97:
ASUKA side
夜の11時前。
やっと終わった仕事にため息をついて、今朝連絡をいれてきた義弟のことを思う。
仕事が早く終わったら様子を見に行くとは言ったものの、結局この時間まで長引いてしまった。
それでも様子だけは見に行こうとみなみに連絡を入れて義弟の住むマンションに向かった。
「お疲れさまー」
「みなみ。お前どうしたの?」
「どうしたのって。私の弟が風邪で寝込んでるってのに、様子見に行かないって鬼でしょ」
「お前に看病される方が鬼だな」
「なーんか言った?」
「いや、なにも」
おかゆっつって、なんか液状化したものとか出てきそうじゃん。
風邪と並行して食あたりとか起こしそう。
とは言わずに、みなみを連れて澪の部屋に向かう。
「ぶっ倒れてたりして」
「ありえるね。あの子、病院死ぬほど嫌いだからね」
みなみは何かを思い出したのか、くすくすと思い出し笑いをして見せた。
本当に、こうやって見ている分には美人で可愛いのに。
ほんっともったいない。
「まぁ嫌いなのは病院だけじゃないんだけど」
「どういう意味?」
「あの子、薬もだめなのよ。お子ちゃまでしょ」
「苦いからとかいう理由?」
だったら本当にお子ちゃまだよな。
普段はその辺の大人と変わんないくらい大人びてるのにな。
「うーん。あいつさ、小さいときにすっごい薬飲まされてさ。余計ひどくなっちゃって」
「併用しちゃったんだ?」
「そうそう。親が何も考えないでね。もう大変だったんだから」
「そりゃあ薬嫌いにもなるかもな」
「おかげで病院も嫌いになるし、あいつが風邪ひいたら最悪だったの」
確かに。
風邪ひいたのに病院行きたくないとかな。
色んな意味で親泣かせだよな。
「さ、着いた、着いた」
大人しく寝てるか、廊下にでもぶっ倒れてるか。
これは見ものだなぁ。
みなみの鍵で澪の家を開けようとして、鍵を回すとガチャンとなった。
「え、開いてた?」
「あいつ鍵閉めてないの?」
「それはないんじゃない?ていうか家出てないんだし普通は閉まってるでしょ」
うーんと2人で首をひねった後、もう一度鍵を回して開けると、玄関の電気をつけた。
見た感じ、どうやら廊下には倒れていないみたいだ。
うん、一安心。
が、そんなことよりも気になるものを見つけてしまった。
澪の靴だろうスニーカーの隣に、ちょこんと置かれた濃い茶色のローファー。
どう見ても女物。
「え、なにこれ」
みなみも玄関に並ぶ靴を見てぽつりと呟いた。
そして俺の顔を見て、ローファーを指さした。
「誰のだと思う?」
「うーん…1人しか思いつかないけど、」
終電もうないんじゃないか?
この前もこの時間帯で終電がーって言ってた気がする。
「慌てて澪のローファー履いて帰っちゃったとか?」
「うーん‥陽向ちゃんならあり得そうだけど」
あの子ならやりかねないと、ちっとだけ思う。
しっかりしているように見えるし、実際にしっかりはしてるんだけど、なんでだろう。
危なっかしいところがあるっていうか、ちょっと抜けてるっていうか。
まぁそこがまた可愛いんだけど。
「とりあえず澪の様子だけ見ないと」
病院も薬も嫌い、おまけに飯も作れねぇし外にも出れねぇ状態の澪を見るために、澪の部屋をノックする。
中からの反応はない。
「寝てんのかー?」
少し大きめの声を出して中からの反応を待ってみるも、物音すらしない。
どうやら本当に寝ているみたいだ。
みなみに一度目くばせした後に、そっと部屋のドアを開ける。
中は微妙に暖かく、さっきまで煖房がついていたんだろう。
真っ暗の部屋に廊下からの光が差し込んで、中の様子を俺らに見せた。
「へぇ、」
すやすやと、しんどそうではあるが、ベッドで寝入っている澪。
そのおでこに手を置きながら、澪に寄り添うようにしてベッドサイドに座って寝ている陽向ちゃん。
微笑ましいような、それでいて少し複雑な思いがした。
「うわぁ、」
同じことを思ったのか、俺の後ろから顔を出したみなみは小さく感嘆を漏らした。
「澪の看病してくれてたみたいだな」
ベッドサイドの机に置かれた茶碗と皿を見て、なんだか申し訳ない気持ちになった。
澪が呼んだわけではないにしろ、彼女には手間をかけさせた。
「ありがとう」
そっと、小さな声で言って、茶碗や皿を持つ。
陽向ちゃんもぐっすり眠っているようで、規則正しい寝息を立てていた。
と、俺の目にあるものが入る。
それを見た俺は、思わず自分の口角をあげてしまった。
「気持ち悪い顔してないで、これかけてあげて」
「…お前、それ旦那に向かって言う言葉か?」
気持ち悪いって。
けっこう傷付くぞ。
みなみは毛布を持ってくると、陽向ちゃんと肩にそっとそれをかけた。
そして、俺がさっき見たものを目撃。
「…さっきの俺と同じような顔してるぞ」
口角上げてにやって顔。
当事者じゃないとわからないってやつ。
「うるさい。でもまぁ…澪も風邪ひいてラッキーなんじゃない?」
「そうかぁ?それに、これが繋がってるかなんてわかんないだろ」
「繋がってるわよ」
「だといいけどなぁ」
「どっちなのよ」
「さぁな。さ、澪の無事も確認できたし帰るぞ」
「はいはい」
お盆をキッチンの方へともっていき、置手紙だけを残して澪の家から出る。
帰り道、思い出すのはさっきの2人。
布団の中に入れられた彼女の手。
ちょうど澪の手のあたり。
それが繋がっていたのかは、あの2人にしかわからないけれど。
繋がっててほしいと、願う自分がここにいた。




