様らしい柔軟な方針ですが、その段階で直観に頼るのもまた危険が大きいですね。人を人たらしめているのはあくまで理論ですよ。
貴方は確かに素晴らしく勘が鋭いが、それは産まれ持っての魔力によるものです。何らかの要因で魔力が乱れたら、狂いが生じかねませんよ」
思わずああだこうだと言い合ってしまう。それを見て老人が目を細める。
「お嬢さん方は博識だな。まるでわしの仲間だった方術士の様だよ。
そいつは偉い貴族の家に生まれた癖に、全て放り出して冒険者に身をやつした変わり者でな。知らない物など無いと思える程に物知りな奴だった。方術の腕だって冴えに冴えた。
街の悪たれに過ぎないわしと妙に馬が合ってな。殆どの冒険を共にしたよ。
気取って言えばわしのエンキドゥだな」
かつての仲間を讃える老人は、自分の事の様に誇らしげだ。
「で、そいつが言うのよ。
口伝として各地に伝わる『ギルガメッシュ叙事詩』を比較すれば、東方に行くほど古い形態の物語を残しているとな。
ここいらではギルガメッシュは人の子だが、東方では神の血を継いだ半神の王とされている。
また仲間の数も東方に行くほど少なくなるらしい。これは原典に近いほど王を神と同一視する神話としての側面を残していて、時代が下るほど『叙事詩』が冒険者の範とすべき寓話へと変質していった証拠だとな。
これを聞いたときは魂消たね。こんな考え方をする者がいるのか、とな」
「成るほど、面白い切り口ですね。その方術士殿は大変な教養の持ち主だったのですね」
ヘーリアンティアは思わず唸る。全く、世の中には色んな考え方があるものだ。この逸話だけでもその方術士が各地の言語、文化を包むように理解した傑物だと分かる。こんな話を聞けるのだから、城を抜け出すのが止められないのだ。
そして、そんな学識を持った仲間を引き連れた老人の話もいよいよ盛り上がって来た。大好きな物語の舞台が解き明かされるのではないかという期待に興奮を隠せない。
「もしギルガメッシュの国の場所が分かるのなら、是非行ってみたいものですね」
「わしだって行ってみたかったさ、お嬢さん。そして、我がエンキドゥはそれが東方に在るという。
ならばわしらの次なる冒険も自ずと決まる。
東方、月を崇める民が治める砂漠の国を目指したのさ」
老人が吸い終えたパイプに残った灰を陶器の皿に打ち捨てる。間をおかず新たな葉を詰め始める。
「東方へと抜ける道には幾つかあるが、わしらはまず南の自治都市連合に向かった。
彼の地は陸上、海上を問わず東方との貿易が盛んだからな。
しかし、海路で東方入りするのは諦めざるを得なかった。
海はな、恐ろしい場所だ。破壊不能な『迷宮』が入り組み、『魔王級』の途方もない大きさの怪物が潜んでおる。
海に住み海神を崇める海の民どもと渡りを付けねば、陸に住む我らには手出し出来ん領域だ。
それ故に、安全が確認された海路は秘中の秘として国や都市に厳重に管理される。
商船に便乗しようにも、商人の同業組合やその上の都市と複雑な契約を結ぶ必要が有り、行動を制限されるのだ。わしらにはその条件が呑めなんだ。
かといって自分で船を仕立てようにも恐ろしく金が掛かる。伝手も知識も無かった。
海上戦にはな、地上戦とは違う独特の工夫が必要なのだよ。
わしも後に何度か船での戦いを経験したが、所詮わしは陸に住む人間なのだと痛感させられた。
揺れる船体は踏ん張りが効かず、海の魔獣は陸のそれとは全く違う。何より、船を守らねばならん。
海で戦う戦士は幼少より船に慣れ独特の武器、隊列、方術を修めそれを秘匿する。優れた海上戦士は引く手数多だからな」
海が恐ろしい場所だということはヘーリアンティアにもよく理解出来た。
幾度か父の視察に付いて海辺の街に行った事が有るのだが、城下町を探検しても苦笑して頭を撫でるだけの優しい父が、勝手に海に近付く事だけは決して許してくれなかった。物々しい護衛の騎士を伴った父に連れられて、少し見物したきりだった。
しかし、その時に見たあまりに大きい海の広がりは、ヘーリアンティアに感動と同時に疑問を与えた。
「海の向こうはどうなっているのでしょうね?
古の賢者ピタゴラスが、この大地が太陽の周りを回転する球体だと唱えて以来、様々な学者がそれを裏付ける考察と発見を重ねてきましたが。
確かに、月食の時に月に差す影は丸いですね」
老人が大笑いする。
「物知りなお嬢さんは何にでも興味があるのだな。
ならば冒険者に成って自分で見てみれば宜しい。
……しかし、丸いなんて事はなかろう。あいつも丸いと言っていたが、そんな馬鹿げた話があるものか。平らで端が滝になっているのが道理というものだ」
ウェネーが苦笑する。
「お嬢様、ご老人には失礼ですが冒険者なんていけませんよ。
……天文学を齧った者の間では、丸い大地が世界の中心だという考えは何百年も前から常識ではありますね」
そんな意見をスクァーマが豪快に笑い飛ばす。
「お前達も案外に無教養だな。大地は亀の背に乗った甲羅なのだ。故に楕円形だ。
それに冒険者大いに結構ではないか。己の力を試すには持って来いだ」
「無教養はお前だ、蜥蜴族の小僧よ。そんなでかい亀が何を食って生きておるのだ」
「空に浮かぶ星以外に食う物などないだろう」
「馬鹿垂れが。食ったら無くなるだろうがよ」
「星は食っても無くならぬ。朝には消えているが夜毎再び現れるだろう?」
老人とスクァーマが本筋から外れて罵り合いのような論争を始める。ウェネーはそれを呆れた顔で眺めている。普段ならつまらない言い争いなど即座に止めさせるヘーリアンティアだが、今回はそれどころではなかった。その華奢な体を衝撃と感動と曰く言い様の無い衝動に震わせていた。
――冒険者になって自分で見ればよい。
全く以ってその通りだ。馬鹿ではなかろうか、何故今まで思い至らなかったのだ?
この世界の空と大地には神秘が満ちている。
あの森の向こうには何があるのか?
あの山を越えたらどんな場所に辿り着くのか?
あの海の向こうはどんな光景が広がっているのか?
こんな事が、幼い頃から気になって仕方がなかった。
城の使用人達も、父が付けてくれた家庭教師も、へーリアンティアが質問すれば何でも答えてくれた。けれど、森の、山の、海の更なる先の先。世界の果てまで話が及ぶと、皆言葉に詰まった。今にして思えば当然だ。誰もその光景を見た者は居ないのだから。勢い、書庫に篭り古今の書物を読み耽る事になる。
プリニウスの『博物誌』。プトレマイオスの『地理学』。イブン=バトゥータの『三大陸周遊記』。マルコ=ポーロの『東方見聞録』。枢機卿ピエル=ダイイの『世界の姿』。教皇ピウス二世の『世界誌』。
古今東西、世界の姿を書き記した賢者は数多い。他にも興味深い書物は山ほど有る。そうして書庫の膨大な書物の大半を読み終えた時、ようやく朧気ながら世界の形が見えてきた。
人の世界は狭い。大地は未踏地によって分断されている。森には魔獣が、山には飛獣が、海には巨大な海獣が潜むと云う。さらには数多の迷宮が空間を歪ませ、人の侵入を拒んでいる。それらを蹴散らし、踏み越えたその先。
東には月を崇める砂漠の民の国が在るという。
西には砂漠の民と争い海洋を探検する、海の冒険者達の国が在るという。
北には船を操り海を渡る、戦の神を崇める勇敢な戦士達の国が在るという。
海を越えた南には、死せる王を巨大な建造物で祭る、死者を友とする民の国が在るという。
砂漠というものは海の様に広大で、昼は焼ける様に暑く夜は凍える様に寒いという。人々は砂漠に点在する水が湧き出す豊穣の地に集まり、独特の信仰の元に定めた戒律に従って暮らしているそうだ。また、非常に学問が盛んで、この国で使われている道具にも東方からもたらされた物が多いという。最先端の学問である錬金術も彼の地で産まれたものらしい。いやしくも学問を学んだ身としては当然行ってみたい。そして、偉大なる冒険者マルコ=ポーロの記述をこの目で確かめてみたい。
西の半島の国は過去砂漠の民に占領されていた様だが、永い戦いの末に再征服された。その結果、砂漠の民の影響を受けた独自の文化を持つに至った様だ。近年では海上交易路開設の為盛んに探索船を出し、造船から航海術の研究、船員の育成まで盛んに行っているという。老人も言っていた様に、海というものは途方も無く広く恐ろしいが、反面大きな可能性を秘めているのだ。もしインディアスへの海路を発見出来たのなら、交易のあり方そのものを変えてしまうだろう。真に前人未到の神秘は海の向こうにこそ広がっているのかもしれない。海上冒険者として海を目指すのならこの地で学ぶのが一番だろう。
北方の民は屈強な海の戦士であると同時に商人であり、驚く程に広い範囲で活動しているらしい。ゲルマニカ領の港にも出入りしていると父から聞いた事がある。それどころか、西方に広がる海を越えた先の大地に渡ったという伝承すら有るという。そんな恐れを知らない戦士達が住む地は此処より遥かに寒く、夜でも明るい神秘的な時期が有るらしい。さらに北に進めばますます寒さは厳しくなり、凍ったまま溶けない海すら在るという。海の戦士達は恐ろしいが、死ぬまでに見てみたい光景だ。
南の大地では人は死後再び動き出す為、特殊な処理で死体を保存し復活の時を待つそうだ。その国の王の墓は、遥か彼方から見える程に高く、隙間に剃刀すら入らない程に精密に積み上げられた巨大な石造建築だという。古の数学者フィロンが残した『世界の七景観』という本では、この墳墓の中でも最大の物が讃えられている。また、偉大な王アレクサンドロスの名を冠する都市の大灯台は、平時は船乗りを助け、戦時は太陽の光を集めて敵船を焼き払うという。古今東西のあらゆる書物を集めたという史上最大の大図書館もこの都市にある。本好きとしては垂涎の都市だ。是が非でも一度は往かねばなるまい。
他にも興味深い場所は世界中に山の様に在る。
プラトンが記述した伝説の大地アトランティス。ブリタニアに在るという謎の巨大環状列石。東方のどこかに在るといわれる伝説のアマゾネスの国。数千年にわたり打倒されていない神話級の迷宮、バベルの塔。内陸に在るにもかかわらず死の海と呼ばれる、生き物が存在しない塩の湖。砂漠地帯に在るという移動する湖。インディアスの海に在るという鉄が使われた船を沈める磁石島。ローマの時代に交易があったと云う遥か東方の絹の国。そして絹の国の更に東、世界の果てに在るという、黄金と銀に溢れた竜の島の伝説。
世界は神秘で満ちている。最早これらを見ないで生きるという選択肢は取れそうにない。ならば今この瞬間から研鑽を積んで、自ら冒険者として赴こう。
ヘーリアンティアは心を決めた。
「私は、冒険者に成ります。
世界の全てを見る為に」
夕刻を告げる教会の鐘が少女を祝福するように鳴り響いた。