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地を這うような声で「許せない」と言った聖は大きな舌打ちをついた。
「聖?」
「あいつ、勝手に自分の意見押し付けて‥陽向はそれでいいの?」
いいわけない。
でもこうするしか方法はなかった。
「ていうか‥そもそもなんでそんな関係になったの?」
「それは…ごめん、言えない」
「…あくまで秘密は守るわけね」
「まぁ、」
言わないとわかったから私フラれたわけだし。
これでべらべら言っちゃったら元も子もないんだよね。
「好きなら好きって言えばいいじゃない」
聖はため息まじりに言って、暗くなった空を見る。
そろそろ帰らないと、本格的に空は真っ暗になりそうだ。
「約束がって言うけど、人の気持ちほど変わりやすいものなんてないよ?」
「そう、だけど」
「当たって砕けろって言葉あるでしょ」
「砕けちゃったら意味ない」
「砕けてから言いなさい」
「え、ひどい」
この子、私を慰めにきたとかそういうわけじゃなさそう。
なんだろう、たまってた涙も引っ込んじゃった。
「好きなんでしょう?」
「…うん」
「恋は自分本位なものって偉い誰かが言ってたわよ」
だからって聖が偉そうにするのは間違ってると思うんだけど。
「どうしたいの、あんたは」
「私?」
「そうよ。このまま諦めちゃうの?少なくとも、王子様だってあんたのこと嫌ってなかったわよ」
ふんと鼻を鳴らすように言った聖は、泣きやんだ私を連れて教室の方へと歩いて行く。
どうやら帰りながら話そうとのことらしい。
「違うんだって」
「なにがよ」
「私が好きにならないって約束したの」
だってあの時は本当に好きになると思ってなかった。
好きになるなんてあるわけないと信じてた。
「だから?」
「へ?」
「だからなんだっていうのよ」
聖は振り返って私を見る。
呆れたような表情の中には、さっきまでの不安そうな色はない。
「あんたが王子様にどんな宣言しようが、王子様があんたのタイプと真逆の人間だろうが、好きになっちゃったものは仕方ないでしょ?惚れさせた向こうが悪いの」
廊下のど真ん中で、いくら人気がないとはいえ、そんなことを堂々と言っていいのだろうか。
呆気にとられている私にかまうことなく、聖はまた言葉を紡ぐ。
「泣くなら砕けてからにしなさい。した後悔よりしてない後悔のが大きいってよく言うでしょ」
聖は男前に言い切ると、誰もいない教室に入っていく。
その後ろ姿を追って教室に入って、机の上に置いてあるかばんを背負った。
何も言わずに下駄箱までの廊下をゆっくりと歩く。
隣には、いつもと違う、でも少し前には毎日と言っていいほど隣にいた聖が歩いている。
見えない姿に、思い出す姿に、また涙腺が緩んでくる。
溢れてきそうな涙をこらえるために、私は俯いてため息をこぼした。
「シェイクスピアのお言葉も満更じゃないわね」
じっと私を見ながら聖は言うと、下駄箱に入っていた靴を地面に落とした。
「シェイクスピア?」
ってあの喜劇王の?
あれ悲劇王だっけ?
なんかそれっぽい言葉ってあったっけ。
「恋ってのはため息と涙でできてるんだってさ」
今のあんただね、と、笑って言った聖は、よくわからないけどオペラ座の怪人を鼻歌で歌っていた。
…シェイクスピアってオペラ座の怪人じゃないよね。
「で?どうすんの?」
「どうしようね」
持て余しちゃったこの恋心ね。
しばらくはくすぶってんのかな、やっぱり。
「そんな簡単に諦められそうにないんだよね」
「あんた、けっこう惚れてるね」
「私もさっき気付いた」
私、桐生のこと、自分で思っていたより好きだったみたい。
「告白する気は?」
「ない、かな」
「ふぅん?いいの?それで」
「…うん」
聖は納得いかないという顔をしているけれど、何も言わずに「そう」とだけ言った。
「まぁ好きになっちゃったものは仕方ないからね」
「失恋って辛いなー」
「あーバカそれ言っちゃう?あんた五十嵐君ふったんでしょ?」
「まぁ‥遠回しに」
まだあきらめてないって感じだったけどね。
俺待ちますなんていうスタンスだったし。
「五十嵐君も絶賛失恋中でしょ」
「そうなるね」
「ならそれ言っちゃダメでしょ。ていうか、乗り換えちゃったらいいのに。五十嵐君だって優良物件ってのには変わりないでしょ」
勿体ないと付け足した聖は好奇心の色を帯びた目を私に向ける。
「五十嵐君ならあんたを大切にしてくれると思うよ」
「うん、そうだろうね」
きっと彼は、目に入れても痛くないってほどに愛してくれるだろう。
砂糖菓子にはちみつをかけたくらいに甘い言葉をくれるだろう。
だけど、それじゃだめなんだ。
「忘れられそうにないんだよね」
あいつを。
残念ながら。
きっと彼のことはしばらく忘れられそうにない。
ほんの数か月一緒に帰って、廊下ですれ違えば笑って話していただけなのに。
彼が私を占める割合は大きい。
それこそ、今、彼で頭の中がいっぱいになるくらいに。
だけど、彼のそばにはいられない。
彼の隣は私じゃない。
「次の恋が始まってるといいんだけどね、」
そんな願いが叶うことはないんだろうね。
恋がこんなにも切ないなんて。
初めて知ったよ。




