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ピストルが鳴って、桐生と五十嵐と、あと数人の男子生徒がスタートする。
いくつかの障害物を通って、箱が置いてある地点まで駆けていく。
「はー‥運動までできるってチートすぎるわ」
グラウンドを走る桐生は爽快だった。
そして誰も寄せ付けぬほどに速かった。
サッカー部の五十嵐君も速いんだけど、桐生の方が、速い。
思わず、目を奪われた。
「かっこいいってか」
「言ってないよね」
「神崎の心の声を代弁しただけじゃん」
「代弁できてない」
「よく言うよ。食い入るように見てたじゃん」
「…ほんとに?」
「なに、無自覚?」
そんなに見てたんだ、私。
かっちに言われて考え込んでしまう。
その間もずっと、私の目は桐生を追っていく。
桐生は誰よりもはやく箱がおいてある場所に着くと、手を入れてくじを引いた。
願わくは、どうか、残りのどうでもいい2割を引いてくれますように。
「何引いたかな」
「残りの2割」
「確率的にそれは低いだろ」
「桐生ならそれすら引きそうだと思うんだけどな」
ほら、あの人奇跡とか簡単に起こせそうじゃん。
実際に奇跡起こしたらそれはそれで引くけど。
桐生はグラウンドから色分けで並ぶ応援席の方へ走ってくる。
応援席の前を陣取っている女子はドキドキしながら指名の時を待つ。
桐生は迷うことなく、私たちのクラスの応援席にまでやってくると、いつものキラキラスマイルをみんなに向けた。
「呼んでるぞ、神崎」
「笑顔見ただけで私だって決めつけないでよ」
「桐生がこの応援席に来るなんてお前以外ありえないだろ」
ありえないってなに、ありえないって。
もしかしたらとかそういう可能性もあるじゃん。
「神崎」
かっちに言葉を返そうとして口を開いたとき、凛とした最近になって聞きなれた声が聞こえてきた。
開けた口を閉じて、呼ばれた方を振り向くと桐生と目が合った。
「おいで」
「…っ、」
せっこい。
おいでって。
キュンってしちゃったじゃないか。
伸ばされた手を取ろうと伸ばしかけた手を、桐生は掴むとそのまま引っ張った。
体勢を崩しかけた私はそのまま桐生の方へと倒れこむ。
途端に上がる女子の声。
「ごめん、強く引っ張りすぎちゃった」
にこやかに彼はそう言うが、間違いなく、99%くらいの確率で、ワザとだ。
その証拠に、眉を申し訳なさそうに下げる彼からは、微塵も謝罪の意が感じられない。
素直に出てこなかった私への嫌がらせか?
「悪いけど、ちょっと付き合ってね」
桐生はそう言うと、返事も聞かずに手をつないで私をゴールへと連れて行く。
それと入れ違いになるようにして、五十嵐君が応援席にやってきた。
私と桐生の姿を見た五十嵐君は驚いた顔を見せて、すぐに悔しそうな顔をした。
そして桐生の前に立ちはだかる。
「なにかな?」
「その手、放してください」
「なんで?」
「神崎先輩は俺が連れて行きます」
「何言ってんの。先に借りたの僕だよ」
グラウンドで立ちはだかる2人の間にはバチバチと火花が散ってる。
なんでこうなった。
「僕の勝ちかな」
「まだ決まってない」
「どうかな」
桐生は笑顔で言うけれど、すごく敵対心むき出しだ。
挑発するように言った桐生は、繋いでいる手をぎゅっと強く握った。
「でもさ、五十嵐君」
優しそうな声色は周囲の声でだんだんかき消されていく。
ここにいる私たちにしか聞こえないほどに小さな声。
一度言葉を区切った桐生は笑みを深めて五十嵐君を見据える。
感じられるのは、ほんのわずかな寒気と恐怖。
「俺に勝てるわけないじゃん。相手くらいちゃんと選べよ」
「な、‥」
垣間見えた俺様の一片が与えるものは多大だった。
目を見開いた五十嵐君は、にこやかに笑う桐生をじっと見る。
信じられないものを見たと言わんばかりの顔を見た桐生は満足したのか、私の手を引いてゴールへと向かう。
「迫力あるわー」
「褒め言葉?」
「なわけないでしょ」
ゴールテープを切った私たちは、そんなことを話しながら運営委員の元まで行く。
桐生はポケットの中から二つ折りの白い紙を取り出すと、運営委員に手渡した。
「お疲れ様でした。じゃあ確認しますね」
二つ折りの紙を受け取った運営委員はかさかさと言わせながら紙を開く。
そして、書かれた文字を見て、目を見開いた。
紙と桐生の顔を交互に見て、黙ってしまう。
「間違いじゃないよね?」
運営委員の手から紙を抜いた桐生は目を点にさせる運営委員に聞く。
「え、あ‥はい!じゃあ、あの、ここで待っててください」
しどろもどろに言われた言葉に促されて、走った人がいる待機場所へと行き腰を下ろす。
いったいあの人は何に驚いてたんだろう。
「なに引いたの?」
「ん?」
「だから、なんて書かれたくじ引いたの?」
「気になる?」
「そりゃああんな反応されたら気になる」
まさか本当に残りの2割を引いたとか。
奇跡を呼ぶ男、だったりして。
「別になんだっていいだろ。五十嵐は好きな人を引いたみたいだけどね」
「‥裏と表が入り混じってる。なんか気持ち悪い」
「失礼だよ、それ」
王子様の仮面、最近もろいよね。
え、私のせい?
「勝負しろなんて言われたら、やっぱり負けられないからね」
「負けず嫌い」
「そうかな?そういうお題になっちゃったんだから仕方ないじゃない」
「え、じゃあ、あんたが引いたのって、」
「なんだろうね」
桐生は立ち上がると、結局答えを言ってくれずに自分の応援席へと帰っていく。
その様子をぼーっと見ていると、手のひらにちくりとなにかが刺さった。
なにかと思って見てみると、手の中には白い四つ折りの紙があった。
「なにこれ」
こんなの持ってたっけ。
首を傾げながら広げると、四つ折りの紙には文字が並んでいた。
『一番に頭に浮かんだ人』
…なんじゃそれ。
やだ、なんかちょっと嬉しいとか思ったじゃない。




