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「早く冬休みになってほしいー」
「聖、それ口癖になってるね」
かっちと別れて教室を移動した後、再び3人で机を囲んだ私達はやってくるであろう冬休みの話をしていた。
あと1週間と少しもしたら、クリスマスなんていう恋人たちの一大イベントともに冬休みがやってくる。
まぁ成績表の返却っていう学生の一大イベントもやってくるんだけど。
「冬休みなんてなくていいのになー」
「かっちはお独り様だもんね」
「綿貫もだろうが」
「はいはい、今ここにいる人たちはアローンなんだから、その話はやめようねー」
言ってて空しくなっちゃうでしょー?
「‥神崎も寂しいな」
「へ?別に‥私クリスマスの日、部活あるし」
「いや、部活とかあってもその後とか、次の日とかに会えるじゃん」
ああ、そんな概念なかった。
でも、日ずらして会うってちょっと違うくない?
「私も旭君に会いたいよー!」
「合宿だから」
「知ってるもん!旭君のバカヤロー」
「神崎の兄貴って綿貫の彼氏だったり?」
「いんや、片思い」
ていうかさっき聖もお独り様だろって言い返してたじゃない。
「旭君、いつから休みに入るの?」
「さぁ?年末年始は家にいるだろうけど…ほとんど寝てんじゃない?」
それか近くの体育館行って1日中バスケしてるか。
どんだけバスケ好きなんだよって話だけど。
「片思いってこんなオープンにするもんだったか?」
「聖は特別。旭も聖の気持ちは知ってる」
それがまた問題だったりするんだけど。
いつになったら、ここも先に進めるんだろうね。
「ふーん‥こんな美人に振り向かないお前の兄貴ってのも見てみたいな」
「旭、バスケにしか興味ないからね」
「日暮高校だもんな‥やっぱうまいんだ?」
「まぁうまいんじゃない?私バスケは得意じゃないから」
日和に教えてもらってちょっとはできるけど。
それでも初心者に毛が生えたくらいだろうし。
「うまいわよ!しかもかっこいい!なんであの良さがわかんないかな」
「わかったらわかったで怖いよね」
自分の兄貴にときめいちゃうんだもんね。
考えただけでも鳥肌出ちゃうね。
「ていうかさ、ずっと思ってたんだけど、陽向電卓は?」
「へ?」
「へ?じゃなくて。今日電卓使うよ?」
聖に言われて周りの子たちの荷物を確認する。
参考書やノート、筆箱のとなりには、当然のごとく電卓が鎮座している。
「‥教室置いてきた」
「教室にあるの?」
「……多分。持って帰ってないと思うし」
教室のロッカーに入れっぱなしだったと思う。
はぁ、と大きめのため息をついて壁にかかっている時計を見上げる。
授業開始まであと5分。
…これは遅刻決定だな。
「今日の内容ってなんだったっけ?」
「さー?でも先生が電卓持って来いって言うくらいだから、手計算じゃ到底無理な計算させるんじゃないの?」
「ですよねー」
また、ため息。
これは取りに行くしか方法はなさそうだ。
「取りに行ってきまーす」
「いってらっしゃーい。先生にはうまいこと言っておくから」
「助かる」
ヒラヒラと手を振った聖とかっちに見送られ、私は教室へと戻っていく。
科学室から教室までは結構な距離がある。
往復で5分…ぎりぎり間に合うかってところだ。
少し早足に教室までの道のりを歩いていて、ハッと気が付く。
「…教室の鍵、閉まってるんじゃないの?」
いつぞや、教室で盗難事件があったとかで、各教室に鍵が付けられるようになって、移動教室の時はクラス委員が鍵を閉めるという決まりになった。
……やってしまった。
私のクラスのクラス委員も例に漏れず真面目だ。
鍵の閉め忘れとか、そんな野暮なことはしないだろう。
「‥え。戻るの?」
やだ、もう先生きてる頃だよね?
先生に見られながら、化学実験室もう1回出ていくの?
私そんな勇気ないよ?
「あ。借りる?」
誰に、と心に問いかけているときだった。
校内に聞きなれた始業のチャイムが鳴り響いた。
「どーりで人通りが少ないわけ」
廊下に人がいないと思ったら。
チャイムが鳴る頃だったのね。
これはもう化学はサボっちゃおうかな。
教室に行ったところで開いてないし、実験室に戻ったところで電卓持ってないし。
屋上にでも行こうかな。
「そうと決まれば、」
行動あるのみ。
と言い聞かせて、私は止めていた足を動かす。
誰一人として歩いていない廊下は非常に歩きやすかった。
教室の前を通っていると、先生たちの声が聞こえてくる。
それがひどく新鮮で、たまのサボりもいいかもしれないなんて思ったり。
階段をゆっくりとのぼっていく。
屋上に来るのは、桐生に呼び出されて一緒にお昼ご飯を食べて以来かもしれない。
そう思うと、少しだけ心が痛んだ。
たった1回しか来てないのに、あそこは大切な場所になりつつあるなんて。
今まで私なら、
「ありえないよね」
そんなふうに思っちゃうこと自体。
どこまで好きなんだか。
そう思うと、無性に彼に会いたくなる。
無性に彼の声が聞きたくなってしまう。
だけど、彼はもう隣にはいないのだ。
その現実が、私の涙腺を弱くする。
「‥っ、」
泣きそうになって、唇を噛み締めた私の頭上から声がふってきた。
それは少し前まで、すごく近くで感じていた声。
私が今、一番聞きたかった声。
一番会いたかった人。
「‥桐生、」
そう、そこに、彼はいた。




