04:
「見た、よな?」
顔を近いままに、王子様はにこやかに笑いながら言った。
それは質問というよりは、確認だった。
ああもう、あの時さっさと逃げればよかったと、後悔しても遅いんだけど。
せめて顔隠しとけばよかった。
私は全力で顔を横に振る。
「嘘はよくないなぁ」
ね?と言った王子様はもう一度さっきの言葉を言う。
なんならさっきより語尾が強めな気がするのはきっと気のせいじゃない。
「これ落としたとこがどこかとか、なんで俺が持ってるんだとか、わかってるんだろ?」
それでも知らないふりするの?と、王子様の目が語っている。
王子の目、雄弁すぎるだろ。
「本当のこと言わなきゃこれ、返さないよ」
「え、それは困る」
「だろ?」
明日は身体検査がある。
何が何でも生徒手帳がないと困る。
「で?」
「……見た」
「やっぱり」
「ていうか、別にあんたが何にも言わなきゃ私だってこのまま墓まで持ってったわよ。品行方正で人格者で紳士的なんて言われてる王子様がけん、「ばっか、声でかい」
王子様は大きな声で言おうとした私の口を手でふさぐ。
そして私をしゃがませて、自分もその隣にしゃがんで身を隠すようにした。
廊下からは吹奏楽部らしき女の子たちの声が聞こえてきて、それと一緒に足音も聞こえる。
「…いったな」
ふぅ、と王子様が息をはいた。
その息が前髪にかかって、距離がすごく近いことに気が付いた。
って、手!
「ああ、ごめん」
「あんたね、」
「あんたが声でかいんだから仕方ねぇだろ。俺だってばれたくないわけよ」
「‥だったらやんきゃいいのに」
私、間違ってないよね?
ギャップ萌えとかあるけど、さすがにキャパオーバーだって。
ギャップとかいう範疇におさまってないよ。
「‥ていうか口調、」
「あ?なに、こっちのがよかったかな?」
優しい声色に戻った王子様は綺麗な笑みを私に見せる。
あ。
やだ、鳥肌。
「鳥肌が出るくらい嬉しい?」
「いやいやいや、どんな解釈したら鳥肌=嬉しいになんの」
頭湧いてんじゃないの、と言いかけて、この人が学年トップだと思い出す。
学年トップの頭がわいてるんだったら、私の脳みそってどうなってんだ。
「だってほかに鳥肌が出る理由ないし」
「どんだけポジティブなのよ」
「そう?あんたほどじゃないと思うけど」
「‥私のなにを知ってんのよ」
「えー?そりゃあ上からバスト、「ちょぉぉっと待ったぁぁ!」
何言おうとした!?
この人今なに言おうとした!?
バストっつった!?
バストって言ったよね、この人!?
「なんでそんなこと知ってんの!?」
「生徒手帳に、」
「書いてるか!」
そんな最重要機密事項!
つーか私でも知らんわっ!
「あれ、知ってた?」
「それ私の生徒手帳だからね」
書いた書いてないくらいわかってるっての。
「ていうか返してっ!」
「おっと。意外と積極的だね」
「や、違うっ」
王子様が持つ生徒手帳に手を伸ばそうとしたけど、体勢を崩してしまった私の体は王子様の上に倒れこむ。
王子様は何でもないように私の体を抱きとめた。
「お、腰細い」
「触んな!」
手、すっごい怪しい動きしてんだけど!?
「はいはい。倒れてきたのあんたなんだけどね」
「好きでそうなったんじゃない」
私は生徒手帳を取り返したいだけだ!
そう言いたげに王子様を睨んで、王子様の体から離れる。
「で?私をここに呼んだ理由は?」
「しいていうなら牽制?」
んー?と首をひねりながら言った王子様は立ち上がって、パンパンと床につけていた部分を払う。
「牽制?」
「そ。俺としてもばらされたくないわけ」
「だーかーら、言ったところで信じる人なんていないって」
「まぁ確かにそうだろうけどね。でも火のないところに煙は立たないって言うじゃん」
「‥言うけどさ、」
でもあまりに小さな火種過ぎません?
多分っていうか絶対信じないよ、みんな。
「俺も敵が少ないわけじゃないんだよね」
「そうだねー‥」
実際に聖はあんたを敵対視してるからねー。
「そういうの探られたら面倒なんだよ。だから口封じしときたいわけ」
「言わないよ」
「それで信じられるとでも?」
「信じろって言うしかないね」
「だろ?」
「でも言ったとして、私にメリットってないんだよね」
むしろ「あんた何言ってんの?」ってすっごい白い目で見られるのがオチだよね。
私平穏に3年間過ごしたいんだよね、やっぱ。
「ていうかさ、王子様だって実際のところそんな困ってないでしょ」
「困ってるよ?」
「言葉はね」
にこにこーって笑ってる顔が困ってる人の顔か。
本当に困ってる人を侮辱してるだろ、こいつ。
「まぁ俺も信じないと思うけどね。でも念には念をっていうだろ」
「…あっそ。で?牽制はしたし、それ返してもらってもいい?私部活あるんだよね」
「嫌って言ったら?」
「え、嫌っていう選択肢あんの?」
「だってまだ話終わってないし」
え?という私の顔とは対照的に、王子様は悪魔のような笑顔を私に向けた。