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午後の部が始まって1時間と40分。
このイベントも佳境に入ってきたようだ。
徐々に学校内で運命の相手を捜す人の数も減ってきた。
と、いってもそれはごく一部のようで、大体の人はまだ校内を彷徨っている。
まぁ、そんなもんだよね。
「あ、桐生君だ!」
「私さっき聞きに行ったけど違ったぁ」
「誰なんだろうね、王子様のお相手」
「誰であろうと許さないし」
「王子様の手の甲、なんて書いてあったの?」
教室でぼーっとしている私の耳に届くのは、廊下を歩く女子の声だった。
どの女子もさっきから桐生か瑛太か伊織君の話ばかりだ。
あー、嫌だ嫌だ。
なんで女子の会話に出てくる異性トップ3と知り合いなんだ、私。
どっかで人生間違えたかな。
「何書いてあっても関係ないのにね」
そう言って、私は天井に手をかざす。
明かりのついていない教室でかざした手は、眩しくもなんともなかった。
はぁ、とため息をついて感傷に浸ってる時だった。
ガラガラと大きな音を立てて教室の扉が開いた。
そちらを見て、思わずぎょっとする。
「マイハニー!」
「げ、せ、先輩、」
「見つけたよ!さぁ、僕と一緒にランデブーしよう!」
鼻息荒く近づいてくるものだから、その手を振り払って先輩の体に体当たりしてしまったのは不可抗力だ。
が、先輩はなにを勘違いしたのか、どことなく嬉しそうにうっとりした顔を私に向ける。
「いきなり抱きついてくるなんて‥大胆だなぁ、マイハニー」
自分が吹っ飛んでおいて抱きついてくるとか、どういう解釈!?
ていうかこの人、本当にマジでヤバいんですけど!
なに?
なんで?
なんでこんな変態がいるの!?
3年生ってなんなの!?
「待ってよ、マイハニー!!」
「待つわけないでしょ!!」
ガタガタと椅子やら机やらを防壁にして、私は教室から飛び出す。
よかった、ここの教室の扉が1つしかなくて。
と、胸を撫で下ろしたのもつかの間。
ガタガタという音が再度響き渡って、教室から出てきたのは、相変わらず鼻息を荒くした先輩。
「来ないでってば!」
「待ってよ、陽向ちゃん!」
「待てって言われて待つ馬鹿がどこにいるのよ!?」
だいたいさっきから思ってたけど、陽向ちゃんってなんだ、陽向ちゃんって。
初対面だろうが。
と、脳内でぼろくそに言いながら、足は必死に廊下を駆け回る。
なんとなく、捕まったら最後な気がした。
私の中の危険信号が、引っ切り無しになり続けている。
「あれ、陽向さん?」
「あ、瑛太!ごめん、今忙しい」
「忙しいって‥廊下を走ってるだけにしか見えませんけど」
「変態が!」
「変態?」
「マイハニィィィィィィ!」
「ああ、」
「そんな憐みの目を向けないであれ、なんとかしてよ!」
「無理言わないでくださいよ。あんなの、触りたくもありません」
サラッと、当たり前のように毒ついた瑛太はサッと廊下を私と違う方へと曲がった。
え、嘘。
「裏切り者ぉぉ!」
「自分の身が一番かわいいってよく言うじゃありませんか。話は部活の時に聞きますから」
ね?とまるで聖母のような笑みを携えた瑛太は、ぴしゃりとどこかの教室の扉を閉めた。
あいっつ、
「マジで覚えてろ!」
あいつに助けを求めた私が間違ってるのか?
小学校からの付き合いだし、この学校にいる誰よりも付き合い長いのに。
「つっかまーえ、「ってたまるかぁ!」
思わず、通りかかった水道に置いてあったたわしを投げつけてしまったのはご愛嬌だ。
あれ、けっこう痛そうだよね。
たわしって普通に触るだけでも痛いもんね。
と、思って十数メートルの距離も保ってちらっと安否の確認。
痛みに悶えていた彼は、うずくまった後にムクリと顔をこちらに向ける。
よし、生きてる。
「ひ、陽向ちゃん、」
お、切れたか?
遠目に見てもわかるほど、先輩はふるふると体を震わせている。
ちょっとやりすぎたかもしれない。
やっぱりたわしじゃなくて、その横にあったスポンジにするべきだった。
「も………く、れ」
「はい?」
え、今何て言いました?
スポンジを見すぎて聞いてなかった。
「もっと僕をいじめてくれぇえ!」
「はぁぁ!?ちょ、マジで勘弁、むりむりむり!」
ぐわっと、立ち上がって私を追いかけだした先輩を見た私は、慌ててそばにあった階段を降りる。
なに、ほんとになに!?
なにあの人!?
なんでたわし投げつけただけで、あんなドM体質に変化してんの!?
「まっじでふざけんな!」
廊下を駆け抜ける私を見るほかの生徒は、私を追いかける変態を見た途端に憐みの視線を向ける。
女子なんか、悲鳴を上げてどこかへ隠れる始末だ。
…先輩、明日からどうやって生活していくんだろう。
ちょっと先輩のこれからが心配になったり。
「て、いう、か、そろそ、ろ、限界っ」
「僕から逃げられるわけなじゃん!」
いや、なんで息上がってないの、この人。
いやさっきから、非常に耳にしたくない荒い息は聞こえるんだけど。
けっこうな距離走ったよ、私。
……作戦変更。
私は角を曲がって、曲がって、極力直線を走ることを避けて、テキトーなところで教室に入る。
そして滑り込むようにして、掃除用具の入ったロッカーに隠れた。
「…っち、マジでしつこい、」
たまらずついた舌打ちとこぼれた言葉。
走ってきた自分の火照った身体に感じた、自分のものとは違う温かさ。
「……へ?」
「へ?じゃないんだけど、」
「〇※△☆☓%⦿!?」
声にならない声が、口からもれたような気がした。
どうして掃除用具庫の中に、
桐生がいるのでしょう…?




