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「じゃあこれで合同練習は終わります。お疲れ様でした」
ニナの言葉にいったん解散になった私たちは各々帰りの支度をする。
そんな中、数人の男子が練習の準備をしだした。
どうやら自主練をして帰るつもりらしい。
真面目だねー、ほんと。
「瑛太も自主練して帰るの?」
「そうですね。ここは設備もいいですから」
「僕もいいですか?」
「いいですよ」
アランは瑛太の返事に目を輝かせていた。
相変わらず弓道大好きっ子だ。
アランが居残り練習をすると聞いたほかの1年生も練習をすると言い出してしまった。
え、やだ。
「どうします、陽向さん」
「‥しない」
「陽向さんだけですよ?残らないの」
「もう弓を射る神経と集中力残ってない」
マジで摩耗してるから、今。
このまま直帰して今すぐに布団の中にダイブしたい。
クリスマスだってのに、とかいう文句は受け付けない。
「桐生君と会うんですか?」
「…なんでそうなるのよ」
「そのマフラー、彼のですよね」
「目敏い」
「同じクラスなら嫌でもつけてるところを毎日見ますからね」
思わずマフラーを持っていた手に力がこもってしまったのは仕方ないと思う。
ついでにいうなら、口元もひくついてしまった。
「それにその上着、誰のですか?」
「これ?旭の」
「「「「ええ!?」」」」
「え?なに?」
旭の名前を出すと、日暮高校の人達にすっごく見られた。
なに?
なんでそんな見られてるの?
ていうか怖いんだけど。
「神崎の上着!?」
「マジか、それ!?」
「つーかなんで神崎!?」
口々にそう言った彼らは私に詰め寄る形でじっと私を見た。
何て答えようかと思っていたら、私の前にニナが立った。
「はいはーい、女の子にそんな鬼気迫る顔で見ないのー。ちょっと考えればわかることだろー?」
「‥ニナ、すっごく誤解を生むような助け方をしてくれてありがとう」
「すっごく皮肉が入ってるけど、どういたしまして」
ニナはへらっと笑うと手を振った。
私は荷物を持つと弓道場を出た。
向かうは体育館だ。
近くなってきた体育館を見ると、わらわらと人が出てきているのが見えた。
どうやらちょうど向こうも終わりを迎えたようだ。
ちらっと覗くと、日暮高校の人達が体育館の片づけをしていた。
壁の端には男子生徒が着替えをしている。
「旭!」
「‥陽向?どうした?」
旭の姿が見えたから声をかけると、旭は駆け寄ってきてくれた。
私は旭に持ってきていた上着をお礼を言って渡した。
旭はそれを着ると、私の首元を見た。
「‥あの白のマフラー誰の?」
「へ?」
「へ?じゃなくて。あれお前のじゃないだろ」
「桐生…」
「なーんだ、やっぱあいつのか」
「見当ついてたの?」
「当たり前だろ」
旭はそう言うと、大きなあくびをひとつした。
「ちなみにいうならあれがお前の好きな男ね」
「ちょ、旭!?」
「俺に隠し事できると思ってんの?バカ?やっぱバカなの?」
「バカバカ言わないでよ!」
ていうかなんでばれてんの!?
私ってそんなにわかりやすい!?
「まぁなんとなくだよ」
「なんとなくで旭にばれるって‥」
「でもまぁ‥いや、別にいいや。頑張れよ」
「なにその意味深な感じ」
なんかすっごく気になるんですけど。
「陽向部活は?」
「終わった」
「もう?」
「うーん、残ろうかと思ったんだけど、疲れちゃったから帰る」
なんていうか精神的に。
それに間違いなくあの2人衝突するし。
あれの面倒見るの、正直すっごい体力いるし嫌なんだよね。
「そうか…どうすっかな」
「自主練するんでしょ?いいよ、そんなに暗くないから1人で帰れるよ」
「んなこと言ったって、駅に着いたときには暗いだろうが」
「だーじょうぶ!そういえば旭、今日帰ってくるの?」
「は?」
「だって去年、誰かの家に泊まったよね?」
合宿の後のくせに夜通しでゲームしてクリスマス過ごしたのは誰よ。
ていうか寂しいクリスマスだよね、それ。
「‥‥忘れてた」
「やっぱり今年もあるんだ?」
「帰るよ」
「いいじゃない、楽しんできたら」
「でも陽向、」
「私は聖の家に行くから。ね?」
本当は聖も今日は家族でご飯に行っている。
だから、聖の家に行ったって聖どころか聖の両親もいない。
だけど旭には我慢してほしくないと思う。
「いいのか?」
「いいって言ってるの。そのかわり年末掃除手伝ってよ?今年は親いないから大変なんだから」
「はいはい」
旭は苦笑すると、小さな声で「さんきゅ」と言って体育館の中に戻っていってしまった。
…これで本当のロンリークリスマスになちゃったわけだ。
どうしたものかね、ほんと。
「双子にまで気遣ってたら世話ねぇな」
「…なんでそこにいるかな」
なんで話聞いてんだ、この男は。
私は後ろの壁にもたれかかっている桐生を睨むようにして見る。
振り返った先にいた桐生はジャージ姿で立っていた。
「つーかばれてんじゃないの?」
「まぁ強がってるくらいは察したんじゃない?でも人の気遣いを踏みにじるようなやつじゃないから」
私の兄は。
そう笑い返せば、桐生は呆れたような顔をしてため息をこぼした。
そして私の手を掴んだ桐生は体育館のほうへと歩いて行く。
「ちょ、桐生!?」
「つまり、この後お前に予定が入ればお前も向こうも気を遣わずにいられるんだろ」
「は?いや、まぁ‥え、桐生?」
え、何考えてんの、この人。
私の思考回路がついていっていないことをいいことに、桐生はずんずんと体育館を歩いて行く。
桐生が歩いて行った先にいたのは、さっきまで私の前にいた旭だ。
「陽向?‥と、霧学の、」
「悪いんだけどさ、あんたの双子借りるわ」
「「は?」」
桐生君?
借りるってなに?
ねぇ、借りるってなんですか?
桐生の言葉を聞いた旭は少し黙った後に、ニヤッと一瞬だけ意地の悪い笑みを見せた。
あの顔はよくないことを思いついた時の顔だ。
でもって私にとってすごくよくないことが起こる前兆だ。
「あさひ、」
「いいよ」
いやいや、本人の許可なく話進めるのやめてくれない?
私まだなにも了承してないんだけど、これってどういうことなんですか?
「じゃあ、」
「でもその代わり」
桐生の言葉を遮った旭は、珍しく綺麗な笑みを携える。
ああもう、嫌な予感がひしひしと。
「俺今日家に帰らないと思うんだよね」
「…それが?」
少し雲行きが怪しくなってきたことに気が付いた桐生は、顔を顰めた。
「これを俺が家に帰ってくるまで1人にしないって約束できるなら借りていいよ」
‥‥‥ぱーどぅん?
え、この愚兄今さらっと何言った?




