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「ああくそ。しつこい」
現在、絶賛逃走中。
よくわからない、とりあえず気持ちの悪い人から。
「どこ行ったの!?陽向ちゃん!?」
身を隠した場所、木の上から私を捜す3年生の先輩を見る。
黒髪黒目、中肉中背、取り立ててこれっという特徴もなければ、取り立ててこれっという悪いところも見当たらない。
平々凡々という言葉がしっくりくる人。
…あれ、私、今までこんな人求めてたんじゃなかったっけ。
「どこ行ったの、マイハニィィィィ!!!」
前言撤回。
そうだ、確かに私は平々凡々を求めてはいたけど、性格非凡は求めてない。
なにがマイハニーだ。
つーかいつからマイハニーになんかなったよ。
私を捜す彼の手の甲には、私と同じスペードの12が書かれている。
どうにかしてごまかせないものかと、逃げてる最中に必死に手の甲をこすってみたものの、油性はかなり手強いらしい。
恐ろしいほどに落ちない。
油性の凄さを改めて実感した。
「マイハニー!!!」
そう言って、先輩はどこかへと走っていってしまった。
それをしばらく見送ってから、木の上で待機。
というか、意外とここの居心地の良さに気が付いてしまった。
「…とりあえずどうするよ」
初めて会った同じマークの人。
もう1人、同じマークを持つ人がいるはずだ。
どうせ捕まるなら、あんな変態よりは、もう1人の人の方がいい。
まぁもう1人をまともな人っていう前提で話は進めてるけど。
携帯で時間を確認する。
開始から3時間。
終了まで4時間。
「長いな、」
あと4時間って。
これは早々に相手見つけて生徒会本部に行った方が自分的に良さそうだ。
負担も少なそうだし。
まぁその相手がいないから今こうやって木の上にいるんだけど。
どうすっかな、ほんとに、これ。
そう言って、また手の甲に視線を落とす。
マジでプラカードでも持ってその辺練り歩くか?
いやでも、そんなことをしてまたさっきの変態が来たら困る。
「陽向先輩みーっけ!」
「え?…って安里か。驚かさないでよ、落ちたらどうすんの」
「心配ないですよー、先輩運動神経いいですから」
アハハーと笑った安里はきょろきょろと周りを見渡してから、あろうことか、気によじ登ってきた。
「落ちるよ?ていうかここ、そんなに広くないんだけど?」
「知ってます。そこ、普段の私のサボり場所なんです。いいとこでしょ、そこ」
「サボってたんだ、やっぱり」
「どうしても授業に出たくないときだけですよ。そんな頻繁には来ませんから」
私の言葉に安里は必死になって弁解する。
どうやら瑛太に言われると思ったらしい。
「瑛太には言わないから」
「ほんとですか!?」
「言わないよ。ていうか、そんな瑛太って怖い?」
ずっと気になっていたことを聞くと、安里は答えにくそうに、でも確かに首を縦に振った。
おお、やっぱり。
「朝倉先輩だけじゃなくて‥その、陽向先輩も普段は優しいし面白いんですけど、一度弓持っちゃう人が変わるっていうか…雰囲気が全然違うから」
「あー、」
昔から瑛太によく言われてたなぁ、それ。
普段からそんな感じじゃなくてよかったですねって、サラッと毒吐かれた時は殴ってやろうかと思ったね。
「朝倉先輩っていっつも笑顔じゃないですか。何考えてるのかわかんない」
「ハハ、確かにね。でも心配しなくてもあいつお腹黒いから自分たちの思ってることを思ってるって解釈していいよ」
「それって全くよくないですよね」
「そう?」
「そうですよ!だってそれって結局朝倉先輩がよく思ってないってことじゃないですか」
「そうだねー」
ハハハ―と笑って返せば、安里はむすっとした顔を私に向ける。
「先輩は朝倉先輩と付き合いが長いからいいですけど、」
「まーまー、落ち着いて。確かに瑛太はお腹黒いから何考えてるかわかんないよ?」
そんなの、小学校からの付き合いの私だってわかんないもん。
まぁだいたい言ってることの反対のことを思ってるんだろうなってことはわかるけど。
「でもね、瑛太って本当に嫌なこととか気に入らないことがあったら、もう恐ろしいくらい饒舌に厭味を言ってくれるから」
あれはすごいよ。
よくもまぁノンブレスであそこまで言えるもんだと、いつも感服してた。
いや今でも感服だよ。
あの頭の回転の速さといい、人を貶める才能といい、右に出るものはいないんじゃないの。
「それがないなら、裏ですっごいこと思ってても、そんなに嫌なことじゃないってことだよ」
「…なんか、ずっと思ってましたけど、」
「うん?」
「陽向先輩って、ポジティブですよね」
「え、そう?」
よく言われるけど。
私ってそんなにポジティブかな?
けっこう最近はネガティブだし、うじうじしてたけど。
「そういえば先輩、別れたんですよね、王子先輩と」
「…うん、そうだね」
ていうか、王子先輩っていうネーミングね。
いったい誰がそんな名前を名づけたんだ。
「それって、」
「関係ないよ」
「え、」
「千里は関係ないよ」
「嘘!だって千里と仲良くしてたって日から先輩たちすごくぎくしゃくしてたじゃないですか!」
「あー‥それはそう見えただけで、千里は関係ないよ、ほんとに」
実際に何かあったとすれば、そのあとの五十嵐君だから。
五十嵐君と出会うきっかけを作ったのに一役買ってたとしても、それだけだ。
「だから早く部活に出ておいでって言っといて。千里に凄く避けられてるみたいだから会えないんだよね」
「‥先輩」
「じゃあ私もうそろそろお昼食べに行くね」
よっと、いう声を出した私は、木の真下に着地すると、どことなく不安そうな顔をしている安里を置いて校舎の方へと向かった。




