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「君、手の甲を見せてくれるかな?」
「いやぁぁぁ、もっと他にいるはずよー!!」
「待ってくださーい!!!」
「ハートの5を持ってる人ー、どこにいるのー?」
チャイムが鳴って2時間ほど経った今。
校舎のあちらこちらで悲鳴やら怒号の声やらが飛んでいる。
それを聞きながら、さっき購買で買ったコーヒー牛乳にストローをさした。
「相変わらずマイペースですね」
「あ、瑛太」
聞こえてきた声に反応するようにして手をあげると、瑛太も同じように手をあげた。
そのとき見えた手の甲には黒い文字で1と書かれていた。
「スペードのエースとみた」
「凄いですね、ビンゴです」
目を見開いた瑛太はそっと、袖をあげて手の甲を私に見せた。
……うわ、マジか。
いやピッタリだけどね?
でもさ、どっちかっていうと、クラブの13っていうイメージもさあるわけよ。
「陽向さんは……ピッタリですね」
「聖と同じこと言わないでくれる?」
「いいじゃないですか。今話題の人達を振り回してるんですから」
「人聞きの悪いこと言わないで」
誰かが聞いたら誤解を生むじゃないの。
ちゅーっとコーヒー牛乳を飲みながら、苦笑する瑛太を睨みつける。
瑛太はそれを長い付き合いのせいかヒラリとかわすと、声のする方へと顔を向けた。
そこには瑛太に走り寄る数人の女子生徒。
ネクタイの色を見る限りでは、どうやら1年生のようだ。
「「「朝倉先輩!」」」
「どうしたんですか?」
女の子たちの言葉に、瑛太は笑顔ひとつで受け答えをする。
瑛太の笑顔を見た彼女たちは、さっきまで廊下を走っていたとは思えないくらいしおらしくなった。
「あ、あの!先輩のマークを教えてくださいっ!」
「僕の?」
「「「はい!」」」
「クラブの19だよ」
嘘つけ。
と、心の中で呟きながら、肩を落としてどこかへ歩いて行く女の子たちを見る。
「かーわいそー」
「こんな面倒事に付き合ってられるほど、僕も暇じゃないんですよ」
「よく言うよ。彼女といちゃつくくらいの暇はあるくせに」
「彼女と会うのは暇だからじゃありませんから」
「はいはい。ごちそうさまでーす」
相変わらず、彼女のことを紹介はしないくせに熱々だこと。
このまま瑛太を茶化すのもよかったけど、なんとなく自分の身に危険を感じた私は、瑛太に手だけをふって教室から移動した。
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EITA side
手を振ってどこかへ行ってしまった、猫のような彼女のことを思うとため息がこぼれた。
さっきまで彼女が座っていた椅子に腰をかけ、先ほどからBGMのように聞こえる周囲の音に耳を傾ける。
「‥今頃彼も大変な目にあってるんでしょうね」
朝、学校に来るなり機嫌を急降下させた、我が校の王子様。
今ごろはきっと、歩く女の子ホイホイのようになっていることだろう。
それはきっと、彼と仲の良い吹奏楽部の副部長の彼も同じだろう。
‥まぁ、人のことを言えるような立場ではないんだけど。
「僕と陽向さんのこれが一緒だったらよかったんですけどね、」
生憎、そんな運命はなかったみたいだ。
呟きながら、自分の甲に油性で書かれたスペードのエースを見る。
そして思い出すのは、彼女に書かれていたスペードのクイーン。
ピッタリだと茶化したが、実際のところ、彼女にとっては笑える事態ではないかもしれない。
「それとも…運命、なんですかね」
彼女がスペードのクイーンを手の甲に記しているというのは。
今朝から機嫌が悪い彼が不本意にも手の甲に記しているというのは。
運命というよりも、神様の悪戯に近いのだろうか。
いや、違いはわからないけれど。
ただ言えるのは。
これがもし神様の悪戯ならば、神様は相当、意地の悪いことをするということ。
そう思うと、自然とため息がこぼれてしまった。
「‥朝倉、か」
「なんだかホッとしてるようですけど、どうかしましたか?‥桐生君」
扉のあく音とともにやってきたのは、冬だというのに、少し汗ばんでいる王子様だった。
あからさまに胸を撫で下ろしている様子を見ると、ここに来るまでに相当辛い目にあったんだろう。
「いや…なんでもないよ」
彼は取り繕うように僕に笑顔を向けた。
それは以前、陽向さんに見せていた笑顔とは全くの別物で。
それだけで、彼にとって陽向さんがどんな存在だったかを知るには十分だった。
それをみすみす自分から手放すなんて。
「見つかりましたか?運命の相手」
「いたらここにいないよ」
「確かにそうですね」
ふふっと笑う僕に、王子様は疲れてはいるが微笑みを返す。
いつだったか、僕と王子様が2人でいるところを見た陽向さんが怖いと言っていた。
貼り付けた笑顔で無言の圧力が往来してるって言っていた。
メンタルがすごくすり減るとも言っていた。
「見つければ早々にこんなイベント抜けるんだけどね」
「そう。僕、1人知ってますよ。君のそれと同じの書かれてた子」
王子様は一瞬だけど目を輝かせた。
確かにこんな茶番は早々に切り上げるにこしたことはないだろう。
「女の子?」
「はい、女の子ですよ」
「よかった…どうやらこれ、女の子1人みたいなんだ。助かったよ」
「…1人、なんですか」
神様は時として意地悪だ。
そして、
「教えてもらってもいいかな」
「いいですよ…彼女は、
あなたが一番欲しい人、です」
神様は時として、残酷だ。




