08:
「だーかーら、なんでこうなるんだよ」
「いや、なんでむしろこうならないの」
晩ご飯を食べ終えて、お風呂も入り終えた私と旭はリビングで机を挟んで言い合っていた。
挟まれた机の上には数学の参考書とノートがひろげられている。
ただ今、絶賛勉強中である。
かれこれ教えてもらい始めてから1時間は経つ。
が、まったくもって理解できてない。
「なんで俺と同じ頭しててこんな問題も解けねぇんだよ」
「だって私文系だし」
「だったら理系なんていくんじゃねぇ」
「だってー理系女子のほうがかっこいいじゃん」
「は?お前バカだバカだとは思ってたけど、そこまでバカだったの?なにその理由。そんな理由で理系選んだの?バカ?バカなの?」
「ちょ、バカバカ言わないでよ」
さすがの私でも傷付くじゃない。
言葉くらい選んでよ。
「バカにはこれくらいストレートに言わなきゃわかんねぇかと思って」
「バカバカ言うなって言ってるでしょ。もっとわかりやすく教えてよー」
「これ以上ないってくらい噛み砕いて教えてやってんだけどな、俺は」
旭は横に置いてあったココアをぐびっと飲んで参考書をめくる。
「なに?勉強してんの?」
「「日和」」
「うん、俺お前らの兄貴だからな。兄さんって呼ぼうな」
「「日和おかえり」」
「‥うん、ただいま」
スーツ姿でリビングに入ってきた日和は座ることなくキッチンに向かうと、冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注いだ。
「就活?」
「まーな。やっぱ厳しいわ」
コキコキと首を鳴らしてこっちまで来た日和は私の隣に腰を下ろした。
どうやらそうとうお疲れのようだ。
「今父さんが風呂行ってる」
「そう。母さんは?」
「聖のお母さんのとこに回覧板渡しに行ったっきり帰ってこない」
もう30分くらい経つんだけどね。
相変わらず長話が好きだ。
「ご飯は?」
「むこうで少し食べてきた」
「そっか」
「お前らは勉強か。相変わらず仲良いな」
日和は苦笑しながら言うと、私の頭を撫でた。
…なんで頭撫でられてんの、私。
「陽向の理解力が低すぎて困る」
「旭の説明が下手すぎて困る」
「うん、お互い様ってことだな」
全く…と言った日和は、旭から参考書を受け取ってパラパラとページをめくっていく。
こうやって見てると、やっぱり日和もかっこいい。
黒髪の短髪で、爽やかで温和な感じがして、優男をそのまま表したような感じ。
旭もこんな感じになっていくのかなーと思うと、なんかずるい。
「だいたい陽向、理系だろ?こんな問題も解けないでどうすんだよ」
「私文系だもーん」
「知ってるよ。でも理系クラスなんだろ?文転でもする気か?」
「もちのろん」
「「は?」」
私の答えに旭と日和は目を点にして私を見る。
旭に関しては「やっぱお前バカだろ」って顔が物語っていた。
こういう時に手をとるように言いたいことがわかるから嫌だね、双子って。
「本気か?」
「んー‥クラスごと変わる気はないけどさ。文系教科って勉強しなくてもそこそこ取れるし、大学を選ぶときに文系の学科に行くかもってだけ」
「なんだそれ」
「理系クラスにいっといたほうが自分のこれからの選択肢が増えるかなって」
「…なんつー打算的なやつ」
「私バカじゃないもーん」
べぇっとあっかんべを旭に向ければ、旭にでこピンをされた。
ばちってけっこういい音がした気がした。
……痛い。
「わかんなかったら本末転倒だろ」
「だから聞いてるんじゃん」
「開き直んな、バカ」
「ちょ、日和までバカって言わないでよ」
バカって言われると地味に傷付くんだってば。
さっきから旭に連呼されてるからダメージ倍増だってば。
「使えるものは全部使わないとって言ったの日和だからね」
「‥言ったな。言ったよ、確かに」
日和は深いため息をついてから旭に「頑張れ」と一言言った。
「陽向最近サボってばっかだから理解力落ちてんだってば」
「違うよー、あれが全力なんだよー」
「さっきめんどくさいって言ってただろうが」
「うー‥ちゃんと理解してるからあの点数なんだよー」
旭がいじめるよー。
てかもう怖いよー。
「だろうな。つーかここわかんなくってもあとわかれば、問題ないんじゃね?」
「あるよ!先々困るじゃんか」
「…陽向ってなんつーかさ、抜け目ないっていうか、打算的っていうか、なんか、侮れないとこあるよな」
「旭に言われたくない」
旭だって、なんでも計画的にやってるくせに。
自分のこと棚にあげないでよね。
「お前らってやっぱ双子だよ」
お茶を飲み干した日和はうんうんとひとり頷いて立ち上がってキッチンにコップを置きに行く。
「どこに双子だって再確認するとこあったかな」
「さぁ‥日和の頭の中は俺にもわかんねぇ」
「‥お前らのそういうとこが双子だって言ってんだよ」
ため息と一緒にもらされた日和の言葉に、私と旭は首を傾げるしかなかった、