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王子様のからくり  作者: ゆきうさぎ
<第1部>
57/145

56:

見上げた先にいた桐生は、初めて会った伊織君みたいだった。


第二ボタンまで開けれられたカッターシャツに緩んだネクタイ。

ほんのりと感じる、男の色気。

はだけた襟元からのぞく鎖骨には、紅い痕がうっすらと見え隠れしている。


この階段の先にあるのは、屋上のみ。

どれだけ勘の悪い人間でも、大体のことは察しがつく。

彼がいったい屋上で何をしていたのか、なんて。


そしてそれを決定づけるかのように、甘く囁くような声が耳に入った。


「待ってって言ってるじゃない。いっつも先に行っちゃうんだもん」


そう言った声の主は、桐生の腕に当然のように自分の腕をからませる。

そして極上の笑みを桐生に向けてから、私がいることに気が付いたのか、目を丸くして私を見た。

そしてふふっと、勝ち誇ったような笑みを私に向ける。


「‥片岡、先輩」


腕を組んで隣り合う2人は、お似合いのカップルだった。

それこそ、つけ入るすきのないくらい。


「元カノさんが彼に何の用?」

「先輩、たまたま会っただけですよ」


絡められた腕を振り払うことなく、桐生は笑顔でそう答える。


「神崎、授業は?」


あんたもでしょ、という言葉を呑み込んで、私は桐生から目をそらす。


「僕も教室に戻るから一緒に戻ろうか」

「…え、」

「送ってくよ」


さも当然とでも言うように桐生は私に手を差し伸べる。

もう一度見た桐生の顔は、さっきと同じ笑顔を浮かべている。

桐生の後ろにいる先輩も呆気にとられているようで、せっかくの綺麗な顔が台無しになっている。


「いいよ、別に」

「そう?でもこのままじゃ教室に帰らないでしょ?」

「いいの。教室に戻る気なんてないから」


サボるためにここまで来たのだ。


「教室、戻るんでしょ?ほら、はやく行かないと」


遅れれば遅れるほど、理由がつけにくくなるでしょ。

しっしっと追いやるような態度をとると、桐生も諦めたのか、困ったように笑ってから私と先輩の前からいなくなる。


もう関係ないと、縁を切ったのは向こうなのに。

どうしてそんなにも優しくするの。

だから勘違いするんじゃない。


「いい加減にしてよ」


桐生が行った先を眺めていた私に、先輩が低い声で言った。

さっきまで桐生にかけていた甘ったるい声はどこへやらだ。

先輩の方に振り返ると、鬼の形相をした先輩がいて、私を睨みつけていた。


「あんた本当に迷惑なんだよね」


私より数段上にいる先輩は見下すようにして言葉を続ける。


「桐生君があんたみたいな子ども相手にするわけないじゃない。そんなのもわかんないの?」

「子どもって‥桐生も私も同い年です」

「だから子どもって言ってんのよ。桐生君は大人な女がタイプだって言ってたの」


そう言った先輩は勝ち誇ったように私を見る。

まるで自分は大人の女だと言わんばかりに。

たった1つしか歳も変わらないのに。


「ねぇ知ってる?彼がどんなふうに女を抱くのか。あんたは知ってるの?」

「それは、」

「私は知ってるわ。だって今も彼とシてきたんだもの」


そんなの、桐生の鎖骨についた痕と、あの姿を見ればすぐに察しはついた。


「諦めなさいよ。あんたみたいな二股もかけるような女、桐生君が相手にするわけないんだから」


片岡先輩はそう言うと、ドンッと私にぶつかってから3年生の教室がある方へと歩いていった。

その姿を茫然と見るしかなった私は、しばらくそこに立っているしかなくて。

何も考えたくないと頭は拒否しているのに、心の中は喚きたてている。


「神崎、」

「ど、して、ここにいるの、」


ひとりになったと思っていた私の前に現れたのは、教室に行くと言っていなくなった桐生だった。

さっきと同じ姿のところを見ると、教室の方には行ってないのだろう。

ということは、もしかしなくても、さっきの会話の内容を聞かれていた…?


「先輩が何か言うのは目に見えてたから、」

「…そう、」

「神崎?」

「別に大したこと言われたわけじゃないから」


あんたと私が付き合っていたら、それは大したことだけど。

今のあんたと私にとっては、それは大したことじゃない。

そうでしょう?

大したことじゃないから、お願いだから、優しくしないで。

その優しさが辛い。


「でも、」

「先輩、なんか勘違いしてるみたいだったから」

「勘違い?」

「‥だって、私とあんたは、好きあってなんかなかったでしょ?最初から」


この関係に、恋愛感情はいらない。


「そう、だったな」


桐生はそう言って、何もない天井を見上げた。

そしてまた、私の方を見る。


「五十嵐のこと、ふったんだってな」

「そういう情報は早いんだね」


相変わらず。

どうしてこうも他人の恋愛事情が、本人の知らぬところで漏洩してるんだか。


「また、あんたのところにでも来た?」

「諦めませんって言ってた」

「そっか。五十嵐君って一途なんだね」


良く言えば、だけど。

悪く言えば…そうだなぁ、諦めが悪いっていうのかな。


「…五十嵐なら、幸せにしてくれると思うけど?」

「本当にそう思う?」

「……ああ。少なくとも、俺よりは」


また、そういうことを言う。

そうやって、自分っていう選択肢をすぐになくしちゃうんだ。


本当に、桐生は、


「ずるい人だね」






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