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「え、なに」
「首がさぶそう」
そう言って桐生は、自分がさっきしていたマフラーを私の首にかけた。
それは見覚えのある白いふわふわのマフラー。
いつだったか、桐生の家に行ったときに、帰りに首に巻いてくれたものだ。
ふわりと、桐生のにおいが鼻を掠めた。
「あり、がと」
「どういたしまして」
そう言った桐生は私の隣に腰を下ろした。
桐生の手には、さっきまで気が付かなかったけど、コンビニの袋があった。
どうやらお昼ご飯はまだ食べてないらしい。
「ここで食っても?」
「どうぞ。私もまだ途中だから」
そう言うと、桐生は安心したような顔を私に見せた。
その表情を見ると、少しだけ複雑な気分になる。
この前のクリスマス直前のイベント以来、桐生がわからない。
あんなに距離をあけていたのに。
あんなに忘れようと頑張っていたのに。
あの日以来、私の中で桐生は大きくなりつつある。
あの日以来、頭の中ではあの日のことがぐるぐる回る。
‥どうして桐生は、私にキスなんてしたんだろう。
「仲良いんだな」
「…旭のこと?」
「ああ」
「そうだね。私の半身だし」
「ちょっと仲良すぎるような気もするけど」
桐生の言葉に、苦笑を返して「よく言われる」とだけ言った。
昔からよく言われていた。
陽向ちゃんが旭君の隣にいるからお話しできないって。
陽向ちゃんがいると旭君が相手してくれないって。
「よく勘違いされるよ」
でもね、それって旭も悪いんだよ?
周りの子に全然否定しないし。
「お前それでいいの?」
「へ?」
「勘違いされたままでいいの?」
「ああ、それね」
ねぇ、それはこの前までの私たちの関係のことを言ってるの?
本当に、この男の考えてることはよくわからない。
「別にって感じ。私と旭の関係は変わんないし、ちゃんと聞かない向こうが悪いって思うようにしてる。
旭にとってはこっちのほうが都合がいいみたいだし、」
私にとっても別に都合が悪いわけでもないから。
そう言うと、桐生はまた複雑そうな顔をした。
「どうしたの?」
「…いや、なんでもない」
「そう?」
なんだか雰囲気とかが違う気がするんだけど。
隣の桐生を少し気にしながら、買ってきたおにぎりを口の中に頬張る。
こうやって桐生と並んで一緒にいるのは久しぶりかもしれない。
懐かしい、なんて思ってしまう自分に、思わず笑みがこぼれてしまった。
「神崎?」
「へ?あ、なんでもないよ」
「そう?」
「うん。そういえばさ、今日予定とかなかったの?かっちに無理に駆り出されたんでしょ?」
帰ってこないけど、さっきかっちが行った校門の方を見て言えば、桐生は綺麗な顔の眉間にしわをつくった。
どうやら、本当に無理に駆り出されたらしい。
「俺の家って日暮高校からそんなに遠くないんだよね」
「あ、そういえばそうだね」
最寄駅も同じだもんね、確か。
「朝の8時頃に電話来てさ。9時過ぎに日暮高校にバスケが出来る格好をして来いって言われて」
こさされたわけね。
かっちも無理なこと頼んだね、ほんと。
「よく来たね。今日クリスマスだよ」
「クリスマスだからって特にすることないからな」
「桐生が声かければ女の子なんてホイホイついてくるじゃない」
ていうか、街歩いてるだけで、その辺のお姉さま方から声かけてもらえるじゃない。
と厭味たらしく言うと桐生はまた眉間にしわを寄せた。
よくしわ寄せるなぁ…綺麗な顔がもったいない。
「そんなクリスマス過ごす気になるか」
「確かにね。それならここでバスケしてるほうがましって?」
「バスケするの嫌いじゃないからな。そういう神崎は部活か?」
「そ。合同練習」
「男しかいないだろ」
桐生の言葉に、さっきのことを思い出してため息をこぼした。
携帯で時間を確認すると、あと20分くらいしたら1時になる時間だった。
あと15分くらいしたら、またあの険悪なムードが広がる弓道場に戻らないといけない。
「まぁ弓道に男女ってあんまり関係ないからね」
「確かにな。せっかくのクリスマスなのにな」
「別に‥一緒に過ごすような人いないし。旭も部活だし」
日和だって今卒論で研究室に缶詰らしいし、両親にいたっては、子どもたち置いて2人で旅行にいちゃったからね。
ありえなくない?
子どもたちがいないからって、両親水入らずでハワイ旅行って。
しかも年越しも向こうで過ごすって。
どんだけーって感じじゃない?
仲良いのはいいことなんだけどね。
…今ごろ飛行機の中かなぁ。
「ていうか、旭もさっき一緒に帰ろうかって言ってたけど、多分部活の子たちと過ごすと思うんだよね」
「そうなのか?」
「わかんないけど、去年も旭はそんな感じだった」
「…ふぅん」
「あ。私そろそろ弓道場戻るね」
そろそろ戻らないと、あの2人が揉めだした時に止める人がいなくなちゃう。
そう思って立ち上がると、ふいに後ろから腕を引かれた。
「うわ、」
そんなこと思ってなくて、後ろに体勢を崩した私は振り向きながら桐生の方へと倒れこんでしまった。
「ぃった、」
「……大丈夫か?」
「‥っ、」
ごつんと、頭が鳴ったから、多分桐生のおでこにおでこをぶつけたんだろう。
ぶつかって目を瞑っていた私はそっと目を開ける。
目を開けた私の目に映ったのは、目と鼻の先にある桐生の端正な顔。
息がかかるほどに近くなった桐生との距離は5㎝もあるだろうか。
「ごめ、「やだ、あれ!」
謝ろうとした私の言葉にかぶせて聞こえてきた声にそちらを見れば、かっちと同じジャージを着た女子が数人こちらを見ていた。
……ちょっと待て。
これってマズイんじゃないか?
今の状況。
桐生に覆いかぶさるようにして倒れこんでいる私。
それを支えるように、それでいて手を引いたんじゃないかと思わせる桐生の体勢。
桐生の手はしっかりと私の腰に回ってる。
距離は定規も入らない5㎝。
もしかして、もしかしなくてもだ。
勘違い、されてる……?




