05:
「神崎さんってさ、彼氏とかいるの?」
「‥いないけど」
「だよね」
イラッ。
なんか今すっごい殴りたくなっちゃったんだけど。
「好きな人とかは?」
「いない」
「枯れてるねー」
イライラッ。
なんなのこいつ!
難攻不落だなんて言われてる王子様に枯れてるとか言われたくない。
「あんた私を怒らせたいわけ?」
「まっさかー」
ハハッと笑ってくれてるけど、絶対怒らせたいでしょ。
なんかすっごいムカつくもん。
「とっとと用件言って。部活に行きたいの」
「まぁまぁ。俺と話したくても話せない女子ってけっこういるんだから」
「だからなに。あんたと話したところで私にメリットなんてないし。ていうか、世の中の女子がみんなそうだと思うな」
どんだけ自意識過剰だよ。
どんだけ残念なやつなんだよ、こいつ。
「ちょーっとちょけただけじゃん。そんな怒んないでよ。ていうか口悪いな」
「うっさいな。ほんとになんなのよ」
「俺と恋愛ごっこしよっか」
「…………は?」
え、今この人笑顔で何言った?
恋愛ごっこ?
え、恋愛ごっこってなに?
おままごとみたいな?
「ぱーどぅん?」
「だから、恋愛ごっこ。まぁ監視を兼ねてだけど」
「……正気?」
「いたって」
「え、暑さにやられた?頭でも打った?変なもの食べた?」
ナニイッテンノ、コノ人。
「だから、信じらんねぇから監視するって言ってんの。監視するなら彼氏っていうポジションが手っ取り早いんだよ」
「却下」
「は?んなもんねぇよ」
「なんで!?」
あるよね!?
普通あるよね!?
ていうか私拒否していい立場だよね!?
なんで王子様こんな偉そうなの!?
「いいじゃねぇかよ。申し分ないだろ」
「私にも選ぶ権利くらいあるわ!」
なにが申し分ないだ。
ていうか自分でそんなこと言うなよ。
「言うねぇ。俺これでもモテるんだけどなぁ」
「その悪人面見せてもおんなじこと言えんの?」
「んー‥ワイルドな一面もあってかっこいい!みたいな?」
「……ああ、」
ありそう。
王子様信者なら、そういう一面もかっこいいとか言って肯定しそう。
うげ。
「言いそうにないってわかったら別れるから」
「‥そういう問題じゃないんだけどね」
「そう?」
「あんたさ、難攻不落だなんて言われてるのわかってるんでしょ?そんな人が急に彼女できましたって周りが騒ぐに決まってるでしょ」
ていうか主に王子様信者が放っておかない。
見つかったら血祭りにあげられる。
こういう時の女子ほど怖いものってないもん。
「俺から告ったってことにしとけば?」
「…、」
「そんなあからさまに嫌な顔すんなよ。さすがの俺でも傷つくぞ」
嫌なんだから仕方ないじゃない。
王子様からの告白って…いやいやいや、それはそれで血祭りにあげられるでしょうが。
「で?これいいって言ってくれなきゃ、これ返せないんだけど。まぁ俺は困らないけど」
「うぅ‥」
付き合いたくないけど、生徒手帳は返してほしい。
あいつがないと、マジで明日っていうかこの先困る。
「…別に付き合わなくてもいいじゃない」
だいたい今まで接点だってなかったんだからさ。
急に付き合いましたって明らかにおかしいじゃんか。
「そんなこと言ったら俺神崎さんのことストーキングしなきゃなんない」
「はぁ!?」
「嫌でしょ?」
「当たり前なこと言わないでよ!」
「じゃあ俺と恋愛ごっこしよっか」
「しない!」
絶対しない!
イケメンな彼氏とかノーセンキューだし!
私、彼氏は平々凡々のどこにでもいるような、見た目優しそうな人って決めてるの!
「じゃあこれいらないの?」
「いる」
「じゃあ」
「嫌」
「わがまま」
「だって納得いかない。なんで監視で付き合わなきゃなんないのよ!あんた自分の人気っぷりわかってんでしょ?ていうか、もっと別の方向で考えなよ。何のための学年トップの脳みそよ。なんなの、学年トップはお飾りなわけ?」
ふざけんじゃないと思って、まくしたてるように言う。
言ってから気づく。
……やば、言い過ぎた。
王子様の肩小刻みに動いてる…え、怒らした?
「え、ちょ、」
「…ぷっ、」
ぷっ?
え、噴き出し音?
「ククッ、ハハハ、あんたほんっとに口悪い。あー、苦しい。クク、学年トップはお飾りかって…俺にここまで言うやつ初めて見た」
王子様はお腹を抑えながら、ヒーヒー言いながら笑っている。
目尻には涙がたまっているようで、王子様は指で涙をぬぐった。
…王子様ってこんな馬鹿笑いする人だったんだ。
やだ、どんどんみんなの王子様像からかけ離れた王子様が発見されちゃう。
「いいね、あんた」
「は?」
笑い終えた王子様はにやりと綺麗だけど意地の悪そうな笑みを浮かべた。
ああもう、ほんっとに悪魔みたい。
「これ返してやるよ」
「え、ちょ、」
ぽいっと、王子様は人の生徒手帳を私のほうに向けて投げた。
ぽすっと手の中に返ってきた生徒手帳にホッと胸を撫で下ろす。
「な、なに」
「いや?」
にやにやと、王子様らしからぬ笑みを携えた彼は、胸に生徒手帳を抱きとめている私を見ている。
思わず、2歩くらい後ろに退いてしまった。
「返したけどさ、監視をやめたわけじゃないから」
「え、」
それって。
え、それって…どういうこと?
「もっと面白いこと思いついた」
「‥面白いこと?」
ああもう嫌な予感しかしない。
「そ、面白いこと」
「なにそれ」
「んー?秘密。なんでもいいけどさ、部活行きたかったんじゃないの?」
……っは!
部活!
王子様の言葉に、まぁ最後のは気になったけど、私は部活へと向かった。
まさか私の後ろにいた王子様が、今まで見たどの笑顔よりも黒い笑顔を浮かべているとは知る由もなかった。