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「ごめんなさい」
1週間とは、案外すぐに過ぎてしまうもので。
彼に告白されたのが、昔のような、それでいて昨日だったような、不思議な感覚に陥る。
私の言葉に、彼がどんな表情をしていたのかはわからない。
だけど、多分、悲しんでいただろう。
だって、彼の声は、震えてた。
「1年坊やの恋は実らずじまいかー」
「そうやって私の傷をえぐるのやめてくれない」
「ふったあんたが傷付いてるってなにそれ」
じろりと聖に見られて、私は聖から目をそらす。
今日は五十嵐君から告白されてちょうど1週間と1日が過ぎた日。
私は昨日、五十嵐君をふった。
彼と会った、あの下駄箱で。
「でもまぁあんたには王子様がいるもんね」
「…そうだね」
最近、この言葉を聞くたびに、胸にちくりと小さな痛みがするようになった。
それがなんなのか、今の私は知りたくなくて。
「でもって、もうすぐ期末テストだね」
「そうだね」
「あんたにね、お願いがあるのよ」
「嫌」
「まだ何も言ってないわよ」
机に突っ伏す私の頭を、聖は丸めたノートでバシバシと叩く。
それが地味に痛かったので、私はむくりと聖の方に顔をあげる。
「どうせ桐生に負けるように言えとでも言うんでしょ」
「さすが親友、話が早いわ」
「嫌って言ってるじゃん。ていうか無理」
だいたい、それを私が桐生に言ったところで、素直に「はい、そーですか」って受け入れてくれるわけないじゃん。
そんなの言った暁には、あいつ意地でも学年トップ取るだろうね。
性格悪いから。
「なんであんなのが学年トップなのよ」
「はいはい、それは1年生の時から聞いてるよ」
暗記パンでも食べてるんじゃないの。
「でもさー、今回の期末、ちょっとばかりやばいんだよね」
「珍し」
秀才様の聖がそんなこと言うなんて。
ハイスペック人間にも苦手教科はあったか。
「ちょーっと今回化学がヤバめなんだよね。加藤さんの言ってることが最近呪文に聞こえて仕方ない」
「‥加藤先生が呪文以外の言葉言ったことあったっけ?」
「……あんた、いつも化学どうやって点とってたの」
「我が家にはハイスペックな人間が2人もいるからね」
自分たちの勉強そっちのけで教えてもらうのよ。
それでも旭はいつも学年トップなんだからすごいよね。
あの頭脳の半分でいいから取り替えてほしい。
「いーなぁ、旭君に教えてもらえて」
「スパルタだし、口悪いけどね」
ちなみにいうと、教え方もそこそこ下手だけどね。
「旭君なら耐えられるわよ」
「…あっそ」
相変わらず旭のこと好きだね、聖は。
聖の言動に呆れていると、教室の外が急に騒がしくなった。
「王子様かな?」
「えー‥でもまだ昼休みだよ?」
「お昼一緒に食べよう、的な?」
「昼休み半分過ぎた今言いに来ることじゃないでしょ」
「だよねー」
だったらこの女子の黄色い声はなんだ。
興味半分でちらりと見た廊下にいたのは、黒髪の和風美人(男)だった。
「なんだ、瑛太じゃん」
女子が騒ぐから誰かと思えば。
私と目が合った瑛太は、女子の声をまったく、いっそ清々しいほど綺麗にスルーして、私の元へと歩いてきた。
「どしたの?珍しい」
瑛太が普段私に会いに来ることなんて全くといっていいほどない。
瑛太は文系だし、クラスだって文理混合の6組のはずだ。
「今日なんですけど、部活なくなりました」
「え、なんで」
「顧問の宮田先生が昨日間違えて体育館の鍵を弓道場の鍵穴に押し込んだらしく、弓道場の鍵が開かないんですよ」
ノンブレスでそう言った瑛太はどうやらえらくご立腹らしい。
言葉のいたるところに、悪意を感じる。
これは宮田先生、あとで瑛太から報復を受けるな。
「そうなの?仕切り飛び越えれば中に入れるくない?」
「それは陽向さんだけだと思いますよ」
瑛太は苦笑混じりに言って、私の机の上にある科学の教科書を見た。
そして目を丸くする。
「陽向さん、勉強なんてするんですか?」
「あのね、私もこれでも一応は学生なのよ」
学生の本分は勉学だって昔誰かが言ってたでしょ。
「化学、苦手なんですか?」
「苦手っていうか…加藤先生の言うことが全部呪文に聞こえるだけ」
「それを苦手っていうんですよ、陽向さん」
「‥その笑顔で毒つくのやめてくれない」
小学校の時からそれだけどさ。
けっこう精神的にくるんだよ、それ。
「よく言いますよ、もう慣れたくせに」
「いやいやそれ慣れるほど私Mでもないし。私のメンタルがすり減ってるのわかんないかな」
「すり減ってるなら、もうないと思いますけどね」
それってどうなの。
どう解釈したらいいの。
本当にすり減ってたら今頃崩壊してるけど、今これだけ正常なら、すり減ってるわけないってこと?
日本語って奥が深いねー‥。
「陽向さんにも苦手教科ってあったんですね」
「何言ってんの。私理系教科は基本的にダメだよ」
理系クラスに席を置いてる私が言えることじゃないんだけど。
仕方ないじゃん、理系教科ってよくわかんないんだもん。
「あんたって何のために理系来たのよ」
「んー‥文系教科は勉強しなくてもできるからね」
「さらっとムカつくこと言いますよね」
「瑛太は理系教科もそつなくこなしてるんだからいいじゃない」
そっちの方がムカつくわ。
私の周りって、なんでこうハイスペックな人間が多いのよ。
「そういえば」
何かを思い出したのか、瑛太は「あ、」と声に出して続ける。
「理系教科なら彼に聞くといいですよ」
「彼?」
なにその理系科目のスペシャリストみたいな。
そんな超人的な人、この学校にいたっけ?
「彼ですよ。この学校の王子様ですよ」
「え、」
「桐生君、理系教科は大得意らしいですよ」
「よかったですね」と私に笑いかけた瑛太は、笑顔をそのままに教室から出ていってしまった。
え‥。
「マジ‥?」
マジ、ですか。




