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「食ったー」
「ね。2人分にしてはちょっと作りすぎちゃった」
普段は4人分か5人分作っちゃうからね。
ちょっと分量とかわからなくなるんだよね。
使ったお皿やコップを流し台に持っていき水を流していると、桐生が残りを運んできてくれた。
「片付けくらいするよ」
「いいよ、別に。桐生お風呂いっちゃえば?」
「‥‥‥え、」
「いっちゃいなよ。私これ片付けたら帰るし」
そっちのほうが私も暇を持て余さないし、いろいろ考えなくて済む。
ね?と後押しするように言えば、桐生は少し迷った後に風呂に行く準備をしだした。
それを見送った私は、小さくため息をこぼした。
「あ、勝手に帰んなよ」
ちらっと顔だけ出してそれだけ告げた桐生は、おそらくだけど風呂場に向かった。
まさか念押しされるっていうか、釘刺されるとは思わなかった。
「‥帰んなよって、」
逃げたいよね、やっぱり。
こうやって1人になると、いろいろと頭の中を考えがめぐる。
いろいろな複雑な気持ちが心を揺さぶられる。
私はここにいていいのだろうか。
彼のそばにいていいのだろうか。
さよならをしたくせに。
関係は終わったのに。
忘れたいと願ったのは、記憶に新しくて。
この気持ちに蓋をしようと決めたのは、ここ最近の話で。
なのに。
そう思えば思うほど、彼の存在は大きくなって。
名前を聞くたびに、姿を見るたびに、締め付けられるような感覚を覚える。
私じゃない誰かと一緒にいるだけで、ちくりとした痛みを感じる。
会わない日が続けば続くほど、彼が好きだという気持ちが大きくなる。
日に日に気付かされていく。
「好きになんかならなきゃよかったね」
なんてね。
そしたら、こんなにも辛くなかったのに。
こんなにも悲しくならなかったのに。
思うことはたくさんあるけれど。
それでも強く思うのは。
私は今でも、桐生が好き。
「神崎?」
「……へ?」
「へ、じゃなくて。上がったよ。ぼーっとしてたけどなんか考え事?」
風呂上がりの桐生は火照っているのか、いつもより顔がほんのり赤かった。
少し茶色がかった髪は乾かされておらず、水が滴っている。
それがどことなくエロい。
「神崎?」
「髪くらい、乾かしなよ」
風邪ひくじゃない、と言って、顔を下に向けると、赤くなった頬に気が付いたのか、桐生は笑いながら私の顔を覗いてきた。
「顔真っ赤」
「うっさい」
「かーわい」
「…っ、」
桐生は笑いながら、私がさっき洗ったコップを2つとも取り出して、ご飯を食べていた机に置いた。
その机の上には、見覚えのないシャンパンが置かれている。
…‥なんでシャンパン?
「なんでって顔してる」
「そりゃするでしょ。シャンパンなんて買ってないもん」
さっきの買い物でシャンパンは買ってない。
そんなものがなんであるのって、普通疑問に思うよね。
「今日は何の日でしょう」
「何の日って…クリスマス?」
「ピンポーン」
茶化しながら言った桐生は笑いながら、さっと後ろから小さめの白い箱を取り出した。
見覚えのあるその箱を桐生は机の上に置いてそっと開けた。
中から取り出されたのは、可愛らしいサンタさんが乗ったホールケーキだった。
「‥‥‥うそ、」
「せっかくのクリスマスだしな」
信じられないものを見るようだった。
ケーキなんて買った覚えもないし、いつ買いに行ったかもわからない。
「‥あ、もしかして、さっきの?」
「あーまぁ。どうせならケーキとかほしいじゃん、せっかくだし」
桐生は照れているのか、わしゃわしゃと自分の髪をタオルで乱暴で拭いた。
照れてるのはこっちなんですけど。
こんなことされて、惚れないわけないのにね。
「まぁ遅くなったのはこれ買ったからだけど」
「………え、」
スッと、ケーキの横に置かれたのは茶色い紙袋だった。
紙袋にはクリスマスをモチーフにしたシールが貼られている。
「これって、」
「クリスマスプレゼント」
「‥もらえないって」
クリスマスプレゼントを渡されるような仲じゃないし。
そもそも、私は桐生に返せるクリスマスプレゼントを持ってない。
そんなの、もらえない。
「なんで?」
「だって、」
「料理も作ってもらったし、そのお礼も込めてあげるんだけど」
桐生はそう言って、机の上に置いた袋を持って私の前に差し出した。
「もらえないってば」
「もらってくれなきゃ、これごみ箱行きなんだけど」
困ったように笑った桐生は、差し出したその手を引こうとはしない。
「…ずるい」
そんなふうに言われたら、受け取るしかないじゃない。
私が紙袋を受け取ると、桐生は満足そうな笑顔を向けてくれた。
その笑顔もずるいよね。
「開けても?」
「どうぞ。気に入ってくれるといいんだけど」
頬をポリポリと掻きながら言った桐生は、キッチンの方へ行って包丁と取り皿を持ってきた。
その間に、私は紙袋をそっとあける。
中には、見覚えのあるものが入っていた。
見覚えはあるけれど、今日ずっと人のをつけ続けていたもの。
「似合うと思うんだけどなぁ」
桐生は私の手から取ると、そっとそれを私の首にかける。
少し大きめのそれは、ぐるぐるっと私の首をまわった。
空気に触れていたそこは、包まれて温かさを感じる。
「ほら似合う」
桐生はそう言って、私にワインレッドのマフラーをかけた。




